88 敗走のゾンビーズ6
帰ってきたよ。
愛しのマイルーム。
すると隠れていたニトラがひょっこり顔を出して耳元で囁いてきた。
「お兄さん、窓から逃げるならいいルートがある」
「悪い子め。でも大丈夫だよ」
くしゃくしゃっと頭を撫でるとゴロゴロと喉を鳴らした。
それに、どんなルートかはあまり聞きたくない。
だって、獣人の運動能力はオカシイので簡単でしょとレクチャーされても人間には真似できないから。
ましてや鈍くさい僕には絶対に無理。
「御主人様、これを」
「ありがとう」
心配そうなライ姉から貰った冷たいタオルで患部を冷やす。
あー痛気持ちいい。熱が引いていく。
それよりも。
ベッドにあったスライム枕を少しだけ触ってみる。
虚ろと約束したから守らないと。
あぁ・・・柔らかい。
ね、眠い。強烈な暗闇の波が襲いかかり瞼が落ちてきた。
ちょっと、帰るなり寝るとか駄目だろ。
でも極上なる誘惑に負けてしまった僕は、気付けば夢の世界へと飛び立っていた。
すやぁ。
それから、1時間。
「副隊長、まだ出てきませんね」
「あぁ」
部屋の外では領軍の3人組がなぜかまだじっと直立不動で待っていた。
3人とも暗く、特に首を絞めて脅してしまった部下の表情は死にそうだ。
「まだ出てこられないという事は、相当怒っておられるのでしょうか?」
「分からん。しかし誠意を見せねば」
「そろそろノックしますか?」
「うむ。仕方ないか、覚悟を決めるぞ」
コンコンと静かにドアを叩く副隊長の額から汗が流れた。
顔を出したライ姉に小声で聞く。
「エクス先生は?」
「おやすみになられています」
恐る恐る尋ねる。
「いつ頃起きられる見込みだ?」
「3日後ですか?」
可愛く首を捻るライ姉に副隊長はため息をついた。
「さすがは、働きたくない」
「御主人様は頑張っておられますので!」
妄信するライ姉がそう言うと領軍たちは信じてしまった。
「あっ、いや。失言だった。働きすぎだったのか。起きたら謝罪させてほしいと伝えて貰えないか」
「はい。分かりました」
領軍はびしっと敬礼。
これ以上の失態は犯せなかった。
最初に失敗した男の事を覚えているだろうか。
仇名は、おしっこマン。なぜかいつも人を怒らせてしまう間の悪い男。
「なぜいつも俺は間違えるんだろうな・・・」
ちょっとした表現のミスにより不名誉な仇名をつけられ罪に問われた男は、子爵家の宴会場の下にある地下牢にまだいた。
しかも同じ牢屋では、ゾンビーズのバッツとエルフマンが陰鬱な表情で愚痴を言い続けている。
「バッツ、私達はいったいいつになったらここから出られるのでしょうか?」
「そんなの知らねーよ、エルフマン。くっそ忌々しいぜ。英雄の俺らがなんでこんな目に」
やつらがいなければ、こんなこんな不名誉な仇名を付けられる事はなかった。
狭い部屋での共同生活というストレスから、ふとそんな事を考えてしまい睨んでいたのだろう。
それに気づいたバッツが不満げに絡んでくる。
「おいっ何だあ?その目は。変態のくせに喧嘩売ってるのか?」
「別に売ってなどいない。関わらないでくれ」
ここでも人の神経を逆なでるなんて。俺もお前も同じ犯罪者。なのに、にやりと笑ってさらに絡んできた。
びびって逃げたとでも思われたのだろうか。
俺はコミュニケーションは苦手だが、対人訓練の成績は悪くない。無手の対人戦ならそこそこ戦えるのに。
「ああ?聞こえねーよ。てめぇ、俺を舐めてんのか?」
「舐めてなど・・・」
ゾンビーズは牢屋の中で暴れてさらに罪が重くなったらとか考えないのか。
魔法使いよ、バッツの暴走を止めてくれ!そんな想いは虚しくエルフマンまで参戦してきた。
「バッツ!きっと奴はまた卑猥な音を聞いているに違いありません」
「違う!あの件は誤解だ」
くっ。忘れたかったのに。
「ぎゃはは。エルフマン冴えてるな。ちょっと耳を塞いでもらえますかーおしっこマンさーん」
