第127話 暴走する皇帝
これほどの殺意をノンナは初めて感じた。これは並大抵のものではない。
今まで蓄積していた心のダムが決壊したように衝動が制御でき無くなった者の純粋な殺意は恐ろしいものなのだ。これまで、何十という者を殺してきたノンナだが、身体がしびれるほど感じる殺気を持った者は居なかった。
先に攻撃を仕掛けたのはセシリアだった。言葉も発さず、ただ目の前の標的を切る為だけに大太刀を振るう。
ノンナは流れるようなセシリアの太刀裁きを紙一重に避ける。
「こいつ! 何なんだ!?」
ノンナは大振りの攻撃の隙を見て、セシリアの脇腹に蹴りを入れる。ノンナの蹴りによって吹き飛ぶセシリアだが、表情1つ変えずにすぐさま立ち上がった。
「ゾンビか、お前は」
ノンナは挙に気を集中させると、拳に冷気が纏わり付き、氷の爪が生える。
「“氷爪撃”!」
ノンナは氷の鉤爪をセシリアに向けて振るうが、大太刀で難なく受け止められた。
ノンナの氷爪とセシリアの草薙が擦れ合い、火花が散る。両者一歩も譲らぬ鍔迫り合いは数十秒も続いた。
「"焔"」
その鍔迫り合いを終わらせるよつに、セシリアの言葉に反応して大太刀から放たれる熱波がノンナを襲う。熱波の衝撃を受け、大きく吹き飛ぶが器用に地面へと着地する。
その時、ノンナにも違和感が訪れた。手元を見ると、氷爪がドロドロに溶け、能力が強制的に解除されたのだ。ノンナはもう一度能力の使用を試みるが冷気が生まれない。
「能力が封じられただと?」
セシリアの攻撃を受けた瞬間から、ノンナの職業"神ノ挙”の能力の中でも愛用していた“凍結挙”が発動できない。
ノンナは他の能力を試そうとするが、すべての能力が発動できなくなっていた。
仮説を立てるなら、あの大太刀かセシリア自身の間題だ。セシリアの攻撃のせいなのか、もしくは武器のせいなのか。しかし、能力だけはノンナの中で確信があった。
こんなでたらめな力はあれしかない。
「この力、まさか【皇帝ノ覇気】か? よりにもよって」
『皇帝ノ覇気」、世界的特異能力の中の1つだ。その能力は「あらゆる能力の発動を無効化する能力』。その力はその名の通り、装備能力、職業能力、特殊能力、四神能力、そして世界的特異能力さえも無力にするのである。理性を失ったセシリアは最早皇帝ではなく、さながら暴君である。
そうなると、ノンナの持っている全ての能力が無効化されてしまったのだ。残されたのはこの実力のみだ。
ノンナは大きく深呼吸をし、姿勢よく構える。己の肉体に集中し、技を高めるのだ。
「来い」
セシリアに向けて挑発すると、ノンナに向けて飛び掛かってくる。
ノンナは剣の軌道を予測し、回避に専念することにした。ノンナが考えているのは【皇帝ノ覇気】の効果を消す方法である。
考えてみればノンナにとって明らかに不自然な事があった。
それは、どのタイミングで能力を得たのかということだ。
以前から所持していたのであれば、使用していてもおかしくなく、マルルクにも負けるはずが無い。
しかし、今このタイミングで急に使用できるようになるのは化け物が過ぎる。
となると、可能性としては1つ、セシリアの持つ大太刀だ。武器を手放せば効果が切れるかもしれない。
ノンナは回避を続け、大きな隙が生まれるのを待った。
ノンナはこれまで様々な状況下で戦って来た戦闘のスペシャリストである。経験値もセシリアよりある為、戦闘面はセシリアよりも上である。その実力がここで現れていた。
攻撃の軌道をまるで分っているかのように動くノンナに翻弄され、セシリアの息があがってきているのが見えた。一方でノンナは息切れせずに集中も持続している。この差が2人の実力を著しく表していたのだ。
疲労で攻撃が大振りになってきたノンナはタイミングを見計らう。
「ここだ!」
ノンナはセシリアの刀を持つ手を蹴り、武器を手放させると冷気が戻ってくる感覚があった。皇帝が解除されたのだ。
「落ちろ」
