第56話 ヒーラー、井戸の底へ
宿屋を出て、早朝の一般住宅区を歩いている。流石に外に出ている人は少ないな。これなら貧困区へ人の目を気にせず向かう事ができそうだ。
「こっち! こっちへ行くと近道になるの!」
アルの案内でアルとイルの知っている裏道などを駆使しながら短い時間で一般住宅区を抜け、貧困区へと入る事ができた。貧困区へ入ると空気感、住宅の様子などがガラリと変わる。一般住宅区より陰ができるところが多く、薄暗い。それに、重々しい雰囲気がそこら中から感じ取る事ができた。それらを引き立たせているのはやはり建物だろう。建物は全体的に模様もなければ壁紙も剥がされたようにボロボロで家というより、ただ石を積み上げて作ったような家や骨組みである木材がはみ出ている家もあり、家というよりは物置小屋みたいな様子だった。
そこではボロ切れのような服を着て、薄い掛け布団に包まり、寒さを凌ぎながら暮らしている人々の様子が見えた。
ヨボヨボの老人から、朝から家の手伝いをする子供までここに住む人達の生活の辛さを見ているだけで感じ取る事ができる。
「あんなに輝いてた商店区が嘘みたいね……」
「どうしてここまで格差が生まれるんでしょうね」
セシリアとルミナが憐れむように周りを見渡している。アルとイルも母親と一緒にこんな所に住んでいたと思うと益々、心が痛くなってくる。
すると、突然ひとりの女性が俺の身体を縋るように掴んだ。
「お金を……食事を……恵んで……」
その女性は目の下にクマができており、何日も洗っていないような黒ずんだ服の下の身体は肉が落ち、痩せ細っている様子だった。髪もボサボサで悪臭が漂っている。手入れをする余裕もないのだろう。
俺は手を優しく振り解き、鞄から少しだけ入れていたドライフルーツを渡すと女性は目に涙を溜めて、俺に向けて土下座をする。
「ありがとうございます! ありがとうございますぅ!」
そして、その女性の言葉を聞きつけて周りの人々が俺の方に向かってくる。
「俺たちにも恵みを‼︎」
「子供がぁいるんですぅうう‼︎」
「神よ! 我を見捨てるなぁ‼︎」
「ふぇええ⁉︎ いっぱい来ましたよフールさん!」
一気に押し寄せてくる貧民達にソレーヌが声を上げて驚く。貧民達に取り囲まれそうになった時、アルが俺の服を引っ張る。
「フール! こっちこっち!」
アルの案内によって無事、貧民達から逃れる事ができた。
「フール! 貧困区で無闇に物を与えちゃ駄目!」
「貧困区……危ない……常識……効かない」
そうか、慈悲の気持ちを与えてしまうとそれに群がって貧民達がやってくるのか……それほど生きていく余裕がないのか。手を差し伸べると、差し伸べたものが危険に陥る……助けたいけど助けられないなんてひどいジレンマだ。
「ここの人たち、みんな生活がぎりぎりだから……お母さんも……大変そうだった」
アルとイルの母親も2人を養うために大変だっただろう。アルとイルから父親の話がない事だけ少し引っかかるがセンシティブな話題だと察し、敢えて聞かなかった。
そんなことを考えていると、ある物が見えてきた。古びた石造りの井戸が貧困区でも誰も目につかない場所でひっそりと置かれている。
中をのぞいてみると長年使われていないのか井戸水は枯れきっており、中が空洞になっている様子だった。井戸には縄梯子がぶら下がっており、井戸の中へ向かう事が出来そうだった。
「ここに私たちの大切なものを投げ入れたの。まだ、あるかな……」
アルの頭の耳がペタッと下を向く程、不安そうな顔をするので俺は笑顔でアルの頭を撫でてやった。
「大丈夫だ、さぁ取りに行こう」
「う、うん!」
と言う事で、俺たちは縄梯子を使ってゆっくりと井戸の底へと降りていく。井戸の底は視界が悪く、とても真っ暗だ。幸いにも降りてきた場所には日光の光が入ってくるので足元は見えるのだが、周りが良く見えない。明かり用の松明を持ってきていなかったため照らすこともできない……一度仕切り直そうか?
「暗いですね……フールさん、ここは私に任せてください!」
ソレーヌが背中に背負った魔導弓を井戸の壁に向かって構えた。
「ちょちょちょ⁉ ソレーヌ⁉」
「セシリアさん、大丈夫です!」
ソレーヌは魔導弓に魔力を込めると光の矢が装填される。その矢はいつもより輝きが強い気がした。
「”発光弾”!」
ソレーヌが矢を放つと、その矢はこの空間の壁へと突き刺さる。すると、矢から光が発光しだすとこの空間内を明るい光で照らした。
「おお! 流石だなソレーヌ!」
「これで松明要らずです! えへへ♪」
ソレーヌによって照らされた空間の先に更に道が続いているようだった。周りを見るがアルとイルが落としたらしき物がなかったので、警戒しながらこの先に進むことにした。
まるで洞窟のように石と土で固められた道が続き、時々蝙蝠やヤモリが横切る。まるでダンジョンにでも潜っているかのような感覚だった。ソレーヌが発光弾をところどころに設置しながら進んでいくがソレーヌの魔力が心配だったので俺の支援魔法"魔力譲渡"で魔力を流し込んでやった。
そして、数分進むと開けた場所に出た。天井が少し高いその空間から複数体の何者かの鳴き声が聞こえてくる。
その時、胸元のペンダントが光るとシルフが声を発した。
(マスター、この先から強力な魔物の反応がございますわ……お気をつけて)
シルフの言葉を聞いて、俺は背中の妖精ノ杖を構えた。その様子を見て、全員が武器に手を置いた。そして、その部屋の中へと入る。
部屋の中で複数の群がる影が見えたので、ソレーヌがその中に向かって発光弾を撃ち込む。すると光によって照らされたその生物の正体が分かった。急に光りだした矢を見て、目を抑える数体のゴブリンがそこには居た。
「ゴブリン? どうしてここに魔物が?」
ゴブリンは魔物の中でも最弱のF級モンスター、しかし、こんな都市の地下に魔物が居ることがおかしい……
わぎゃわぎゃと鳴き声を出しながら、ゴブリンが部屋の奥へと逃げ出す。
「あれ? 逃げちゃうの?」
セシリアが打刀に置いていた手を離した時、突然、部屋の奥から大きく鈍い音が鳴ると床が少しだけ揺れた。
「何々⁉」
「うぅ……」
俺はアルとイルの2人を背に前へと出る。奥から……何か来る……
その予想は的中した。発光弾で照らされていないさらに空間の奥の中から一つ目がぎょろりと俺たちに向けられる。
ドスンドスンと大きな足音を鳴らしながら、やってきたのは見上げるほど大きい巨体に大きな一つ目が特徴的な巨人”サイクロプス”だった。その後ろに更に同じ個体がもう一匹いる。
「サ、サイクロプス⁉ しかもでかいし!!」
「地下にサイクロプスが居るのもおかしいけど、今はやるよ!! セシリー!!」
ルミナが大盾を前に出して戦闘態勢に入る。
アルとイルが怯えて、後ろで俺の足にしがみついていた。
「ま……魔物だ……」
「魔物……怖い……」
「二人とも……離れるなよ」
ここに魔物や巨大なサイクロプスが居ることなど様々なおかしいことがあるが、今は目の前の敵の討伐が先だ。
こうして、涎を垂らしながら大きな雄叫びを挙げると俺たちに向かって2頭のサイクロプスが襲い掛かってきた。
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