第73話 ヒーラー、墓所へ②
荷馬車を降りると、騎士たちが既に荷馬車へと降りており、キャンプを立てていた。現在地はビフロンス湿地の入口付近である。ビフロンス湿地からは泥濘んだ足場が多くあり馬での移動は困難を有する為、ここからは徒歩での移動となる。
俺達が降りてきてからパウロが近づいてくる。
「ここから2部隊に別れる、1部隊はここで野営キャンプを築き、もしもの為の待機場としてここに残す。ここビフロンスが危険なのはダンジョンだけではない、彷徨いている魔物でさえも危険なもの達が多い。ここに出没する最低ランクの魔物である食屍鬼でもD級もある。入口付近を安全確保しておけば面倒なことにはならんだろう。もう1部隊、俺含め、アイギス、クラリス、そしてウォルター隊長と精鋭の騎士数名でビフロンス墓所へと向かう。お前達は俺たちの部隊と同行する、付いてこい」
パウロに連れられて向かうと、そこでは騎士達が列を揃えて待機している様子が見られた。その前方にはクラリス、アイギス、ウォルターも待機している。
「ウォルター隊長、こいつらを連れてきました」
「ご苦労だ……では、皆のもの! この先はビフロンス湿地だ! 我ら騎士団は神の加護によって守られている! 日頃の鍛錬と奇跡を信じろ! だが、気を抜くな!」
「「「「「はっ!」」」」」」
ウォルターの部達の士気を高めるその高らかな発声は俺の身体をも痺れさせた。騎士団を仕切る隊長の風格を身をもって感じているのだ。俺たちも足を引っ張っては居られない……
ウォルターを囲むように騎士達が配置され、右上にクラリス、左上にアイギス、そして先頭はパウロであった。
俺達は部隊の後ろから付いて行く形で、ビフロンス湿地へと足を踏み入れた。
ビフロンス湿地に入ると、周りは黒茶色の土の土地がずっと続き、不気味に垂れ下がる枝を持った木が至る所に見え、ちょっとした水溜りなどもあった。乾いた土から泥濘みの多い土へと代わり、足場がかなり悪くなる。足を取られて転んでしまわないように注意しながら進むことになる。アルとイルを抱き抱えながら歩いている為、いつもよりも体力を奪われる。
「フール大丈夫?」
「無理……しないで」
「あはは、じゃあダンジョンに着いたら歩いて貰おうかな」
勿論、この足場に四苦八苦しているのは俺だけじゃない。
「うげぇ……土でブーツが汚れちゃうじゃない……うぅ〜〜」
セシリアが服の裾を上げながら、ゆっくりと歩いている。
いつもより耳と尻尾に動きがないので本当に辛いみたいだ。
「セ、セシリー……1人で行かないでぇ……」
ルミナが後ろから涙目でセシリアの尻尾を掴む。
「ひゃっ!? こっこらぁ! ルミナ! びっくりするじゃない! それと、1人で歩きなさい! ころんじゃうじゃないの!」
「で、でもでも……うぅ……」
「ルミナさんまだ魔物は出てませんし、まだ外も暗くもありませんから大丈夫ですよ」
そう言ってソレーヌは涼しげな顔で軽快にこの泥濘んだ道を歩いて行く。ソレーヌの頭の上にはパトラがいた。
「ソレーヌ速いんだぞーー! みんなを追い越せ追い越せーー♪」
「えへへ、こう言う足場は故郷で沢山歩いてきましたからへっちゃらですよ♪」
ソレーヌの見事なバランス感覚によってぬるぬるとする足場を氷の上でダンスを踊るかのように優雅に進んでいく。
「ソ、ソレーヌ凄い……セシリー、私をこのまま引っ張ってぇえええ」
「無理言わないのぉ! って!? おっととと!!」
セシリアがバランスを崩しかけたが、体幹を使ってなんとか踏ん張って転倒を回避する。
「あ……危なかった……」
セシリアが安堵し、一息ついて足元を見たときだった。
泥の中から茶色く鋭い手が現れ、セシリアの右足を掴んでいた。
「……きゃああああああああああああ!!!!」
「セシリィイイイーーーーーーー!!!!」
2人の悲鳴が聞こえ、俺は直ぐに振り向いた。
「2人ともどうした!?」
「突然手が生えてきた⁉」
「セシリィイイイーーーーーーー!!!!」
ルミナが涙目でセシリアの尻尾を握っていた。セシリアの足元を見ると何かに捕まれている様子だった。
「フールさん! 何か来ます!」
俺の元へ直ぐに寄って来たソレーヌが弓を構える。俺も、転移魔法で妖精ノ杖を手元に出現させる。
周囲の土がひとりでに動き出し、セシリアの足を掴んでいる腕と同じものがいくつも地面から生えてくる。生まれた腕が土を掴み、地面から這い上がってくるとその腕の正体が出現する。
それは体中の肉が半分腐敗し、ドロドロとした部位が固まってできた疑似的な筋肉を纏わせた人型の怪物。手には肉を切り裂く為の鋭い爪、口にはどんな肉でも食らう為の鋭い牙を持ったやつらが食屍鬼である。
食屍鬼の群れは捕えたセシリアとルミナを包囲し、ゆっくりとにじり寄っていく。
「前方に敵襲! 個体名はスケルトンだと確認! 全員戦闘態勢をとれ!!」
前方からもパウロの指示が聞こえてくる。後ろに食屍鬼、前にはスケルトン、まさに挟まれている状況だ。
「前方は俺たちが片付ける! フール! お前らは後ろをやれ!!」
「分かった!!」
前方はパウロ達に任せて、俺たちは食屍鬼を倒すことに専念しなくては。