ノンナはセシリアのお腹に冷気を纏った拳を入れるとセシリアはその攻撃によって気絶し、その場に倒れた。
ノンナの予想は合っていたようで、セシリアが使用している草薙自体に付与されていた能力だったのだ。
世界的特異能力は生きている者だけではなく、武器や防具などにも取り付くことができるのだ。
「はぁ……てこずらせてくれたな」
ノンナがセシリアを担ごうとした時、落ちていた草薙が自ら動き出し、セシリアの背中の鞘へと戻る。まるで主人についていこうと自我を持っているように。
「気味が悪い。呪いの武具め」
ノンナはセシリアを肩に担ぎ、影の中へ冷気と共にこの場から消え去った。
一方、フールたちは地下水道を抜け、バルバドス城の裏口に出ていた。
裏口の鍵をシュリンの解錠魔法で外し、中へ入ると、兵士たちの声が聞こえてくる。直ぐに物陰に隠れ、聞き耳を立てた。
「女が脱走した!! すぐに見つけて捕えるのだ!!」
そう言いながら、兵士たちは廊下を掛け走っていく。
「脱走だと?」
「もしかして、セシリーの事なんじゃ」
「相変わらずパワフルな奴なんだぞ」
俺たちはマントのフードを深くかぶり、隠れながら兵士たちの向かう方向へとついていく。
進むと城の出入り口がある大きなエントランスに出た。
影から様子を見ると、出入り口で大勢の兵士に囲まれた大男と獣人の女がいた。
その女の肩に意識を失ったセシリアを見つける。俺は感情的になり、思わずその場に飛び出してしまった。
「セシリア!!」
突然飛び出してきた俺に驚き、武器を構える兵士たち。
俺は怯えずにゆっくりと近づいていく。後ろから仲間達も現れ、武器を構える。
「これはこれは! 噂の回復術士のフール君じゃないか!! ようこそ我が城へ! そんなこそこそしなくても正面から入ればよかったではないか?」
兵士たちの後ろでバルバドスが不敵な笑みを浮かべている。
「セシリアを返してもらう!」
「やはり、来ると思っていましたよ。大切な仲間を見捨てるはずが無いだろ? 四神殺しの英族様が」
バルバドスはわざと俺を振るように話すが、腹立たしくなる気持ちを抑える。
「だが、来るのが一歩遅かったようだ。私たちはこれから皇女を連れて奈落ノ深淵へ行くのだ。お前達と遊んでいる暇はない」
バルバドスはセシリアをノンナから受け取り、外へ出ようとする。
「待って!! セシリアさんを返して!!」
ソレーヌは魔導弓で生み出した矢がアルバドスへ向けて放たれる。魔法矢であるので、狙った目標へと飛んでいく。
しかし、その軌道上に割り込んで来た女が居た。天使のような鎧を身にまとい、露出された部分は包帯が巻かれている生気の女の腕に矢が刺さる。しかし、女は無反応で立っていた。
「バルバドス様、ここは私が……と言わなきゃいけないんでしょ」
「アスモディー、ノンナ、そしてカタリナよ。私は忙しいんだ、代わりにこいつらと遊んでやれ。ふっはっはっは!!!!」
大きな笑い声と共にセシリアを担いで外へと出るバルバドス。
「待て!」
それを追おうとした時、目の前で兵士を吹き飛ばすほどの爆発が起こる。
「これは、爆炎魔法!?」
横を見ると、朱雀を倒すためにともに戦ったカタリナのパーティ、グリフォンの面子がそこにいた。
「悪いけど、命令なの」
サラシエルは膨れた顔を見せながら、杖を構えている。
「皆さんには申し訳ないのですが……止むを得ません」
セインも渋々構える。
「……」
ライナは何も言わず、こちらも見ない。
「すまない、フール。お前をここで捕える!」
カタリナは腰の剣を引き抜き、剣を俺に突き付けた。
かつての戦友と戦うのはこれほど辛いのか。
しかし、やらなくては。
ここで俺たちは終われない!
「みんな!行くぞ!」
セシリアまであと一歩というところで俺たちに大きな壁が立ちはだかるのだった。
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