第106話 宣戦布告
それぞれの場所で夜が過ぎ、ウッサゴに朝が訪れた。
部屋に差し込む朝日の光が顔に当たり、フールは目が覚めた。
目の前のソファーにはソレーヌとルミナが寝ている。
本来の2人ならいつも起きている時間なのだが、これまでに色々あった疲れもあるのだろう。ここは起こさずにもう少し寝かせておこう。そう思い、俺は2人の身体に毛布を掛けてやる。
部屋を見渡すと1人せっせと何か作業をしているパトラが居た。俺はパトラの元へと近づいて声をかけた。
「おはようパトラ、早起きだな」
「お! フールおはようだぞ!」
「何やってるんだ?」
「これはだな、おいら達の旅の記録なんだぞ! これまでフールとおいら達が頑張ってきた冒険の出来事を日記のように記録してるんだぞ!」
そう言いながら、パトラは自分のリュックから何冊もの本を取り出した。
「おいら、フール達と出会ってからの事を前々からちゃんとこの本に書いてきたんだぞ!」
パトラが見せてくれた本をペラペラとめくると、文章と共にパトラが書いたであろう絵も書かれており、これまでの冒険の軌跡がわかりやすく書かれていた。
「おお、すごいなパトラ!」
「ああ!! こらこらだめなんだぞ勝手に中見たらぁ!!」
そう言いながらパトラは俺から本を取り上げてそそくさと本を鞄の中にしまってしまった。
「これはだなぁちゃんと完成してから皆で見るんだぞ! おいら、それを楽しみにしてるんだからな!」
「それ、いつ終わるんだ?」
「へ? そ……それは……あ、そうだぞ!! フールが『伝説』になった日が来たら終わり! ……ってのはどうだぞ?」
「なんだそりゃ。それって実質、終わりなんて無いじゃないか」
「むむむ……で、でもおいらはその日が来るまでお前らの活躍を書き続けるからな! それで……一儲け……ふひひひひ」
この子はいつ見ても元気そうだ。俺はそう思いつつ、ニタニタと笑うパトラの顔を見た後にある事に気がついた。
「そう言えば、昨日の夜からセシリアを見ていないが……パトラはセシリアを見ていないか?」
「んん? セシリアか? おいら昨日の晩はずっと寝てたから分からないんだぞ。もしかしたら救護室にでも居るんじゃないか?」
パトラも見ていないとなると夜の間にここに帰ってきている訳では無いのだろう。あのセシリアの優しい性格なら、アルとイルの事を心配して救護室に入り浸って居る可能性もある。
ここは2人とメリンダの様子を見に行くついでにセシリアの様子も確認しておこう。
「じゃあ、俺は救護室に行ってくる。パトラ、もしルミナとソレーヌが起きたらいつでも外に出られるように準備しておけと話してくれ」
「おう! じゃあおいらは皆の用意が出来るまで力作を仕上げるんだぞ! いってらしゃーーい!!」
パトラに手を振り、俺は救護室へと通じる廊下を歩く。廊下の窓から差し込む日の光が俺の目を覚ましてくれた。
救護室へと向かうまでの支部内はとても静かだった。騎士達が誰も歩いて居ないのだ。
そんな不自然な様子のまま救護室へ着くとメリンダの周りには元気そうな顔で話すアルとイルの姿が見える。
俺が救護室に入ると共にアルとイルは明るい顔を俺に向けて、近づいてきた。
「フール! おはよう!」
「……おはよう!」
「おはよう2人とも」
俺は2人の頭を易しく撫でる。撫でてやると2人は気持ちよさそうな顔をして、まるで猫のようだった。
俺はしゃがんでアルと同じ目線に合わせる。
「アル、体調はどうだ?」
「うん、私は元気だよ! でも、なんでか昨日の事全く覚えて無くて……お母さんを見つけた所までは覚えているんだけど……うーーん……」
どうやら、アルは昨日のことを覚えていない様子だった。あの四神の力は無意識に行っていたことなので無理も無い。
