第111話 あなたが居たから
今日はルミナ回ですね。
俺たちがウッサゴを出てからだいぶ時間が経っていた。
気が付けば日は落ちており、荷馬車からぶら下がっているランタンの光だけが俺たちを照らす。空は厚い雲で覆われ、綺麗な星々は姿を見せていなかった。
俺たちが目指しているバルバドスの国はウッサゴから街道を通って遥か東の地にある。ウッサゴからバルバドスの国へ向かうには馬車を走らせたとしても丸一日はかかる距離だ。
俺たちはここまで休憩を取らずに移動している。馬を操縦する者が眠らないように交代制で2人荷馬車の操縦席に座る。
しかし、俺はずっと手綱を握っていた。休もうとするが眠れないのだ。それは仲間が心配からなのか、この先に何が起こるかわからない不安感からなのか分からない。
「な、なぁフール。そろそろ休んだらどうなんだぞ。休まないと体に毒なんだぞ」
「ああ、分かっているさ」
「分かっている様子なら言ってないんだぞ』
隣で一緒に手綱を握ってくれているバトラの言葉に空返事で答える。
身体は確かに疲れているはずなのだが、心が休ませてはくれないのである。
街道を軽やかに歩く2頭の馬の軽快な時の音、草木が風に擦れる音、後ろから聞こえてくる仲間の寝息の音が疲労し切った身体に染み込まれ、眠気を催す。
しかし、それに合わせてセシリアの前が思い浮かぶとその眠気は消え去り覚醒する。
それが何度も俺の中でぐるぐるとループしているのだ。
今、こうしている間にもセシリアが苦しんでいるかもしれない、接間かそれ以上の事か、一体何をされているのか考えれば考えるほど身体を休ませることは難しくなる。
そろそろバトラが交代の時間になった。
「パトラ、休むんだ」
「で、でもおいらたちばっかり交代してるのもおかしいんだぞ」
「俺は眠れそうにない、だから俺が動くことができる間にお前らは休めるときに休むんだ」
「.....わかったんだぞ。でも、フールも無理しちゃダメなんだぞ」
「ああ」
俺は馬車の動きを止め、バトラが荷台へと入る。暫くして次の当番がやってきた。
「ふわぁ〜〜」
大きな欠伸をしながら荷台から降りてきたのはルミナだった。
「ルミナ、休んでいたのに悪いな」
「え、フールさんずっと運転してたんですか!?」
「まあな、さあ行くぞ」
ルミナが隣に来て手を握ったのを確認し、合図を出して再び馬を歩かせた。
動いてすぐ、後ろからパトラのいびきが聞こえてくる。相当疲れていたのだろう。
パトラのいびきを聞いたルミナがくすくすと笑っていた。
「相変わらずバトラのいびきは大きいよね、あんな小さい体からどうやって出してるのかしら」
「ルミナ、大丈夫か?」
「大丈夫って、セシリーの事ですか? セシリーなら大丈夫ですよ」
ルミナは俺とは打って変わってどこか余裕のある様子だった。
「フールさんの方が考えすぎですよ。セシリーの事が心配で眠れないんですよね?」
原因はそれなのだが、いざ言葉にされると少し恥ずかしく、少し間を開けてから答えた。
「ふふふ、それセシリーが聞いたら飛んで喜んじゃうかも。フールさんが仲間思いで優しい人なのはわかります。でも、心配しなくてもセシリーは強い子だから大丈夫ですよ。私はあの子の幼馴染で、セシリーの事は見てきていますから」
ルミナは静かにそう言った。ルミナの明るげな口調の励ましによって、俺の不安な気持ちが少しだけ和らいだ気がする。セシリアもそうだがルミナもいつも明るくて場を和ませてくれている。そんな仲間がどれほど助けになるものなのかは雑用係だった頃は分かりもしなかった。
「ルミナはいつも元気だな」
「えへへ、でも元々はこんな性格じゃなかったんですよ?」
「そうなのか?」
「はい! 昔の私は臆病者で引っ込み思案でした。ましてや、危険な仕事をする冒険者になろうなんて考えたこともなかった。でも、セシリーが私を変えてくれたの」
セシリアは顔を上げ、曇った空を見ながら昔話をしてくれた。
ー一今から10年程前に遡る。
アガレスの国内のとある住宅にルミナは住んでいた。当時7歳のルミナは内気な性格で自分と同じ年代の子供の輪に入らず、いつも1人で遊んでいる。何故なら、ルミナの家族は獣人族であり、ルミナ自身が職人という理由で仲間外れにされていたからだ。
獣人族は人族から昔酷い迫害を受けていた。それは、人族が敵対する魔人に類似した存在であるという凝り固まった理由からである。
今では獣人は魔人とは異なる存在と明言され体制が大きく変わり、仕事や生活は人族とほぼ同様に扱われ、差別する者は減ってきている。だが、まだ差別がなくなったわけではない。
それが当時となると差別は酷いものだった。
勿論、家族も差別の被害に会っていたのだが、心優しい人々や仕事仲間に運良く出会い、家族は何とか生活することはできていた。それでも、ルミナにとってはとても苦しい出来事であった。
人と話すことにおそれ、声を掛けられたとしても、母親の後ろに隠れてしまったりするので、友達を作ることができずにいたのだ。
ある時、ルミナの母親が体調を崩してしまい、ルミナは母親から薬と食料を買ってくるようにお遣いを頼まれた日があった。
父親は仕事で家におらず、母親が頼れるのはルミナだけだったのだ。
ルミナは行くのを躇ったが、苦しんでいるお母さんを助けたい気持ちが勝り、1人でお遣いへと向かった。
1人で外を歩くというのは当時のルミナにとってどれほどの冒険だったことか。すべての建物や人が自分よりも大きく、いつもそばに居てくれた頼れる母親もいない。
不安感でいっぱいのルミナは自分がすべてから見下されているのでは無いのかという強い強迫観念が心中で広がっていくのを感じた。
いつも母親と行く雑貨屋へと向かう途中でルミナは等々しゃがみ込んでしまう。
「うう、うぇえええん、おかあちゃん」
ルミナの目から大粒の涙が溢れ、乾いたアスファルトへと滴が落ちていく。
周りには人がルミナを見て、通り過ぎる者、声をかけようかかけまいか悩む者、泣くルミナを嘲笑う者ばかりだった。
私は……なにもできない……
心が崩れそうになった時だった。
「ねぇねぇ? だいじょうぶ?」
「ふぇ?」
ルミナが顔を上げるとプラチナのようにきらきらと輝いた銀色の髪に自分と似た耳が着いた少女が居た。生地が良さそうな白いワンピースを着ており、貴族の子かと思った。しかし、不思議なことに、ルミナはその少女に対して恐怖心を抱くことはなかった
「たてる?」
その少女はルミナへとむけて手を差し出してくれる。
「う、うん」
ルミナは素直に手を取り、立ち上がる。
「わたしセシリアっていうの! あなたのおなまえは?」
「ル、ルミナ」
「ルミナ! あはは、あたしとおなじおみみついてる! いっしょだね♪」
セシリアは純粋な笑顔を向ける。
これが、セシリアと初めて出会った瞬間だった。
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