第62話 "女公爵"フェルメル
ウォルターに言われた通り、パウロが玄関前に出てフェルメルが乗る馬車の方へと歩んでいく。パウロが馬車に乗るフェルメルへと深々とお辞儀してみせる。すると、馬車の逆側の扉からフェルメルの付き人が降りてくるとフェルメル側の扉をゆっくりと開けた。底には派手な紫色のドレスに日避け用の大きなハットをかぶり、手には顔が隠せるほどの大きさをした扇を持っていた。
付き人がフェルメルへ向けて片手を差し出すとフェルメルはその手を握り、ゆっくりと馬車から降りてくる。
「ありがとぅ」
ねっとりとした口調で付き人に礼の言葉を継げると履き慣れた赤いヒールの音を鳴らしながらパウロの方へと歩み寄ってくる。
「フェ……フェルメル婦人……ようこそいらっしゃいました……では、ご案内いたします」
ウォルターには大きな態度だったパウロもこの都市一の大富豪には腰を低くしていた。
パウロはフェルメル婦人と2人の付き人をウォルターの元へと案内した。
フェルメルと会う時は専用の部屋を用意している。そこにはフェルメル用に豪華な座り心地の良いソファと商店区の高級菓子店で買ったクッキーも備え付けで置かれている。勿論、お金は全て本部持ちである。
パウロがいつも通り、その部屋に通してやるとフェルメルの座る席の対面にウォルターが立って待機していた。フェルメルが入って来るのに気がつくと、胸に手を置いて深々とお辞儀をした。
「ようこそいらっしゃいましたフェルメル婦人」
「久しぶりねぇ、ウォルターちゃん。相変わらず素敵な面持ちだこと……」
「お褒めの言葉有り難く頂戴いたします。どうぞ、お掛けになってください」
「うっふふ……ありがとぅ」
フェルメルが柔らかいソファに腰を下ろしたのを確認してからウォルターもそれに合わせて席に座った。
部屋の扉がノックされ、扉が開かれると紅茶をトレイに乗せて持ってきたアイギスが部屋の中へと入ると2人の間に紅茶の入ったティーカップを1杯ずつ並べた。
「ようこそいらっしゃいました♪ それではごゆっくり♪」
アイギスは紅茶を置いたや否や早々とこの部屋から逃げるように出ていった。
フェルメルはアイギスの置いていったティーカップを手に取って、その紅茶を一口飲む。そして、一息ついてティーカップをテーブルに置いた。
「不味いわね」
フェルメルそう一言呟いた。
「お気に召さなかった様で申し訳ない。私自慢の者が入れた紅茶なのだが……」
そう言葉を並べようとしたが、フェルメルはそれを最後まで聞く事なく、話し始める。
「ところで、私の盗まれた財宝は見つかったのかしら?」
今日のフェルメルの口調が何やら尖っている様な感じがした。どうやら今日のフェルメルは不機嫌な様だった。
「誠に言いづらいのですがフェルメル婦人、現在、私達聖騎士協会が総力をかけて調査をしております。ですから、安心してお待ちになって頂きたい」
「……はぁ、私……最近機嫌が悪いのよ……財宝が奪われたストレス解消の為に獣人の女とその子供2人を高値で買い取ったと言うのに、仕事ができない犬どもがしくじって子供を逃しちまったのさ……たかが獣人のガキに高値の額払ったって言うのに……何なんだい!」
フェルメルは激情に駆られている様子で、口調も荒くなっている。しかし、フェルメルは今大変な事を口滑らせた。
「……フェルメル婦人落ち着いて下さい。確かに貴女含め、貴族達に不運が訪れているのは確かだ。しかし……奴隷の購入は我が聖騎士協会の教義に違反する行いではないのでしょうか? 最も……婦人も私たち聖騎士協会と関わりを持っているのなら例外ではないはずですが……」
そう、聖騎士協会の教えに人身売買や密輸など、違法取引はご法度である。もし行えば協会からの追放、酷い時には死刑に至ることもあるのだ。フェルメルも一応、聖騎士協会の特別枠として所属している。傭兵としてではなく、協会の資金提供などを主に行っているのだ。しかし、彼女は息を吐くように裏では違法的な商品取引も行っているため、莫大な財産が入ってくる。勿論、それを取り締まるはずの協会側はフェルメルが裏で行っていることなどお見通しであるのだが、重要な協会の資金源を失っては困るお偉いさん達が取り締まることはせずに見て見ぬふりをしているのだ。泳がせているだけかもしれないが、フェルメル逮捕で協会側も何かと不都合なのだろう。しかし、ウォルターはそんな彼女と協会の事を良い様に思えなかった。ウォルター自身、正義感が強い人間だったため、一度上司にフェルメル逮捕を提案したこともあったが、ウォルターよりも上の権力者達の圧力によってウォルターの言葉など無かったことにされたのである。それでもウォルターのフェルメル逮捕の志を失うことはなかった。
そんな気持ちから出たウォルターの言葉を耳にしたフェルメルは手に持った扇をウォルターのこめかみに当てた。その時、ウォルターの瞳に写った彼女の顔は怒りのあまり化粧で隠された皺が丸見えになっていた。
「お前ら司法の犬どもに餌を与えてやっているのはどこの誰だと思っている……? 隠すこともなく私だ……別に良いのだぞ、逮捕をしても……しかし、私を逮捕したその瞬間、お前たち犬どもの敗北は決まっているのだからなぁ?」
この堂々たる風格、自信に満ち溢れた表情……今の私たちでは逮捕に踏み込んだところでフェルメルと協会の権力者たちに挟み込まれてしまう。
やむを得ない……今は、やむを得ないのだ。今だけはフェルメルに従っているのが得策であり、賢い判断なのだ。ウォルターにとって自分どうなっても良い……ただ、他の仲間には迷惑をかけたくないのだという気持ちが勝っていたのである。
「……いえ、大変失礼な発言をしてしまった事を深くお詫び申し上げます。フェルメル婦人……」
悔しさのあまり、下唇を強く噛みながらウォルターはフェルメルに向かって謝罪の言葉を述べた。
ウォルターの様子を見たフェルメルは扇を開いて、顔を隠すと部屋を出ていこうとする。
「……良い知らせを待っている」
それだけを告げると、使いの人間たちを連れて建物から出て行った。パウロが見送りをしようとする頃にはフェルメルの馬車は消えていた。
嵐が過ぎ去った後のように、施設内が静まり返る。俺だけが残った部屋をクラリスが心配そうな眼差しを向けて覗いていた。
「あ、あのぉ……隊長……?」
「……心配するなクラリス、俺は大丈夫だ」
「で、でもぉ……」
「大丈夫よ副隊長さん♪ フェルメルとウォルターの間ではいつもの事だから!」
後ろからアイギスが現れ、クラリスの肩に優しく手を置いた。
「アイギス、パウロを呼んできてくれ。次の行動を考えるぞ」
「了解しました♪」
こうして、ウォルターの一日の仕事が始まる。上からの強い圧力に耐えながら、今日も噂の調査を始めるのであった。