86 人形使いルカ9
何だかとても刺激的な日々だった。
耳にはまだ音楽が残っている。
アミン女王には色々と貰ってしまった。音楽にお金。頂戴した素敵な新居と肩書きを使う予定は今のところは無さそうだけど。
それよりもまずはスライム枕だよな。くま吉との会話に適当に相槌を打ちつつそんな事を考えて歩いていると、あっという間にルカの工房が見えてきた。
「楽しかったね、ルカ」
「・・・」
何だかルカもうわの空だった。
顔を覗き込む。
「ルカ?」
「う、うん。聞いてる。えっと」
絶対聞いて無いやつだ。
「着いたよ」
繋いでいた手を離して指を指すと、少し驚いた顔をした。
エクスが考え事をしているように、ルカも考え事をしていた。ルカへと視点を移してみよう。
あわわっ。
もう着いてた?
「あのっ。エクス、あ、ありがとう」
「礼を言うのは僕の方だけど?」
ようやくお礼が言えた。
実は少し焦ってる。
エクスは意外にもモテるみたいだから。
私にはエクスしかいないのに。
なんとか話を繋がないと。
「楽しかったね」
「うん。僕もルカと同じ気持ちだよ。誘ってくれてありがとう」
ニカッと笑う少年の笑顔にあてられて顔が熱くなる。思わず俯いた。
恥ずかしくて見れないよぅ。
この数日、一緒にいたから余計に思う。
離れたくないって。
やっぱり、決めたっ。
私、言うんだ!
「あ、あの・・・」
消え入りそうな声を絞り出した。
実際、消えていたかも。
そんな声。
バクバクと自分の心臓の音が煩い。
帰り道、ずっと考えていた。
このまま時間が止まればいいのにって。
どれくらいの時間が経っただろうか。実際の時間にしては少しだと思う。
でもドクンドクンと鳴る心臓の音だけの世界で覚悟を決めるには時間が必要だった。
息を吸う。
恋愛の女神フィーネ、勇気をください。きっと、このタイミングじゃなきゃ駄目だから。
想いを言葉に変える。
「私はエクスが好き。大好き。誰にも渡したくない。だから、エクスさえ良ければだけど付き合ってください」
言えた!
勇気を振り絞って声を出せた。
全てを賭けた。期待と恐怖が混ざる甘くて切ない時間が訪れる。
私をオールインしたルーレットは激しく回り始めて、絶望と希望がぐるぐると目まぐるしく変わっていく。
同じ気持ちだよね?
俯いたまま少年のような青年の答えをじっと待つ。
じっと。
じっと。
・・・・。
ちゃんと、聞こえてたよね?
だけど答えはついに返って来なかった。重かったかな?
甘さは次第に絶望へと変わり、鮮やかだった世界から色が奪われていく。
ねぇ。はっきりと、断らないのは貴方なりの優しさ?
泣きそうだ。
「エクス、もしかして困らせちゃった?ごめんなさい」
泣きそうな笑顔で、顔を上げるとそこには誰もいなかった。
!?
「なんで?」
「・・・主。相棒は用事でもあるのか随分前に走って帰っちまったぜ」
「はあっ!?」
クレイジーベアーがぼふっと頭を撫でてきた。
ふるふると震える。
「エクスのバカーーーー」
怒り。
そして安堵。
遅れて羞恥心。
「今のは忘れなさい。クレイジーベアー」
「へいへい。それにしてもよ、相棒はあんなに急いで何処にいったんでい」
「知らないっ」
誰もいない静かな家に帰って来た。
マザーラビット達は、馬車で遅れて帰ってくるからこの広い家にクレイジーベアーと二人っきり。
「相棒、追われてるのに自分の立場を分かってるのかな?」
「少し反省すればいいのよ」
捕まってしまえばいい。そう思った。そうすれば私が助けて感謝されるから。
……私、悪い子になっちゃったな…。







