第148話 “慈悲無き天使”ヴェルゼーブ
一方で奈落ノ深淵の外で行われている戦いに終わりが近づいた。お互いの戦力は消耗し始めており、五分の争いとなってた。
残された四大天はヴェルゼーブのみとなっており、ふらふらと戦場を彷徨っていた。
「見つけたぞ四大天! その命もらった!!」
4,5人の戦士がヴェルゼーブをとり囲み、その剣を振った。しかし、ヴェルゼーブはまるで全ての剣の軌道が見えているかのように、その小柄な体格を生かして隙間をぬって器用に回避していく。
風に靡く旗の様な不可思議な動きで戦士たちは翻弄され苛立ちを見せていた。
「糞っ! 馬鹿にしやがって!!」
1人がいきり立ってヴェルゼーブに大振りな攻撃を見せた時だった。ヴェルゼーブはひょいと彼の目の前に立つと目の前に指を出し、こめかみに触れた。すると、先まで威勢が良かった戦士は突然黙り込み肩を落とす。
その異様な光景に仲間たちも困惑していた。
「お、おい! どうした!? 大丈夫か!?」
仲間の声掛けに応えるように振り返ると突然、その戦士は仲間に向かって剣を振った。仲間へと攻撃を始めたのだ。不意に攻撃をされた仲間は対応することができずに切られ、その場に倒れる。
「ぐおぉおおおおおおおおお!!」
仲間を切り殺したその戦士は大きな雄叫びを上げる。目は血走っており、正気を失った様子で言葉にならぬ怒号を上げながら周りの仲間たちへ攻撃を開始する。
「おい! どうしたんだよお前!!」
「ぐおおおおおおおおおお!!!!」
「駄目だ!! こいつ、狂ってやがる」
正気を失った仲間に気が向いている間にヴェルゼーブはまた1人の戦士に対して同じくこめかみに触れる。すると、触れられた男も同じくして正気を失い仲間を討ちを始めた。
正気を失ったものと正気の者、同じ仲間だった者たち同士が争いを始める。ヴェルゼーブはクスクスと笑いながら軽快なスキップをしてその場から去った。
その後はヴェルゼーブ戦場の真っ只中へと入っていくと、両手を広げる。
すヴェルゼーブを中心として周囲に紫色の円が生まれる。その円は徐々に大きくなり、この戦場全体を網羅出来るほど大きくなった。
「むん!」
ヴェルゼーブは広げていた腕を一気に上げるとその円から紫色のオーラが生まれた。地面から浮き出たオーラをこの戦場に居る全ての者たちが浴びる。すると、戦場は突然静まり、皆が一度戦いを辞めた。そして、全員が力無く肩と視線を落とした。
「どうぞ、争え」
ヴェルゼーブがそう一言つぶやいた。
「「「「「「「「「「うおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」」」」」」」」」」
突然、戦場に居た者たち全員が怒号を喚き散らしながら、周囲のものに攻撃し始めた。それは敵味方関係なく無差別に殺し合っている。
これこそがヴェルゼーブの能力である【精神支配】だ。【精神支配】は相手の正気を奪い、使用者の思い通りの精神状態にさせることができる。それは喜怒哀楽全てが思いのままだ。ヴェルゼーブはここで戦っている者達の正気を奪い、怒りの感情を肥大化させ、戦闘本能を剥き出しの凶暴者へと変えたのだ。
この戦争における人間をヴェルゼーブはおもちゃとしか見ていない。奈落ノ深淵にバルバドスが向かった事で勝ちを確信したヴェルゼーブはやる事が無く退屈していた。そんな時、ヴェルゼーブは閃いたのだ。
ここにいる奴ら全員戦わせて誰が生き残るのだろう、と。
今まで一緒にいた仲間達も居らず退屈していたヴェルゼーブは枕を取り出し、この戦場の特等席で大きな欠伸をしながらその結末を観ようと観戦していた。
1人の戦士が切られ、その戦士を切った騎士が魔法で燃やされ、その騎士を燃やした魔導師が戦士に切られ……そんな地獄絵図とした戦場はその通り戦場ではなく地獄へとなっていた。
