第104話 卑怯な策略
みぞおちを支え、大きく咳き込みながらセシリアは立ち上がる。
目の前には偽フールに変身したマルルクが不適な笑みを浮かべていた。セシリアには勿論、目の前に居るフールが偽物だと言うことを分かっている。しかし、心から愛している人間を切れる者なんて居るのだろうか? いや、居るわけが無い。居たらこの私がぶん殴ってやるとセシリアは思う。そんな感情を抱きながらもセシリアは刀を構えた。
「この姿なら手も足も出ないなセシリア!」
フールとほぼ同じ声、でもフールでは無い。
「あれはフールじゃ無いの……落ち着け私」
小言で自分に言い聞かせるそして心中で何度も言い聞かせる。
あれはフールじゃ無い。
「手出し出来ない今、俺は有利だ! さぁ行くぞセシリア!」
偽フールは指の間でナイフを持ち、8本ものナイフを突き立ててセシリアに襲いかかってきた。しかし、先ほど受けたマルルクの姿の時の攻撃よりも攻撃速度が遅く感じた。動きが少しだけぎこちないのだ。そのおかげか受け流しと共にいつでも攻撃が出来る隙はあるのだが、セシリアはなぜか攻撃を踏み留めてしまうのだ。
あれはフールじゃ無いあれはフールじゃ無い。
「ははは! どうだ、仲間に攻撃される気持ちは!!」
あれはフールじゃ無いあれはフールじゃ無いあれはフールじゃ無いあれはフールじゃ無い。
「頭の中で考えていて受け流す速度が遅くなってるぞ!!!!」
今度はセシリアが隙を突かれてしまい偽フールのナイフがセシリアの顔に向かってきた。セシリアはそれを持ち前の反射神経で回避するが、そのナイフの刃が少しだけ頬に掠り、切り傷ができる。そのナイフに切られた瞬間、少しだけ目眩がし、身体がふらついた。
「え、な……に?」
一瞬、身体に力抜けたような感覚に襲われてセシリアは驚く。そのふらつきと共に偽フールはセシリアの事を蹴り飛ばした。またしてもセシリアは倒れ、起き上がろうとするが身体にあまり力が入らない。
「なによ……これ、全……然力が……入らない」
「それもそうさ。僕のナイフには猛毒が塗られているですから。しかも、この毒は市販の毒ではないです。僕の仲間のウィーンドールが僕の為に作ってくれた毒なんです。ウィーンドールが作る道具は凄いのです! ……ってもう変身が解除されちゃったですか」
気がつくと偽フールはマルルクの姿へと戻っていた。
「だって……あんた……さっき、ナイフ……舐めてたじゃない……」
「ああ、それは僕には【毒無効】の耐性がありますですからね。ウィーンドールの毒は【毒耐性】をも貫通してしまうほど強力なのです。【毒無効】があればこの毒を食べることだって出来るのですよ。ウィーンドールの毒はすっごく甘くて僕は大好きです♡」
そう言いながら、マルルクは長い舌で卑猥にぺろぺろとナイフ舐め始めた。
「美味しいでぇす♡」
これも挑発をする作戦の1つなのか、それとも只単純に気持ち悪い奴なだけなのか。
セシリアは歯を食いしばって身体を起き上がらせると、言い知れぬ気持ち悪さに襲われて思わず咳き込む。その咳には血が混じっていた。
「あ~~あ、可哀想です。毒がどんどん回ってきちゃってますです。でも安心してください、ちゃんとここに解毒薬があるですよ」
そう言いながら、マルルクはポケットから小瓶を取り出した。小瓶の中には透き通った液体が入っている。
「もし、このまま大人しく僕と一緒に来てくれるなら喜んでこの解毒薬を差し出すですけどねぇ?」
にやにやと笑みを浮かべながらセシリアの方へと小瓶をゆっくりと振る。まるで手招きしているようだった。
