89 ニトラとライ姉4
子爵家では、酒宴が終わり、和やかなムードで始まった交渉は執事の思惑と異なり難航していた。
子爵が要望した魔道具に対するアミンが提示した魔石の要求量があまりに高額だったためだ。
「高い。女王よ、それはあまりにボッタクリだ!」
唾を飛ばして激昂する子爵に、アミンは面倒くさそうな顔をした。
「もっと少なくすることは難しいのでしょうか?」
イエスマンが子爵の言葉を訳すと、アミンは首を振り重たい口を開いた。
「先ほど要望された魔道具は作れるが、1日あたり中型魔石が1個。一冬で120といったところじゃな。さっきも言った通り、これ以上は減らせん」
イエスマンは沈痛な顔をしたが、子爵は諦めない。
「何故だ!私が画期的なアイデアを提供したというのに。何故、そんなにぼったくるんだ?よく考えてくれ。これは私たちの共同開発ですよ。我が国の上部へドワーフの技術力を喧伝するチャンス!貴女にとっても十分なメリットがあるはずだ」
「アイデア、アイデアのう。・・・・ファイヤーにウィンドをくっつけるじゃったか?馬鹿馬鹿しいっ。そんなの思っても誰も実行せんわ」
女王は、エクスの作った魔道具のようなモノを見ながら、呆れの言葉を吐いた。
その言葉は、愚鈍なる子爵に向けたものか、イカれた初級魔法に向けたものなのかは分からない。
「そうだ。誰もが実行しないからこそ、発明といえる。実際、その私が考案した誰も作らなかった涼しき棒は、姫様から高い評価を受けている。だから、もっと安くしてくれ。目標は150、最低でも30は国に納めると確約しているのだ」
「ちょっと待て、ちょっと待つのじゃ」
慌てるアミンに子爵様は、いつもの決め顔をした。
「そうだ!いい事を考えた。大量発注なら開発費をペイできるから、きっと安くなるはず。ならば、1個目のレンタル料は魔石120を払ってやろう。だが2個目からのレンタル料は魔石1。これでどうだ?」
「待てというに!妾は、まだレンタル料の話などしておらん」
イエスマンがやはりという顔をして、何も分かっていない子爵様がきょろきょろと困惑の表情でアミンとイエスマンを交互に見る。
子爵さまは、口を固く閉ざしたアミンからの説明を諦めて怒ってイエスマンに詰め寄る。
「イエスマン、どういうことか説明せよ」
「はい。先ほど女王がおっしゃられた魔石は、レンタル料金ではなく燃料ということですね?」
問われたアミンはもごもごと口を開く。
「うむ。言いにくいのじゃが・・・1個あたりのな。もし魔道具を30作るなら中型魔石3600になるのう」
「さっさんぜんっろっぴゃく!」
「その通りであります子爵様」
「良かったのじゃ、話がようやく嚙み合ったみたいじゃのう」
「欠陥魔導士なら、燃料費など全くいらんというのにっ!」
「それは、エクス先生が規格外だったからじゃ」
子爵が焦った表情ですがりつく。
「そうだ!女王。では、女王からエクスめに作らせては戴けませんか。それがいい!それなら、燃料費もいらないしwin-winだ」
「嫌じゃ。それにエクス先生に手を出すようなら戦争じゃからな」
バッサリお断りされて、道が途絶えた。
出口を失った怒りは自分を激しく攻撃し子爵は胸を抑えて顔を紫色に染めた。
「ぬっぬぅぅぅぅぅ。ふぐっ。く、苦しい。姫様と約束しているのに」
「子爵さま!お気を確かにッ。アミン女王陛下、申し訳ございませんが主は体調不良により失礼させて頂きます」
「う、うむ。気を付けるのじゃぞ」
☆☆☆☆
その頃、エクス。
幸せそうに寝ていた。
揺れるベッド。
きゃっきゃっと楽し気にはしゃぐ少女達の声で目が覚めた。
どうやら僕は少し眠っていたらしい。
やっばい。領軍の皆様をお待たせしたかも・・・どうしよう。
「うにゃにゃにゃ、やめて。ライ姉くすぐったい」
「ニトラ。じっとしてください」
揺れが大きくなり、少女特有の甘い匂いが肺に満ちる。
ぐぐぐーっと背伸びをして心地良い微睡みからどうにか逃げ切ると、僕のベッドの端に座ってじゃれているニトラとライ姉と目が合った。
「たすけて、お兄さん」
「おはようございます。御主人様」
僕は目を擦った。
2人の様子に見間違いかもと思ったけど、見間違いではないようだ。
眉尻を下げて助けを求めてくるニトラに促されて、恐る恐る虐めっ子に質問をする。
「おはよう。えっと…ライ姉。何してるの?」
起き抜けのせいかぼんやりとした頭は回転しない。
「御主人様のために育てています」
「うにゃーーーー」
そうか。
・・・僕のために。
もにゅんと、ライ姉の指が張りのある肉塊へと気持ちよさそうに沈み込んだ。
状況を説明すると、真顔のライ姉は、くすぐったそうに悶えるニトラの胸を揉んでいた。
何故?それが僕のためになるのだろうか。
うん。さっぱり子供の考えることは意味が分からないや。
「せめて自分のにしなよ」
それが大人の僕に言える精いっぱい。
でも、どうやらそれは失言だったらしく、悲しそうな顔をさせてしまった。
「私は成長期を過ぎてしまったので」
いやいやいや、あるよ!ルカや師匠よりは。
思わず、ごほんっと咳払い。
「僕はそんな事で好き嫌いを判断しないから。とにかくニトラを虐めるのは禁止」
ニトラが、信じてましたぁと嬉しそうに笑う。
それに、僕の初恋の人は完璧で絶壁な師匠だぞ。
あー、そういえばいつの間にか忘れてたけど、この街に来た理由を思い出した。
師匠に認められる大人になりたくて家出した頃の、甘酸っぱい思い出が胸に去来した。
それに、今では、ルカも、その・・・好きだし。
本人にはとても言えないけど、もしかしたら僕は貧乳好きなのかもしれない。
だから、ね?
でもライ姉は、困惑する僕とニトラを無視してニトラから指を離さない。
何故だろうか?ライ姉の疑わしそうなじとっとした視線の先を追いかけると僕の極上スライム枕が揺れていた。
「では、なぜ御主人様はその枕をお揉みになってるのですか?」
「うっ」
虚ろめー。
どうやらスライム枕を揺らしている犯人は、どうも僕の無意識なる手のようだ。そしてそれをライ姉が真似っこしたらしい。
この事件の全貌がようやく見えてきたぞ!
謎解きをしてみせよう。
スライム枕を掴んだ我が右手よ、心のままに動け!
強く揉むっ。
「うにゃっ、お兄さんの事しんじてたのに」
証明完了!僕の推理はピタリと当たり、僕の動きに連動してライ姉がニトラを弄んだ。
つまり、悪いの僕じゃん!
涙目で睨んでくるニトラに心の中で謝る。
後で、串焼きを奢ってあげるから。
割と最低な解決方法かも。
「ともかく、そういうのは駄目。ライ姉、ニトラを解放するんだ」
「はーい」
「ふしゃーっ!」
毛を逆立てたニトラがダッシュで部屋の外へ逃げた。
僕はライ姉を見る。
「ちゃんと謝って仲直りするんだよ」
「はい」
「いい子だ。僕も謝るから串焼きを食べに行こうか!」
「はいっ」
新しい生活の始まりだ。