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第70話 フェルメルの思惑

 ここは広く豪華な部屋。床には一流の職人が何か月もかけて縫ったであろう絨毯が敷かれており、壁には派手な額に入れられた幻想的な絵画がかけられていた。

 古くも漆が塗られて艶やかに光る木製の机には整頓された資料が乗せられ、猫がその上に大きな欠伸をして佇んでいる。

 そして、その机と合わせて使う椅子には金色に輝く髪を後ろにまとめてた美女が煙管を吹かせていた。”女公爵”フェルメルである。

 フェルメルは2回程一服した後にゆっくりと立ち上がる。黒いドレスをなびかせて向かったのは部屋の中央にある鉄状の檻だ。この檻は狂暴な獣などを収容するために作られている分厚い鉄柱で囲まれている。

 しかし、その檻の向こうに居たのは狂暴な獣ではなかった。手入れなどされていないぼさぼさの赤茶色の長い髪から獣耳が付いた女性だった。身体もやせ細った様子で、手と足には枷が付けられている。服も、必要最低限のもので、白い布切れが彼女の胸部と陰部を隠しているだけだった。フェルメルは煙管を吸いながらその檻へと向かい、彼女の様子を伺った。


「気分はどうだい?」


「……最悪です」


 女性の目の下には隈ができており、彼女の瞳には光などなかった。

 フェルメルはニヒルに笑うと彼女に向かって煙管の煙を吐く。彼女は煙から顔をそらして、下唇を噛むしぐさをした。


「……貴方の娘を捕まえ損ねてしまったわ。やはり、安く雇った雑魚どもは仕事もできなかったようだけど」


 そうフェルメルが言った時、檻の中の女性は前のめりになって彼女に近づく。


「娘には! 娘達には手を出さないで!!」


「うるさいわね」


 フェルメルは煙管の吸い殻を彼女の太腿へと落とした。吸い殻が彼女の肌に触れた途端、ジュっと言う音が鳴る。しかし、彼女は大きな声などを出さずに必死に声を挙げるのを我慢していた。

 フェルメルは彼女が苦痛に耐える姿を見てとても腹立たしく感じた。フェルメルは彼女の髪の毛を掴むと自身のその厚化粧顔に近づける。


「ねぇ? メリンダ……貴女が私に指図できる立場じゃないでしょ? それに、お前が私に従っていればお前の夫であるマーカードの所在を教えてやるのだぞ」


「くぅ……外道め」


「何とでも言いなさい。私は私なりのやり方でここまで成り上がってきたのだから」


 フェルメルとメリンダが話をしていると唐突にも部屋の扉から3回のノックが聞こえてくる。この3回のノックはフェルメルの執事(バトラー)がやって来た合図である。


「お入りなさい」


 フェルメルはメリンダの髪を雑に離すと煙管を机の上に置き、代わりに大きな扇を取った。入って来たのは黒いスーツを身に纏い、純白の綿手袋を付けた男だった。

 相変わらず、その両サイドにカールされた髪の毛がメリンダにとっては嫌気すら感じた。


「失礼します。フェルメル様がバルバドス様のギルドからお雇いになられました冒険者たちが私共の戦闘部隊とビフロンス湿地へと向かって行きました事を報告させていただきます」


「そう……話はそれだけ?」


「いえ、もう一つございます。聖騎士協会が私たちの動きに合わせてビフロンスの方に向かい始めております。もしかすると、私たちの計画の邪魔をしでかすやもしれません。如何なされますか?」


「ふむ……」


 フェルメルは大きなソファへ腰かけると扇で自身の顔を扇ぎ始めた。これはフェルメルが焦っているのではないことをメリンダは知っている。

 逆だ。扇を持った時こそフェルメルは余裕があり、それを楽しもうとしている時だ。だからこそ、メリンダはフェルメルが次にいう言葉も知っている。


「問題ない、好きにさせてやれ」


「か、畏まりました」


「今回出向かせた者たちはガキの一人も捕まえて来られなかったゴミどもとは訳が違うんだよ。バルバドスお墨付きのS級冒険者以上に匹敵する実力者を揃えた。本当は最初から使わせる予定だったが、準備に時間がかかったみたいでね。私はせっかちな性格なんだ」


「存じています……では、何かございましたら早急にご連絡いたします。失礼いたしました」


 そう言って、執事はいそいそとこの部屋から出て行った。執事もそうだが、皆がフェルメルを恐れているのだ。冷徹で、富と言う力でほとんどの物事はうまくこなしてきた女だ。その女はさらに大きな組織とつながっており、変な動きをするものが居れば即消されるだろう。そんな女に対して、皆はへりくだることしかできないのだ。だからこそ、一部の層はこの商都で起こっている事件に対して誰の仕業か不明だが、良く思っている者たちが多い。しかし、メリンダはそんな話に縋りたいと思ったことはない。それよりも娘たちがうまく逃げ延びて暮らしていければ良いと願っているだけだ。決して、私たちを探そうなどと言う馬鹿なことは思わないで欲しい。彼女……フェルメルが存在している間は……


「気分が良い」


 突然フェルメルが私の顎を掴んで、無理やり顔を合わせてきた。


「今日の私は気分が良いのだ。だから、少し早いがヒントをやろう。お前の夫の居所のな」


「な……何を言って……」


「お前の夫は……墓所にいる」


「……え?」


 それだけを言うと高笑いをしながら部屋を出て行ってしまった。


「ま、待って! それはどういう……待って!!」


 メリンダの言葉はフェルメルには届かず、茫然と座るメリンダを孤独な静寂さが部屋に残ったのだった。




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