セシリアにとって大分命に関わる状態である。苦しくて吐き気がして、体中が麻痺したように痺れてきている。このままだと自分が死んでしまう。しかし、セシリアは虚ろな目でそれでもマルルクを威嚇し、刀を向けた。
「私は……絶対にあんたには負けない……何があろうと……絶対に屈しない……それに……」
言葉と共にセシリアの尻尾、耳までが激しく逆立つ。
「私が大好きな人の姿を最低な方法で利用したあんたを……私は絶対に許さない!!!!」
セシリアの怒りは身体に力を与えた。地面を一蹴りすると一瞬でマルルクの目の前に現れる。
セシリアの顔はいつもの顔では無い。只目の前の敵を殺そうとする鬼の形相をしていた。
「速い!? まさか、毒が回っているというのに動けるですか!?」
流石のマルルクもこれは想定外だった。そのせいで回避をする体勢も取れていない。
「不味いです!! 速く変身を……」
その言葉が終わるよりも前にセシリアの2刀がマルルクを襲った。
「ぐぁわぁああああああ!!!!」
マルルクの胸に2つの斬撃の軌跡が残り、赤い血が流れ始める。
「な……なんで、動ける……です……か……」
マルルクゆっくりとセシリアの方を見る。その姿は今までのセシリアではなかった。
顔の頬には3つの赤い線が引かれており、セシリアの耳や尻尾の毛量が増え逆立ち、可愛らしい顔は大人びた美しい顔つきとなっていた。
「まさか……【鬼人化】を取得したですか……この短時間で……」
【鬼人化】とは戦士の職業能力の到達地点に値する能力である。【鬼人化】を使用すると使用者の見た目が変わり、使用者に身体強化、状態異常無効、攻撃力大幅上昇を一時的に付与させる強力な能力である。
それを怒りによってセシリアに能力を習得させてしまったマルルクは激しく後悔した。そして、なんと言ってもマルルクが驚いたのはセシリアの成長速度だ。
「早い……早すぎるです。この成長速度……お前、まさか只の獣人じゃないですね……」
「いいえ、私は……ただの獣人よ」
セシリアはそう一言つぶやき、倒れたマルルクの身体へとどめを刺そうと刀を振り下ろす。
その時、マルルクがまた笑みを浮かべた。
「でも、間に合ったです♡」
その言葉と共にマルルクの身体が瞬時に変化し、フールの姿となる。
そして、セシリアはまたしても振り下ろす刀を止めてしまった。
まただ、落ち着いて。こいつは偽物だ。また、心の中で声をかけ続けろ。
あれはフールじゃ無い。
あれはフールじゃ無いあれはフールじゃ無いあれはフールじゃ無い。
あれはフールじゃ無いあれはフールじゃ無いあれはフールじゃ無いあれはフールじゃ無いあれはフールじゃ無い。
あれはフールじゃ無いあれはフールじゃ無いあれはフールじゃ無いあれはフールじゃ無いあれはフールじゃ無いあれはフールじゃ無いあれはフールじゃ無いあれはフールじゃ無いあれはフールじゃ……
「うぅ……あ……あああああああああああ!!!!」
セシリアは悔しさと共に絶叫し、愛刀の1本である『雷光』を草むらへ向けて投げた。そして、セシリアの【鬼人化】解けてしまった。一時的に抑えた毒が新たに身体に回り始め、遂にセシリアは気を失いその場で倒れてしまった。
「はぁ……はぁ……死ぬかと思ったです……てこずらせてくれたです……」
マルルクは胸を押さえながら千鳥足で倒れたセシリアのもとへ向かうとセシリアの肩に触れた。
「精霊よ……僕達を城へ戻せです……『瞬間移動』」
マルルクが呪文を唱えると瞬時にその場から2人の姿が消えた。
そして、残ったのは夜のウッサゴの静寂と1本の刀だけだった。
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