9 リィナのお店1
ショッピング街に到着して、店の商品を見て回ってるのだけど、見慣れない物ばかりだったせいか頭がくらくらしてきた。
僕の知らない間にどうやら世界はだいぶ進歩していたようだ。
そんな訳で、さっきは買いまくってやるとか意気込んでここにきたのにまだ何も買えていなかったりする。
むしろ多すぎる情報に少し酔ってしまった。
休みたい。
癒やしを、癒やしをください。
ふらふらしながら歩いていると、そいつは、そんな疲弊した精神にするりとまるで悪魔の誘惑のように忍び寄ってきた。
ごくりっ。
思わず喉がなる。そいつが発する抗い難い魔力に目が吸い寄せられていく。
レジスト失敗。
看板には『これは、まるで極上のおっぱい』という文章が踊る。
普段なら近づかない。
恥ずかしいから。
変態認定されたくないし。
でも疲れていたから仕方なかったんだと言い訳させて欲しい。
気付いたら、本能のまま掴んでいた。
揉みしだいていた。
ぐにゅんと返ってくる感触が堪らなく気持ちいい。
「うへあ。天国かよ」
顔をダイブさせる。
ふわふわに包まれる幸せ。
うおおおおっなんてサイコーなんだ。
君をお持ち帰りしたい。
今夜は離さないよ。
「あら、エクス君?あっ、やっぱりエクス君じゃないか!」
悪魔の誘惑に負けて軽くトリップしていたら知り合いのおばちゃんの声に現実に引き戻された。
み、見られた。
違うんです。気の迷いだったんです。
ニマニマと笑ってるおばちゃんと目が合う。めっちゃ恥ずかしい。
「こ、これは。手が滑っただけだから」
「良いんだよ隠さなくても。エクス君も男の子なんだね。ウチの娘なんかどうだい?おばちゃんに似て巨乳になるよ。エクス君になら喜んで任せられるんだけどな〜。ところで、新商品のスライム極上まくらを気に入ってくれたようで仕入れたかいがあったわ」
なんでこんな刺激的なポップを入れてるんだよ、この店は! と、ニマニマと笑う雑貨屋のおばちゃんに目で抗議する。
「勘違いしないでください。さっきのは品質のチェックをしてただけです。手が少し汚れていたようなので、仕方ないからこの枕は買い取りします」
「うふふ。それはサンプルだから売れないよ。なんなら、おばちゃんのも品質チェックするかい?エクス君ならサービスしちゃう」
豊かな胸を揉み揉みしながらアピールされた。この人妻は、ちょっとぽっちゃりしてるけど元は美人だからたちが悪い。お願いしたら、本当に触らせてくれそうな所もたちが悪い。
「遠慮しますっ」
「あらあら可愛いわね。そうだ!エクス君。ウチのお風呂をまた使えるようにしておくれよ〜。エクス君に指名依頼出しても全然受け付けてくれなくて困ってたのよ。貴族ばかり優先してずるい。お願い、ねっねっ」
この人は厚かましいけど、偉い人達みたいに無茶苦茶は言わないから依頼を聞いてあげてもいいかな。
冒険者時代を振り返れば、だんだんと権力を持った無茶苦茶な要求をしてくる人達のせいで、まともな人の依頼を受ける時間がだんだんとなくなっていったんだよな。
「はあ〜っ、分かりました」
「さすがっエクス君。ありがとう。後で指名依頼の達成書類をギルドに出しておくね」
その時。良く分からない痛みが走った。
これは心が泣いているのか?
やっぱり、情に絆されて了解してしまったけど、仕事はしたくないな。
ウキウキしているおばちゃんを見ると、キリキリと胃が痛む。
ごめんなさい。
でも心を鬼にして勇気を出して言うんだ。
「ご、ごめんなさい。やっぱり出来ません。僕はもう冒険者を辞めたので」
ふうっ。言ってやった!
超スッキリ〜
心が労働という檻から脱獄して、痛みが癒えていくのが分かる。
めっちゃ気持ちええ。
おばちゃんには悪いけど、僕は働かないと決めたんだ。
ごめんね。