93 マイホーム2
「お疲れみたいですね。あっそうだ!」
「?」
お姉さんがごそごそとポケットを漁り始めた。出てきたのは飴ちゃん4つ。
「良かったらどうぞ」
「ありがとうございます」
1人1つずつ。
ニトラとライ姉に渡して、僕はお姉さんに貰った飴を眺める。
食べたい誘惑をじっと我慢。
なぜなら大きな買い物に甘い判断は出来ないから。
「悩まれてますね。そういう時は、本当に欲しいのかどうかを自分の心に聞いてみてはいかがですか?」
「自分の心に?」
「はいっ」
「少し考えさせて貰っても良いですか」
「ごゆっくり」
アドバイスに従い、目を閉ざして心の中に住む虚ろと相談してみようか。
精神世界にいるのは、小さな悪魔。欲しがり屋の虚ろに声をかける。
「君は苦労しても家を買いたい?」
(ううん。それよりアメちゃん欲しい)
残念でしたね。お姉さん。
悩みがなくなり軽やかな気持ちで、飴玉を口に放り込む。
くぅぅー。コロコロと転がる甘さが、物件選びで疲れた頭と身体に染みていく。
家はまた今度。
ローンは今回は無し。
「ふふっ」
(アメちゃん美味しー。やっぱり。家も欲しい。欲しい)
「ん?」
(欲しいのー。お願い。お願い)
「ええー」
(一生のお願い)
目をぱちっと開けた。
仕方ないな。
すぅーと息を吸い込み決断する。
「僕、この家を買います!」
これで、冒険者達が夢見る一軒家を手に入れた。
なんだか達成感が込み上げてくる。
「お買い上げ、ありがとうございます」
「御主人様っ」
店員さんとライ姉が笑顔ではしゃぐと、その声で物件選びに飽きて居眠りしていたニトラが目を覚ました。
「うにゃ?」
弾む足取りで契約のために不動産屋に帰ってくると、なんだかお店の様子が変だ。お姉さんを見上げる。
「何かあったんでしょうか?」
「分かりません。貴族様がご来店する時はこんな感じで従業員総出で出迎えるんですが。・・でも、今日はそんな予定は聞いてませんし」
偉い人でも来るのだろうか?
もしかして子爵さま?
近づくと待機していた人達に注目されてひそひそ話をされた。待人じゃなくてごめんなさいと思ってたら、中の責任者と思われる男性がなぜか近付いてくるんだけど。
そして、予想外の事を言われた。
「お帰りなさいませ、エクス様」
「んん!?」
皆、僕を待ってたの?
ごめん、顔に見覚えも待たれる心当たりも無いんですが。
「私、支店長のビルです。どうぞよろしくお願いします」
「???」
しかも、全員がお辞儀してくる。
案内してくれてたお姉さんが動揺した声で、耳元で囁いてきた。
「エクスさんは、実は貴族様でしたか?」
「違います。それに僕も何が何だか分かりません」
教えて欲しいぐらいだ。
さらに追い打ちをかけるように眼の前に女性が2人寄ってきたかと思うと歓迎の花びらを撒いた。
何このサービス!
「ささっ、どうぞどうぞー」
「えええ???」
気付いたら、手を引っ張られて、ふかふかのソファーに座っていた。
とんでも無い物件を買わされるのか?
ドキドキ。
「それで、エクスさま。本日は何か気に入られた物件はありましたか?」
「えっと・・・」
「あのー、支店長。何か勘違いされているようなんですが、本日。エクスさんにご案内した物件はこちらになります」
お姉さんが渡したのは、訳あり物件とオンボロハウスのセット。リストを目にした支店長の顔がどんどんと青ざめていく。
ごめんなさい、貧乏で。
「も、申し訳ありません!エクス様。誤ってこのような貧民ハウスを紹介してしまった事を深くお詫びします」
「いえいえ!僕はその物件で構いません」
冷静になって!
その貧民ハウスですら、ローンが必要なのに。
「それは考え直してくださいっ!もっと貴方様に相応しい家があるはずです」
「えっと・・・つまり屋根の無い家ですか?」
支店長は首を傾げて、書類をパラパラと捲ると立派な物件を見せてきた。
「オープンデッキを御所望ですか?エクス様。それならここなんてどうですか」
「んんっ、無理です」
50枚?
僕が言ったのはスラム街の焼けた家。
伝わらなーい。
「では、ここは?」
「もっと無理」
また上がった!
僕が秒でお断りする度に、次々と紹介物件が高騰していく。
「うーん。さすがは大魔導師さまです。要求レベルがお高い。まだまだ物件はありますから、少しお待ちください。直ぐに次の候補を取ってきますっ!」
「えっと、だから・・・」
いや、どれも全然買えないんですけど。
次の物件リストを急いで取りに戻った支店長に声をかけ損ね、ずずっとジュースを啜った。
あっ・・美味しい。
早く誤解が解けるといいなぁ。
しかしながら、状況を勘違いしているのは支店長だけでは無かった。
エクス達もそう。
なぜ支店長がここまで過剰な出迎えをしたかというと、裏で糸を引く者がいたからだ。
支店長が必死になるほどのビッグな黒幕が。
任務に失敗した支店長は黒幕に次の指示を仰ぐべく自分の部屋へと走り込むと、そこでは無表情の黒服が待っていた。
「緊急報告です!」
無表情の男の持つ魔道具の水晶を覗き込む。
そこに映る通信相手の豪華な服を纏った少女へと汗をかきながら経過報告をしだした。
「申し訳ありません。こちらで用意した第一候補の物件には興味を示されませんでした」
「焦らなくていいのですわ。押し付けは絶対に駄目です。ご本人の希望をしっかりと探ってください。大魔導師さまから何かを欲しがるアクションを、ずっと待っていましたの」
少女の声が響く。
「はい。分かりました。それと気になったのが、神職人メダルをお持ちでした」
「すぐにそちらに向かいますわ!」
「はい、姫様。これは先を越されたやもしれません。巻き返しましょう」
ひりついた空気になり通信先からは慌ただしい様子が聞こえる。
「ヒエッ!まさか、こちらにお越しになる!??あわわわ」
この国に住むなら絶対に逆らってはいけない渋い老人の指示が響いた。
「姫様が到着するまで、エクスさまに決して失礼のないようにせよ。良いな」
「はいっこの命にかえましても!」