第101話 忙しない日々の終わり
気がつくと辺りは暗くなり、久しぶりかと思えるほどの夜がやってきた。
あれから俺はアルとイル、そして2人の母親を聖騎士協会と共に保護することにした。
アルが作り出した大きな大地の柱に取り残された者達はシルフや騎士団達の魔法によって全員が無事に地上に降り立った。
それからは騎士団の指示に従い、一度聖騎士協会のウッサゴ支部内にて待機することになった。
今、ウッサゴは大きな竜が現れたり、大地が動いたり、フェルメル城が倒壊したりなどでパニック状態になっている。
そのような状況をなだめるために今騎士団達は全力を尽くしており、それを対応しているからお前達は休んでおけとウォルターに言われたので、俺たちがここで何かをしでかせば迷惑になると思い、素直に指示に従ったというわけだ。
現在、ウッサゴ支部内の客室で皆が待機してた。余程疲れていたのだろう、ルミナやソレーヌ、パトラは大きなソファーの上で3人は可愛い寝顔を見せている。
アルとイルと母親、そしてシュリンは救護室にいる。シュリンも魔力切れの中、良く戦ってくれたと思う。
次あったときはちゃんと礼の言葉を言わなければ……そう考えながら周りを見るとセシリアの姿がない事に気がつく。
どこへ行ったのだろうか? もしかしたら、外の様子でも見に行っているのだろうか?
セシリアの事だ、あふれ出る正義感で外の様子が居ても立っても居られなくなったのかも知れない。あまり無理して欲しくは無いがセシリアも少しずつ自分を制御出来るようになってきている。だから、俺がそこまで言う事でも無いだろう。
俺も椅子の背にもたれ掛かっていると溜まっていた疲労がそろそろ見えてきたのか、睡魔が襲ってきた。
そのまま、ゆっくりと瞼を閉じようとしたときだった。
「あの……今、宜しいでしょうか?」
俺はその声でハッと起き上がった。部屋の入り口を見ると1人の女性の姿が見えた。
赤毛の長い髪から2つの丸い耳が出ている女性はアルとイルの母親だった。
「貴女はアルとイルのお母様? どうかされたのですか?」
「少し、お話がしたくて……」
俺は快く承諾して、部屋を出た。皆が寝ている所で話すは流石に悪いと思ったので、場所を変えることにしたのだ。
空いていた別の客室へ入り、ランタンの蝋燭に明かりを灯す。
揺らめく蝋燭の火を中央に俺とメリンダは座って顔を合わせた。
「改めて始めまして……あの子達の母親であるメリンダと申します。この度は、私の娘達の面倒を見てくださりありがとうございます」
メリンダは座りながら、深々と頭を下げる。
「こちらこそ初めまして、回復術士のフールです。2人からは貴女の事は聞いておりました。ご無事で良かったです。それにしてもお身体の方は大丈夫なんですか?」
「ええ、私は大丈夫。今はアルもイルもぐっすりと寝ていますし、私よりも皆様の方が大変だったでしょう」
メリンダは優しげな口調で自分の事よりも俺たちの事を気にしてくれていた。アルとイルがとても優しい子であるのも分かる気がした。
「私は心配でした。私がフェルメルの所へ連れて行かれてから、あの子達はどうなってしまっているのだろうか。無事で居てくれたらと毎日祈っておりました。本当に良かった……あなた方が助けてくださって頂いたのでしょう? 私の大切な娘を救ってくれて……ううぅ、本当に……」
メリンダは俯いて、涙を流す。
「でも、1つだけ分からないことがあるのです。それは、うちの主人であるマーカードの事です。私が誘拐される前、私の主人は行方不明になってしまいました。主人はこの国の小さい店を構えていた商人だったのですが、行方不明になる前日にお店を閉めると突然言い出したと思えば、すぐに家から出て行ってしまったのです。もう一瞬の出来事で、私も止める事が出来ずに行かせてしまいました。あの時、私があの人を止める事が出来ていれば……」
メリンダは涙を流し続けたまま、ズボンを強く握っていた。
ポタポタと落ちる涙が手に落ちる。その涙が手に弾け、床へと落ちる。
「でも、それはもう過去のこと……過去の事は変えることが出来ない。だからこそ、私も前に進みたい。あの子達も前に進んできたからこそここに居るのでしょう? お願いです、これまでの事……あの2人と出会った時から今に至るまでの事を私に教えていただけますか? その話の中に私の……主人の事がきっと、何かあったはずです」
俺はゆっくりと立ち上がり、テーブルの上に置いてあったハンカチーフをそっとメリンダに渡した。
「分かりました。お話しします」
それから俺は、メリンダに今まで起こった事を全て要点をまとめて話した。
2人との出会い、2人の力、ビフロンス湿地での一件、そして玄武の事を。
「信じられません……まさか……そんな、フェルメルの言っていたことは、こう言う意味だったのね。夫が怪物に変えられていたなんて」
「……俺も最初は信じられませんでした。まさか、俺たちが倒そうとしていた四神がまさか人間だったなんて思いもしませんでした。でも、それを教えてくれたのも、貴女のご主人のおかげなんです。ご主人は魔物にされてもご家族を含めて、人間の事を考えていたんです。陰で守ろうとしていたんです、怪物になっても」
俺はこの話をあまりしたくなかった。実の妻であるメリンダが悲しんで落ち込んでしまうと思ったからだ。
しかし、メリンダは泣きながら少しだけ微笑んでいた。
「……ふふ、なんか……あの人らしい……あの人はね、私たち家族だけじゃ無くて、皆に優しかったの。仕事仲間の人たちや、お店に来てくれるお客さんにまで優しくて困った人を助けたりする事も多かった。私たち獣人を差別的に見てくる人たちの心ない言葉にも屈せず、良くしてくれる周りを誰よりも大切にしてた。本当にまっすぐで、優しくて、素敵な人……」
そう言いながらメリンダは笑顔でそう言った。笑顔の彼女から流れる涙はランタンの火に反射してキラキラと輝いていた。
メリンダは涙をハンカチーフで拭う。
「アルちゃんもイルちゃんもすごい力を持ってて、みんな素敵……」
「貴女も十分素晴らしい力を持っていますよ」
「え?」
「貴女の娘さんがここまで頑張れたのは大好きな貴女の為だったんです。彼女たちに力を与えたのは貴女なんですよ」
「……」
メリンダは少し考えたようにハンカチーフを見つめた後、俺に顔を向けた。
「ありがとうございます。私が探し求めていた疑問が解決しました。皆、頑張っていたのですね……亡き夫のためにも、私があの子達を支えて見せます。改めてお礼を言わせてください……素敵な回復術士様」
そう言って、メリンダは俺に頭を下げた。その時、メリンダの身体が大きくふらつく。
俺はそれを咄嗟に受け止め、倒れるのを防いだ。
「大丈夫ですか?」
「ごめんなさい、急に力が抜けちゃって」
「無理しないでくださいね。このまま、また休みましょう」
「ごめんなさい……」
どうやら、まだ十分に休んでいない状態で無理をして居たのかも知れない。
俺はメリンダに肩を貸して、救護室へとメリンダを運んだ。そして、俺もそろそろ疲労で限界だったので客室へと戻る。
皆が客室へ入るとまだセシリアの姿がない。
「まぁ……直ぐに戻ってくるか……」
疲労が溜まった俺の身体は眠気に耐えられずゆっくりと瞼を閉ざさせた。
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