第131話 意外な結末
生気のない目だけで周りの様子を伺うアスモディーは気だるげそうな様子で溜息を吐きながら、両腕をさすっていた。
「あのお犬さんが全部やってくれると思ってたのに。だ、だって私、別に戦う気なんてなかったし、バルバドス様を庇ったのも条件反射だったと言うか社交辞令だったと言うか。そもそも私なんて戦闘力なんてないし、やる気何てもともとないし、私なんてどうせ戦争に向かったところで足手まといだし、みんな私の事なんて期待してないんだし、それに……」
アスモディーは俺たちの前でぶつぶつと卑屈な言葉を呟いている。その様子を見た俺たちは意外に感じてしまい、戸惑っていた。
カタリナが前へと出て、俺たちの代表としてアスモディーと会話を始めた。
「アスモディー、お前は私たちと戦う意思があるのか? 無いのなら大人しくそこを通してくれ」
カタリナの言葉を聞いてアスモディーは首をかしげる。
「戦う意思があるか無いかと言われたら、無いのだけど。でも、ここで仕事もしないと怒られてしまいますし……ううぅん、でも面倒くさくなってきました」
俺たちは呆気にとられた。アスモディーと言う女は騎士でありながら、バルバドスの配下にいると言うのに戦うことに意欲的ではなかったのだ。
腕に巻き着いたボロボロの包帯の隙間から無数の傷がついているのが見え、その無気力感と相まって不気味に感じた。
「では、通す気はあるのか? ないのか? はっきりしろ!」
苛立つカタリナが脅すように問いかけると、アスモディーは涙をぽろぽろと流し始める。
「私、私なんてどうせ戦ったって、でも、通したらバルバドス様におこられてぇしまいますぅ……ちょっと待って、怒られる?」
自分で発した言葉で何か思いついたようだった。そして、泣くのをやめるとニタニタと口角を上げて笑い始める。
「そうよぉ、今ここで職務を放棄して逃げてきたことにすればバルバドス様に怒られるじゃない!! そしたら、バルバドス様は私に一杯痛いお仕置きをしてくれるはずよね!? そうよね!? はぁ♡ なんと刺激的な♡ 私天才♡ でへっへっへ♡」
突然、アスモディーの頬が赤くなり、鼻息が荒くなる。さっきまで死んだ魚の目をしていたはずなのだが、急に生気が与えられたように生き生きとしていた。
「ああーーこのままでは負けてしまいます――これは今すぐ撤退しなくてはなりませんねぇ」
急にその場に座り込み、台詞も棒読みで絶望的に下手な芝居を見せ始める。勿論、俺たちはただ見ているだけで何もしていない。
「お、おい」
恐る恐るカタリナが会話を試みようとするも、アスモディーは一方的に1人で話をし続け、その畳み掛けは止まらなかった。
「いけませんわいけませんわ!! このままでは四大天としての面子が丸つぶれですわ♡ ああーーでも逃げてしまったら怒られてしまいますぅーー!!」
興が乗って来たのかアスモディーは急にお嬢様口調になり、興奮が止まらなくなっていた。
「ね、ねぇ……あれどういう事?」
「私も、分からないです……」
ルミナとソレーヌもドン引きだった。
アスモディーのその態度に等々堪忍袋の緒が切れたカタリナはレイピアを引き抜いた。
「貴様! ふざけるのもいい加減にしろ!! 通す気が無いのならこちらから行かせてもらうぞ!!」
カタリナはアスモディーへ向かって走り出す。レイピアの刃先をアスモディーへ向け、金属鎧の守りが甘い首の隙間を狙う。
隙だらけのアスモディーの首にそのままレイピアの刃が刺さった。アスモディーの腕が力が抜けたようにうなだれる。
呆気ない結末だと思ったその時、アスモディーはニヒルな笑いをし始めた。
「ふひひひひ、駄目よそんなんじゃ。そんな痛みじゃ全然興奮しないわよ!!!!」
アスモディーはカタリナのレイピアの刃を素手で掴む。手からは血がしたたり落ちてくるがアスモディーは関係なしに自分の首に刺さったレイピアを力ずくで横へと動かす。
まるで、自らの意思で首を掻き切ろうとするように。
「良い? 殺すときはねぇ、こうやってやるのよぉ!!」
「何をするきだ!?」
一気に力を横へと咥えられ、アスモディーは首に突き刺さっていた刃で自身の首を掻き切った。大量の血が首から吹き出し、返り血がカタリナへと掛かる。
そして、自ら首を掻き切ったアスモディーは首が身体から取れかかっていた。肉と皮膚によって何とかくっついている首はいつ自重でちぎれてもおかしくなかった。
「ひぃ!?」
「うう……」
アルとイルが怖がって俺の後ろに隠れる。こんなの見せられたら誰だって怖がる。
アスモディーはふらつきながら、そのまま倒れた。しかし、その後すぐに異変が訪れる。
アスモディーの首がまるで自我を持つように肉、皮膚同士がくっつき始めると傷口がふさがり元通りとなってしまった。そして、なにごともなかったかのように立ち上がる。
この様子を見て、全員が唖然とした。
「やっぱり、あなたでは足りないわ……はぁ、つまんない」
すると、アスモディーの立つ真下から魔方陣が発生する。アスモディーは無詠唱で転移魔法を行使しようとしているのだ。
「やっぱり、私、さぼって怒られよ。怒られればアスモディー様は私を殺してくれて……はぁ、生を実感する♡」
「ま、待て!!」
カタリナがアスモディーの元へ近づこうとしたが、すぐに転移魔法が起動し、アスモディーはその場から消えてしまった。
なんとも意外な結末で、最初から最後までアスモディーに対して全員が唖然しっぱなしだった。