俺はイルの方を見ると、イルは口元に指でバツ印を作っていた。どうやら、昨日のことは話さない方が良いと言っているらしい。大丈夫、俺もそう思っていた。アルの能力については今後説明しよう。今はほとぼりが冷めるまで話さない方が彼女の為でもあるだろう。
「大丈夫だ、何も気にしなくて良い。でも、よかったな。お母さんが見つかってな」
俺は立ち上がってメリンダの元へ向かう。
「メリンダさん、体調はどうですか?」
「ええ、久しぶりにしっかり身体を休めることが出来ました。おかげで少し元気になりました。2人の顔もまるで久しぶりのようにみえて……」
メリンダは微笑みながら2人の顔を見る。2人はそれに応えるように満面の笑みを見せた。
この2人に出会ったときは本当に弱々しくて辛そうだったのに、ここまで成長して、本当に報われて良かったと心から思う。
しかし、この暖かい空間の中にもやはりセシリアの姿は見えない。
「アル、イル、セシリアを見なかったか?」
「セシリア? こっちにはきてなかったよ? お母さん、知っている? 銀色の綺麗なお姉ちゃんなんだけど」
「ごめんなさい。私も見ていません。けれど……今朝から騎士の方々が外へ出て行かれるのは見ました。もしかしたら、外で何かを行っているのかも知れません」
なるほど、だから騎士達が見当たらなかったのか。真面目な性格のセシリアなら、もしかすると騎士達に同行して活動してるかも知れない。ならば、外へ出てみるか。
「分かりました。なら、俺も外へ出てみようと思います。メリンダさん達はそのままおやすみになっていてください」
そう言うと、アルとイルが俺の両腕を掴んでくる。
「私たちも行くぅ!」
「……いきたい!」
「ええ……でも……」
俺はメリンダの方を向くとメリンダは笑みを見せていた。
「ふふ、フールさん2人を連れて行ってあげてください。その代わり、2人とも良い子にしてるんですよ?」
「「はーーい!」」
2人が元気に返事をすると、目を輝かせて俺に眼差しを向けていた。
メリンダさんが言うなら、連れて行くか……
俺はアルとイルを連れて建物の外へと出ると、街を行き交う人々が早々にフェルメル城のあった方向へと向かっている様子がうかがえた。その人々の行き来を整備する騎士達の姿も有る。俺は気になって整備している騎士の1人に話しかけてみた。
「おはよう、朝から何やってるんだ?」
「フールどのおはようございます。実は朝からウォルター隊長がウッサゴ国民全体へ向けてお知らせを行うとのことで、ウッサゴの民達を会場へ誘導していたであります!!」
「なるほどな。会場はどこだ?」
「はい、この先にあるフェルメル城……今では竜の石像前となっておりますが……」
「なるほど、大体場所は分かったよ。ありがとう」
「はっ! お気を付けて!」
騎士の綺麗な敬礼で見送られつつ、俺はその会場へと向かう。
会場とされていたフェルメル城前もとい、竜の石像の前には多くの人集りが出来ていた。それもそのはず、ここには国中の人々が一堂に集まっているのだ。フェルメル城の崩壊と謎の竜の石像が生まれた騒動に関して何か情報が知りたいと貧民から貴族まで皆が聖騎士協会へとすがる。
おれははぐれないようにアルとイルの手をつないでその群衆の中へと入るとそれに合わせてウォルターが群衆の前へと現れた。
「ウッサゴにお住みの皆様、この度は皆様を巻き込むような騒動となってしまい、聖騎士協会としてお詫びいたします。まず、今回起こった騒動に関してですが以前から起こっていた地盤変動事件の延長線上に起こった出来事だと言うことをおはなしさせてほしい。結論から言うと地盤変動事件の犯人は四神の一柱である玄武の仕業だった。しかし、この騒動に発展する根本的な問題を生み出したのはこの国を牛耳っていたフェルメル侯爵だと、調査の結果判明したのです」
ウォルターの説明に群衆はざわつき始める。
