第60話 アルとイルの大切なもの
玄武と白虎は、玄武の地形操作によって姿を消してしまった。しかし、俺たちの本来の目的であるアルとイルの大切なものを取り戻すことができた。取り敢えず、この井戸の底から地上へと上がる。
時間は太陽が丁度真上に来ているから丁度昼時だろう。
「何だか中途半端な感じで終わっちゃったわね。もっと話を聞きたかったんだけど」
セシリアが口を尖らせてそう言う。会話としては不完全燃焼なところも多々あるため、どこか腑に落ちないところもあると皆思っているに違いない。
ここはみんなの英気を養う為に商店区へ行き、美味しいものでも食べに行こう。
早速、俺は皆にそう提案した。
「えっ! 食事! 賛成賛成! 今から沢山やることあるんだからいっぱい食べて元気出しましょ♪」
「やったーー! 私、お腹ぺこぺこでしたーー♪」
「わ、私もです!」
(先程からお腹が鳴っていたのですが、フールさんに気づかれてないよね……?)
相変わらず、いつもの3人は食事と聞くと直ぐに元気になる。しかし、アルとイルの2人は俺の方を見て何かを言いたそうにしていた。俺はしゃがんで2人の目線を合わせる。
「一緒にいくぞ」
「で、でも! お金……」
「気にするな、お前たちはお金の事なんか気にせず一緒に食事をとればいいんだ」
俺の言葉でアルとイルは途端に表情が明るくなり、アルとイルが目を見合わせると2人が同時に俺の足に抱き着いてきた。
「ありがとうフール!」
「嬉しい……」
「はは、よしよし」
俺は2人の頭を優しく撫でてやった。
こうして俺たちは、一度貧困区から離れると商店区の方へと出た。商店区は相変わらず人通りが多くアルとイルも怯えて俺の足にずっと捕まっていた。しかし、アルとイルを不審に感じていそうな人々は特に見かけなかった。カリンから貰った服のおかげで一般人として溶け込むことできているようだ。それでもアルとイルは慣れない人混みの中、きょろきょろと周りを見ては目で人の流れを追ったりしている。俺は2人の気持ちを落ち着かせようと右手でアルを、左手でイルを抱っこしてやった。これなら、少しは微笑ましい家族のように見えるはずだ。
「どうだ? 大人の目線は高いだろ?」
「はわぁ♪」
「うん……♪」
2人は目を輝かせて、落ちないように俺の首にて手をまわしてしがみつく。小さい子の大半は抱っこや肩車で喜ぶと思っていたが、2人が子供でよかった。俺たちはそのまま様々な店を眺めながら商店区を歩いていた。そして、落ち着いた雰囲気の食事場を見つけたのでそこで食事をとることにした。店内はテーブルが点々と置かれ、客数も昼時にしては比較的少なかったため落ち着いた様子だった。適当に椅子に座ると店の奥からエプロンを身に着けた女性がやってくる。女性が早速注文を聞いてきたのでお勧めを聞くと、”コッコ鳥のグリルチキン”がおすすめらしいので全員でそれを頼んだ。
「まっだかなまっだかなーー♪」
セシリアが尻尾を振って食事が来るのを楽しみにしている様子だった。隣でアルとイルも尻尾を振って待っている。
そして数分後、女性が人数分のお皿を並べる。皿の上には油が乗った大きな鶏肉が乗っていた。グリルチキンが目の前にやってくるとアルとイルは頭の耳をピコピコと動かしてそのお肉に見とれていた。
無論、他3人も目を輝かせてフォークとナイフを握っている。
「じゃ食べようか」
俺がそう言うと全員が一斉に食事を始めた。一人一人が肉を切って、口の中に運んでいく。
「んぅ~~! おいひい!」
「肉厚でジューシーです♪」
「おいしぃ! 森の鹿肉よりも柔らかいです!」
3人が幸せそうな顔をしていてこちらも嬉しくなる。俺も一口食べてみたがぷりぷりと柔らかい触感の肉を噛むととろとろした油が出てきてこれは美味だ。
アルとイルを見ると中々ナイフの刃が肉に通らず、上手く切ることができていないみたいだ。
「むむぅ……きーーれーーなーーい……」
「切れない……」
「ほら、貸してみろ」
見かねた俺はアルとイルの肉を切らなくてもいいように細かく切ってやった。
「ほら、できたぞ」
そう言って2人の顔を見ると2人は俺に向けて口を開けて待機していた。どうやら食べさせて欲しいみたいだ。
「分かった分かった、ほれ」
俺はフォークで肉を刺して、それぞれの口に優しく入れてやる。パクっとそれを食べた2人はもぐもぐとよく噛んで味わってから飲み込む。
「肉♪ ひさしぶりぃ♪」
「うまうま……♪」
それから2人は自分でフォークを使ってどんどんお肉を食べていく。うん、お気に召してくれたみたいで良かった良かった。
そして時間が経って全員の皿の上が空になった頃、俺はアルとイルに大切なものについて質問をしてみることにした。
「アルとイルが大切にしていたものって親からもらったのか?」
「うん、私のナイフはお父さんから、イルのぬいぐるみはお母さんから貰ったの。お父さんは昔、商人として働いてて、このナイフは確かお父さんの道具だった気がする。このナイフの柄についた赤い石が綺麗だったから欲しいって言ったらくれたの。刃物は危ないからナイフホルダーから取り出さない事を約束にね。イルのぬいぐるみはお母さんの手作りなの。お金がないから使わなくなった服とかで作ってくれて、イルは凄く喜んでた」
「うん……ぬいぐるみ、好き」
イルはぎゅっとぬいぐるみを抱いて、頬をぬいぐるみの頬に擦り付けている。
「お父さんはどこにいるの?」
セシリアのその質問によって、2人の顔が少しだけ暗くなった。その様子から俺は2人から良い返答が返って来るとは思えないと悟る事ができた。
「お父さんは……お仕事に向かったっきり、ずっと帰って来ないの。お母さんも心配してた、泣いてたりもしてた」
やはりそうだった。それを聞いたセシリアが思わず「あっ」と声を出す。自分の質問がかなり2人にとってセンシティブな内容だった事に気がつき、顔を伏せる。
「そ、そうだったんだね。ごめんね、変なこと聞いちゃった」
「ううん、大丈夫。私達はまだお父さんの事を信じてるから……必ず、また私たちの前に現れてくれるって信じてるから」
そのアルの前向きな言葉とは裏腹に、膝元に置かれた手が自身のスカートを強く握っているのが見えた。前向きな言葉で悲しさを紛らわせているのだろう。だからこそ、あるの言葉に力強さを感じる事ができるのだ。
「アル、それにイルも今は辛いかもしれないけど、必ずお母さんだけでも見つけてやるからな」
2人は小さく頷く。
恐らく、2人のお母さんは"女公爵"フェルメルのいる高級住宅区にいるのだろう。それに、フェルメルの耳にアルとイルが逃げた事がもう既に情報を手に入れているに違いない。この子達を連れて下手に動く事は出来ないため慎重に事を進めなくては。それに、玄武の言っている貴族達の行っている悪行も気になる。となると、俺たちが唯一頼れるのは聖騎士教会だけと言える。聖騎士教会の拠点は高級住宅区にあると聞いている。ならば、あそこにアルとイルを連れて行くのは危険なので一度、宿屋でお留守番させておこう。
ある程度、計画が定まってきたので早速行動しよう。2人の不安を解消させてやりたい。玄武が大きな行動を仕掛けて来る前に……