91 ニトラとライ姉6
僕たちは仲良く宿屋に帰ってきた。
それで今、同じ部屋にいる。
そうなってしまったのはあの後、暗闇にふらっと消えたニトラが猫耳をへんにょりと下げて、住処が奪われてたと告げたからだ。
「ねぐら、とられてた」
「えっ!家が盗られた!?そんなの許せない。今から領軍に相談に行こう、僕も付いて行くから」
僕はこの世界を甘く見ていたらしい。ニトラが首を振り、ライ姉に現実を教えられる。
「むり」
「なんで!?」
「御主人様、落ち着いてください。私達も空き家に不法滞在していただけなので、相談に行ったら私達の方が叱られます」
「そうか・・」
どうやら、この子達には家が無かったらしい。
想像力が足りてなかった。
孤児院に住んでるのかと浅く考えていた。
無関心だったか。でも、今の僕には嫌らしい話だけどお金がある。幽霊屋敷を売ったお金があるから、もう一部屋ぐらい借りるなんて余裕なのさ。
見るがいい僕の汚れたマネーパワーを!
「なら、僕が部屋を用意してあげるよ」
だけど。
それは予想に反して拒絶された。
「駄目です。そこまで頼るのは、さすがに出来ません!私達のために、余分な部屋を借りるなんて」
「またね。お兄さん」
「なんで!?」
彼女達は困ったように笑い、とぼとぼとスラム街へと消えて行く。このまま放っておいたら駄目だ!師匠に拾われたから今の僕があるんだから。
気づいたら、2人を引き止めていた。
「なら、僕の部屋においでよ」
言うしかなかった。
言わされたのかもしれないと、ライ姉によしよしと撫でられたニトラを見て何故かモヤモヤしながらそう思った。
そんな訳で。
2人が部屋にいる。
回想終わり。
他にどうすれば良かったのか分からないけど、子供とはいえ女の子を2人も連れ込むなんて遊び人にクラスチェンジしたのかも。なぜか分からないけど背徳的な気分。
ニトラがあくびをして目を擦りながらベッドの端の方で丸まった。すごく健全!
ふぅーっ。さっきの単なる思い過ごしだったかなと思った矢先。
ライ姉が薄着になり、ベッドの中に、もそもそと入り毛布を持ち上げて誘ってきた。
おおぅ。
「御主人様、早く入ってください。真ん中へどうぞ」
はいっ、不健全。
頭を抱える。
幼女ではなく、少女なのでアウトな気がするのは僕だけだろうか。どこで手に入れた知識なのか知らないけど耳年増なライ姉が背伸びしてきて困る。
「僕はソファーで寝るから」
「そんな。なら私がソファーで寝ます」
じっと見つめてくるその頑固な瞳に僕は負けた。負けましたよ。どこか暴走ぎみな彼女を説得するのはおそらく無理だろう。
「仕方ないな」
勝ったと笑うライ姉を他所に、手に取ったのは分厚い魔術書。
虚ろと取引した代償で今や初級魔法しか使えないけど、使い方は他にもある。
「御主人様?」
きょとんとしたライ姉には答えず、パラパラとページを捲り適当な所から朗読する。
「第2章8節。魔法とは何なのか?それ即ち異界の法則の適用である。魔素を消費し、理力のフィルターを通して確定された不条理な結果を呼び寄せる」
真剣な表情で聞き始めた。
僕も師匠にそうされたように、坦々と読み続ける。
「第2章9節。魔法は崇高なる力であり獣人には決して理解出来ない。無力な平民には初級魔法が限界だろう。誇りを持て、貴族の血を受け継ぐ選ばれし者よ。魔法とは我々の為にこそある。そして心せよ、大いなる力には大いなる責任が・・・・」
ビシバシと小難しい言い回しが、ライ姉の頭の中に満ちていく。キャパオーバーしだしたのか瞼がトロンとしてきた。
もうすぐか。
「第2章12節。我々は魔法使い。つまり世界の成り立ちを解き明かす者である。ゆえに安易に虚ろと取引し魔導師へ堕ちてはならない。なぜなら虚ろは異界の住人、つまり悪魔であり、彼らの考えは決して人には理解出来ないものだからだ。ギフテッドは危険である」
「私っ起きてます。むにゃむにゃ」
ライ姉が寝言を言い始めたので、そっと毛布をかけ直した。
「おやすみなさい」
軽やかに階段を降りて、今度こそマネーパワーを発揮しよう。昨夜はお楽しみでしたねなんて言わせないぞ。
「すいません。もう一部屋借りたいんですが」
何度もこの手は使えないので、明日は大きな部屋を借りに行く必要がありそうだ。
「エクスか。今週はなぜか満室でな。もう屋根裏部屋くらいしか空いてないんだ」
「お金払うのに?」
「あ?本当に満室なんだよ」
「・・そうだったんですか」
宿屋の親父が乱暴にテーブルに投げ出した鍵を拾い、屋根裏部屋を手に入れた!
「ハウスクリーン、ウィンド」
部屋に溜った埃という先客を追い出して、毛布を被って寝転び天窓から降る月の光を浴びる。
「懐かしいな、この部屋」
ちなみにあの本だけど、獣人は魔法の素質は無い代わりに身体能力が異常に優れている。とか、魔法の素質2がある貴族は平民より病気になりやすいとか、虚ろと取引出来るのは素質3のギフテッドだけとか、色々と大事なことが抜けている。
師匠曰く、人族の貴族の老人が、嫉妬と偏見に満ちた目で書いた一冊らしい。
権威ある魔術書も、難しい言葉を剥いだらそんなものだよなんて言われたっけ。
冷たく新鮮な外気に、草の匂いとマナを感じる。すぅーと吸い込むと心にエネルギーが満ちた。
さて、明日からは新生活か。
早く寝ないと。
すやぁ。