「その証拠にフェルメルは国の民を使って、人体実験を行い、人を四神に変える実験を行っていたのです! フェルメルは聖騎士協会と経済的支援を行っております。しかし、これは聖騎士協会に対しての口封じで有り、賄賂を与える行為なのです。言わば、聖騎士協会もフェルメルの事を敢えて見過ごしていたのです。これはこの世界を混沌化させる行為に秩序が加担していたのです! この要因によって自我を持った四神は暴走し、このような結果となってしまったのです!!」
ウォルターは群衆へ向けて、真実を嘘偽り無く話した。例え、それが自分達に刃が向かれる行為だとしても……
「そ、それが事実ならお前ら聖騎士協会もグルで俺たちを苦しめようとしてたんじゃねぇか!! お前らのような悪党が秩序を脅かす存在じゃねぇかぁ!!!!!」
「そうだそうだ!!!! 何が秩序を守るだ!!!! この悪魔の手先め!!!!」
群衆の1人がウォルターへ向けて非難の言葉を向けると、それに合わせて群衆達も声を荒げて便乗し始めた。
貧民や平民達はウォルターに向けて罵声を浴びせたり、ゴミを投げつけたりした。一方で貴族は憧れの存在であったフェルメルの諸行と聖騎士協会の真実に絶望し、倒れる者達も現れ始め、この会場は混沌としてた。
「はわわ……やっぱり、皆怒ってますよぉ……」
「大丈夫よ、隊長を信じて」
横で見ていたクラリスとアイギスも心配している様子だった。
目の前では物理的に、精神的に追い込ませようとする群衆数千に対して、ウォルターはそれを1人で受け止めていた。
そして、ウォルターが叫ぶ。
「だからこそ俺の話を聞いてくれ!!!!!!!!!」
ウォルターの一度の叱咤によって、一斉に国民が黙り込んだ。
ウォルターは呼吸を整えつつ、抑えきれぬその情熱を語るべく、口をひらく。
「そうだ!!!! お前達が言うとおり、今の世界は腐りきっている!!!! だからこそ、俺はこの時を待っていた……この言葉を言えるチャンスを待ちわびていたのだ!!!! 俺が求めているものは真の世界の平和で有り、本物の秩序だ! しかし、今はかのバルバドス王の手中に聖騎士協会が納められたことによって秩序は堕落し、混沌の時代がやって来ようとしているだ!!!! しかし、俺たち聖騎士協会ウッサゴ支部全大隊はそれを食い止め、勝利を! 国民の自由を! 平和を勝ち取る使者だ!!!! そして今、このウッサゴを牛耳る悪魔は去った今、君たちには立ち上がれる力がある!! その力を俺たちに貸して欲しい!!!! そして、彼の傍若無人なるバルバドスを討つ!!!! だからこそ、正義のためにウッサゴの国の力を俺たちに貸して欲しい!!!! 思い出せ!!!! お前らは商人はフェルメルに全て従い、商品を仕入れてフェルメルに税を納めてた! 貴族も所詮は下っ端のように扱われ、自由には出来なかったはずだ! そして、貧民たちよ、フェルメルに職を奪われ、何も言えなかった悔しさを忘れていないか!!!!」
ウォルターの熱弁によって心打たれたのか、人族、獣人族と種族問わず、多くの国民が泣き始める。
「今、この世界はフェルメル在りし日のウッサゴと同じ状況になりつつある! 俺は例え反逆者でも良い!! 本当の平和を取り戻すために俺は聖騎士協会、そしてバルバドスに宣戦布告を言い渡す!!!! 俺たちの勝利の為に立ち上がろうでは無いかぁあああああ!!!!」
「「「「「うぉおおおおおおおおおおおおおーーーー!!!!!!」」」」」
この時、ほぼ全ての国民が拳を高らかに挙げて雄叫びを上げた。ウォルターの熱い演説に心奪われ、殆どの国民が一丸となった瞬間だった。フェルメルによって抑圧された国民への真の平和を望む心を、持ち前のカリスマ性で一瞬にして掻き立たせたのだ。
この日が事実上、正式にバルバドスの国へ宣戦布告を物申した日となったのである。
最後までお読み頂きありがとうございます!
宜しければ☆☆☆☆☆→★★★★★して頂く事や
ブックマーク登録して頂けると泣いて喜びます!
それでは次回まで宜しくお願いします!