「一体何だったんだ? あいつは」
俺はがカタリナへ問いかけると、カタリナはため息を吐く。
「奴は四大天の1人、”色欲の天使”アスモディー。見ての通り、四大天の中でも生粋の変人だ。だが、騙されるな。奴が一番やばいのだ。今回は、運が良かったと言うべきか。しかし、いずれ奴とも戦う時が来る。気を付けろフール、奴は不死身だ」
「不死身……」
カタリナの言ったその不死身という言葉に恐怖を抱いた。カタリナの突いたレイピアの一撃を喰らい、取れかかっていた首が瞬時に元通りになっている様子から、俺たちが戦ったファフニールの持つ【自己再生】とは違った能力を所持しているのだろう。自己再生だけではあれほどすぐに傷が癒えることなど無い。戦ったわけではないが、四大天の実力の片鱗だけで強大な力を持っていることを察することができた。
「さあ、突っ立っている暇はない。 バルバドスを追うぞ!」
俺たちは誰も居なくなった城内を出て、正門へと出る。
入り口付近ではバルバドス城の兵士たちが完全に俺たちを外へと出させまいと、陣形を組んで門を塞いでいた。
門の近くには馬を止める馬小屋があり、そこにカタリナ達がここへ来るのに使っていた馬車が置かれている。
俺たちは身を隠しながらカタリナへ付いて行く。そして、兵士に見つかることなく馬車の元へと無事たどり着いた。
「急いで乗れ! 早く!」
カタリナが俺たちを急かし、仲間たちが馬車の荷台へと飛び乗る。俺も、馬の手綱を握る。しかし、カタリナ達は馬車に乗ろうとはしていなかった。
「みんな何してる? カタリナ達も早く乗るんだ!」
「私たちは後から行く」
「何だって!?」
「私たちがあの包囲網を崩す間にお前は全力で馬を走らせろ。例え攻撃されても相手にするな。振り返るな。そのままお前はバルバドスの元へ向かうんだ」
俺は迷った。助けられてばかりの俺たちはカタリナ達に最後まで手助けされて出て行って良いのだろうか。そんな迷いが頭の中で惑う。
「フール!! あたい達の大丈夫だぜ!! あたい達は歯向かってもS級冒険者端くれだ。あんな兵士共に負けねぇよ」
「私全然活躍できてないんだからここで活躍させなさいよね!!」
「ええ、ここで怖気づいて終わり何てありえません。僕たちの力を見せつけましょう!」
「と、言うわけだ。グリフォンの全会一致の意見なんだ。お前は何も気にしなくていい。では、行くぞ。私が合図を出したら馬を走らせろ」
そう言いながら、グリフォンたちは各々戦闘態勢に入り、正門の前へと出る。
「あれは聖騎士カタリナ!? てことはまさか、ノンナ様が負けたのか!?」
ざわめく兵士たちへ向け、カタリナはレイピアを突きつけ大きく叫ぶ。
「ああそうだ!! 我が仲間の正義の拳によって悪は滅びた! 兵士たちよ今一度思い出せ! お前の使えし王が、世界を滅ぼさんとする魔人であることを! お前たちは魔人の為に! 世界の終焉の為に兵士としての職務を全うするのか? 我が声を聞け! 今、我が仲間が彼の最悪の魔人を打倒さんとしているのだ!! お前たちが我が言葉に聞く耳を持つ正人と思うなら、その道を開けるのだ!!」
カタリナの煽る言葉に兵士たちはためらいの様子を見せる。しかし、大柄な兵隊長がカタリナに反発する。
「バルバドス様は今までこの国を支えてきてくださったのだ!! こうして、兵士としての職務を与えられているのも、家族に飯を食わせて行けるのも、この国が豊かになったのも全部バルバドス様のおかげである。まさに、神のような存在へそのような言葉を投げるとはなんと愚かな!! 貴様は聖騎士ではない!! お前は楽園から追放され、堕天した悪魔だ!! 皆の者!! この悪魔の言葉に耳を傾けるでない!! 例え影の存在であろうと、バルバドス様は見てくれている!! 立ち上がれ!!」
「「「「「うおぉおおおおおおお!!!!!!!」」」」」
カタリナの言葉がまるで通じていない様子だった。
「馬鹿につける薬はねぇってか」
ライナは呆れた口調で言った。
「ああ、残念だ」
カタリナは覚悟を決める。
「魔力は溜め終わったかサラシエル」
「ええ、いつでもいいわよ」
「僕も、いつでも支援できます」
「ライナ」
「あたいはいつでも」
そして、カタリナは叫ぶ。
「フール走れ!!!!」
「"紅蓮大爆裂"!!」
その言葉と共にサラシエルが杖を振ると、兵士の集団の内側から大爆発が起こり、多くの兵士たちが爆発によって吹き飛ばされ、塞がれていた道が開かれた。
俺は馬を走らせ、開かれた正門をかけ走る。
「逃がすかぁ!!」
爆発から免れた兵士が俺の馬に向かって弓をいろうとするが、その間にライナが割り込む。
「させねぇよ!!」
後ろを見ると、続々と兵士たちがカタリナ達を取り囲み、乱戦が始まっていた。そして、カタリナの目が会った。馬車はカタリナの元から猛スピードで離れて行く。
そして、カタリナの言葉が最後、辛うじて聞こえた。
「すぐに向かう!! 世界を救ってくれ!!」
俺は正面を向き直し、全力で馬を操った。真っすぐ城下町を走り抜けた馬車はバルバドスの国を後にする。
苦しい者たちの思いを果たすために、託された約束を果たすために、セシリアという大切な仲間を救うために、そして世界を救うために、俺たちは最後の地へと向かった。。
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