「その通りですよバッツ」
「だから、違うんだ!」
2対1。
ついてない。ついてなさすぎる。
「おっ、そうだ。この性犯罪者を俺らで懲らしめてやらねーとな」
「全くです。一人だけいい思いをして」
「なっ何を。そもそもお前らが誘拐しようとしなければこんな事には」
正論で返すと2人の怒りに油を注いでしまったのか、顔が真っ赤になった。
またこれだ。今のはもう少し上手い言い方はなかったのか?全く俺は人を怒らせる天才らしい。
「はぁ?お前がしゃしゃり出てこなけりゃ、今頃は俺はちょっとした金を手に入れてたんだ」
「そうです。私はお嫁さんを手に入れてましたし」
「そうかよ、くそが。この犯罪者どもめ」
やってやろーじゃねえか。
「はぁぁん?いつまでも領軍面してんじゃねーぞ。このおしっこマンが!」
ぐっ。
バッツがばさっと投げつけてきた上着を撥ね退けると
ヤツの大振りの右ストレートが死角から現れた。綺麗に顔面に不意打ちのワンパン食らってしまい、意識が遠の・・・かんぞ。
「あれ?・・軽い」
たいして痛くないぞ?こいつのパンチ。
「変態のくせに舐めんじゃねーぞ!」
さらに弱そうなアッパーカットを放ってきたため、もしやと思い腹筋を全力で固めたらなんと弾き返せた。
「ふんっ。やはり、痛くない」
「んぐううう」
しかもバッツの野郎は殴ってきたくせに、自分の手首を壊したらしく痛そうに悶絶しやがった。
もしかしてこいつは、ハッタリ冒険者なのか。
思わず笑ってしまう。
「弱い、弱すぎる。いいか。本物の打撃とは、こうやるものだ!」
手首を押さえてうずくまるバッツの顎先が良い位置にあったので、掠めるように蹴りぬいて脳を揺らしてやると膝から力が抜けたのか崩れるように沈みこんだ。
手より足の筋肉の方が大きいのは常識なのに。
完全に動かなくなったバッツに注意を払う。彼らの、何度でも立ち上がる不死身伝説の噂を聞いた事があるからだ。
「どうなってるんだ?噂と違って弱すぎる。不死身というのもデマか」
「ひいっ」
残ったバッツの相棒であるエルフマンを見たら、なんと悲鳴をあげた。
「なぜ?ビビる?・・・仮にもお前らは英雄と呼ばれた冒険者だろ?」
「わ、私は頭脳労働なので。それに、なぜか今月だけ調子が悪いんですっ!今まではこんな事は無かったのに」
支離滅裂な言い訳を言うエルフマンは両手を挙げて後ずさった。
こいつ、馬鹿なのか?ぶるぶると首を振るように後ずさるが、こんな狭い牢屋だから・・・・ほら直ぐに壁だ。
ガンッという音が響いて、背中を阻まれて驚いた顔をした。
仮にも頭脳労働者と名乗ったくせに、何なのだ?
「笑えぬ冗談はよせ、急に弱くなる事などありえんよ」
「本当なんだ。見逃してください。おしっこマン様。私こそは貴方の理解者です」
はあああああああああんんん!!!
ぶちっ。
血管が切れる音がした。今、なんて言った?俺の名前はおしっこマンでは無いが。
「そ・れ・は、どういう意味だ?」
答えがなんであろうと殴る。
どうせ犯罪者になってしまったのだから答えを誤ったら殺してくれる。
結果のあまり変わらない答えを待っていると、エルフマンの野郎からじょぼぼという忌々しい音がした。
遅れてツーンとくる刺激臭に鼻をしかめた。
こんなヤツ殺す価値もない。
「ひいっ。見逃してください。わ、私達は同志です。いやー私も少女の水音を聞きたかったなー。がふっ」
もう黙れ。なぜ俺は質問などという愚かな選択をしたのだろうか。怒りをエネルギーに変換したキックは、お漏らし野郎を静かにした。
起きたら、こいつに呪いの名前を引き継がせてやろーか。
こいつが二世で俺が初代。
い、嫌だ。
こんなのが仲間とか思われたら悲しすぎる。
しばらくして現れたメイドが、刺激臭に嫌な顔すると食事を置いて逃げるように消えていった。
「くそっ。とりあえず、上は宴会のようだから俺もやけ食いしてやる」
3人分、食ってやる。