「囲まれてるし!! ルミナ! 私の尻尾掴んでないで早く戦闘準備をしなさい!!」
「で、でもぉ……」
「大丈夫だから! 落ち着きなさい! てか、いつまで私の足掴んでるのよこの変態!!」
セシリアは腰から打刀『雷光』を抜くと腕に向かって振り下ろす。雷光によってセシリアを掴んでいた食屍鬼の腕が切り落とされると、食屍鬼は土の中へと潜った。
これでセシリアは自由になったが、食屍鬼の群れがセシリアたちを取り囲んでいるため、この包囲網を抜け出すことが困難に見えた。それに、後ろで怯え切っているルミナががっちり尻尾を握っているためそれだけでも行動が制限される。
「ルミナさんが怯え切っちゃっててセシリアさんが動きづらそうです……フールさん! ここは私が!」
ソレーヌは俺の前に出ると、魔導弓を構える。
「マルチロック完了! 全てを貫け! "拡散追魔弾"‼︎」
魔力が込められた魔導弓から複数の光の矢が放たれる。拡散された光の矢が食屍鬼の胸を貫くと食屍鬼が次々と膝を着いて苦しみ出す。しかし、ソレーヌの攻撃では食屍鬼達を仕留め切れていない様子だった。
「うっ!? 仕留め切れてない!? ならもう一度!」
「ソレーヌ! 俺に任せろ! 試してみたいことがある!」
「は、はい!」
今度は俺が前に出た、試してみたいことと言うのはソレーヌの故郷のエルフ達から貰った妖精ノ杖、この妖精ノ杖は火球ノ杖と同じユニークウェポンだ。
道具として使えば使用者に風の力を与える杖だと聞いている。俺はこの杖の威力が如何ほどなのか試したかったのだ。前は火球ノ杖に魔力を注ぎ過ぎて、S級の魔物でさえも撃退させてしまうほどの威力を出してしまった。今回はやりすぎないようにできるだけ抑え目に意識して発動しよう。
杖の先端にある緑色の宝石へ魔力を注ぎ込む。そして、地面に杖を突き刺して対象を確認する。
「対象は食屍鬼、範囲はセシリアとルミナの周辺に設定……」
ソレーヌの攻撃によって苦しんでいる今の好機を逃すわけには行かない。集中力を杖へと向け、溜めた魔力を一気に杖から解き放った。
「”旋風陣”!」
解き放たれた魔力は杖を通して強風へと変わり、風の刃が食屍鬼たちを取り囲む。細かな風刃によって食屍鬼の肉が切り裂かれ、食屍鬼の群れたちの影が一気に消失していく。
そして、風が収まったときには全ての食屍鬼が居なくなっていた。どうやら丁度良く魔力を制御出来たようで、セシリア達に被害を加えることなく敵を全滅できたみたいだ。
「フールさん! お見事です!」
「凄いぞフール!」
ソレーヌとパトラが笑顔で褒めてくれた。
「フールのおかげで何とかなったみたいね……ふぅ……」
「よ、よかったぁ……」
「2人ともーー! 早くこっちに……」
俺が2人に声をかけた時だった。食屍鬼が倒された場所からまた土がひとりでに動くと新たに食屍鬼が生まれてきたのである。
「え!? またなの!?」
「もう勘弁してぇええ!!」
食屍鬼はかなりの生命力があるとされている。1匹いれば100匹、数匹居たら数千匹はいると思えとか雑用時代に言われたような気が……
「くそ! もう一回だ!」
俺が杖を構えた時、突然食屍鬼たちの足元に淡い光を放つ魔法時が浮かびあがった。
「”範囲治癒”!!」
後ろから女性の声で魔法が詠唱されると、魔方陣は強い光を放つ。すると、生まれたばかりの食屍鬼たちが光に飲まれると一瞬にして消滅したのだ。一瞬の出来事に驚いていると後ろから肩を叩かれた。
「食屍鬼などの下級アンデットには回復魔法が効くのよ? これでまた一つお勉強になったわね回復術士君♪」
それはニコニコ笑顔でメイスを持ったアイギスだった。どうやら、アイギスがさっきの魔法を発動したのだろう。
「私たちの方はさっさと片付けて、後方の様子を見たらまだ戦ってたからやっちゃったわ♪」
「アイギスさんありがとうございます。ええっと……そのメイスは?」
「私の武器兼魔法発動の触媒なの、素敵でしょ?」
「なるほど……」
「「フーールゥーー!!」」
後ろから、セシリアとルミナが駆け寄ってくる。
「敵は無事殲滅できたみたいだからこのまま進むけど、食屍鬼を恐れてる仲間がいるなんて面白いわね?」
「ご……ごめんなさい」
ルミナが顔を真っ赤にして、ぺこぺことお辞儀する。
「じゃあ、進むわよ♪」
アイギスが笑顔で持ち場へと戻っていく。アンデットには回復系が効くというのも戦いの経験の少なさから知らなかった情報だったため、かなり有益な情報を手に入れたと思う。
それにアイギスの広範囲治癒魔法は驚いた。治癒魔法の広範囲化にはそれ相応の神聖魔法の実力が無ければ持つことはできない。流石は上級職と言ったところだ。俺は生憎、様々な回復魔法を持つが広範囲化にまでは至っていない。しかし、単体には無類の威力を発揮できる自信はある。この経験を次の戦闘に活かそう。
「セシリー、ごめんね……次はちゃんと戦うから……」
「良いのよ。あ、でも尻尾は優しく握りなさい? わ、私も驚いちゃうから……」
「セシリー……うん♪」
2人の仲直りも済んだのを確認し、俺たちはまた前へと歩き出した。