☆☆☆☆☆
一方、戦場から少し離れたソローモ同盟軍達のキャンプにも戦場の様子が耳に入ってくる。
「た、大変です!! ウォルター隊長!!」
突然、外で戦場の様子を見ていた兵士がキャンプの中へと入ってくる。
「どうした?」
「戦場が……敵も味方も争い合っています!!」
「何だって?」
ウォルターは急いで外へと出て、兵士の持っていた望遠鏡を使って遠くから戦場の様子をながめた。
ウォルターの目には確かに敵と味方が無差別に争い合っている地獄を具現化した状況が目に入っていた。
この異常な光景は自然に起こるわけがない。そう感じたウォルターは入念にその戦場の中を観る。その中に1人目立った人間がいた。何故なら、戦場の中で枕を持って横たわっていたからである。
「矢張りお前の仕業か、ヴェルゼーブ」
望遠鏡を目から放し、強く握りしめる。
「わ、私たちも向かった方がよろしいでしょうか!?」
兵士たちが武器を持ち、出陣の準備をしていた。しかし、ウォルターはそれをやめるように伝えた。
「ヴェルゼーブは人の精神を操る力を持っている! 下手に向かえばお前たちもああなってしまうだ!」
「でも、だからと言って見捨てるわけには……!」
「くっ……どうするか」
ウォルターも仲間たちを見過ごしたいわけではなかった。ただ、下手に動けば自分たちまでもがヴェルゼーブに精神を蝕まれ、下手すれば全滅のリスクを恐れていた。
勿論、だからと言って何もしないわけではないが今、最善の方法が思いつかない。自分の能力はもう使ってしまった、どうすればいいのか……
「久しぶりだな、ウォルター」
横から声が聞こえ、そちらを向く。そこには金髪をなびかせ、騎士の鎧を身に纏った見覚えのある美女がそこには居た。
「君は、カタリナ!」
カタリナの後ろにはグリフォンの仲間である、ライナとサラシエル、そしてセインも居た。カタリナはゆっくりとウォルターの元へと向かい騎士の敬礼を見せた。
「私たちも加勢させてもらおう。バルバドス、そして騎士団に歯向かうことになるがもうそんなことはどうでもいい。私たちの信じた方へ力を貸すことにしたのだ」
「カタリナ、君は……」
「昔のことはもう乗り越えた。今は目の前の問題に向かうべきだ」
「……そうだな」
「それで、現在の状況は?」
ウォルターはカタリナのパーティに現在の戦場の様子を話した。
「なるほど、ヴェルゼーブか。確かに厄介な相手だな」
「ああ、精神を操る能力が厄介で近づけんのだ。残念だが、俺の力も使ってしまった」
「そうか、では目を覚まさせればよいのだな」
「なに?」
カタリナは後ろを振り返り、ライナへと顔を向けた。
「ライナ、まだやれるか?」
「あん? さっき戦ったばかりで正直疲れてるけどよ、それは通らねんだろ?」
「分かってるじゃないか」
「もーー私疲れた! 魔力ももうちょっとしかないし!!」
「すみませんが、僕もです」
さっきまでカタリナ達はバルバドスの国で兵士たちと戦っていたのだ。流石にパーティにも疲労が出てきている。ならば、行ける奴が行かなければいけない。
「ならば、私とライナで行く。良いなウォルター」
「聞いていたのか。奴は精神を操ると」
「ああ、聞いているさ。でも、私の仲間ならどうにかできるかもしれない」
そう話すカタリナの目に偽りは無さそうに見えた。ウォルターは少し悩んだが、これ以上、手が打てる手段がないことを考えるとカタリナ達に賭けてみるしかないであろう。
「分かった。だが、気を付けろ」
「ああ、分かっている。ライナ、行くぞ」
「おうよ、本当に最後にさせてやるよ」
2人は馬へと乗りこみ、地獄と化した戦場へと向かった。
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