80 テント生活7
ウサギちゃんが、くま吉とルカを連行して別室に移動した。
僕はルカの減刑を求めて付き添う。
ぽつーんとアミンは1人蚊帳の外。
「内輪もめか?妾を置いてなんなのじゃ?」
それを横目で見送ったウラカルは悩んでいた様子だったが覚悟を決めたようで配下に合図を送った。
犯罪組織スラム帝国のメンバーに小さな緊張が奔るが、誰も気づかない。
ウラカルは、1人取り残されてきょろきょろしているアミンに笑顔を見せて近付いた。
「失礼。ショーを始めさせて貰ってもいいか?」
「ひいっ。よ、良いぞ」
ウラカルの下手くそな笑顔にアミンがビビリながら頷くと、ウラカルは自然な流れで身体に仕込んであったナイフを抜き、アミンの細い首筋に押し当てた!
突然の凶行に、アミンと船員達が何かの演目なのか本気の犯行なのか量りかねていると、ウラカルは高らかに本気であると告げる。
「くくく。ヌルい警備だな。イッツ、ショータイム!」
「な、なんじゃとっ!?」
「「無礼者っ、女王を離せ!」」
得体の知れないウサギ様を出し抜くには、このタイミングで仕掛けるしかないとウラカルは博打を打ったのだ。
「黙れっ!全員じっとしな。子供を殺る趣味はねぇんだ」
緊迫した空気が流れる。
完成した静寂に満足げに目を細めるとウラカルは芝居がかった声で犯行声明を上げた。
「さあて、お立会の皆様方!これより、スラム帝国がお送りするショーはエクス誘拐劇っ。大変危険なのでお静かにお願いします」
そんな狂った犯人を刺激しないよう人質アミンは、隙を作るために話しかけた。
「ナイフなんて、いったいどこから出したんじゃ?」
が、これを無視。
ウラカルは自分の弱さを自覚している。だから身体にナイフを仕込むし、反撃の糸口も与えない。
「黙れ。殺したくねえんだ。分かるだろ?レン、うまくエクスだけを呼んでこい。ハゲは馬車を押さえとけ」
「「はい、ボス」」
部下の足音が遠ざかる中、視線で周りの船員達を動かないよう脅しつつエクスを待つ。
じれってえ。
しくじると死ぬかもしれない。
レン。早く連れて来いッ。
少しすると、危機感ゼロの少年がレンにまんまと騙されて顔を出した。良くやったレン!とニンマリ笑う。
「あのーアミン様、何の御用ですか?」
ぎょっとするエクスに、ゆっくりと声をかける。
「いよう、エクス少年」
徐々にエクスの顔色が変わっていく。
動揺と疑問から、怒りへ。
そして遅れて恐怖。案内してきたレンがエクスの首元にナイフを当てたからだ。
さてと、じっくりと交渉をしようかと思ったその矢先。
空気を読まないアミンの鼻がむずむずしだした。
「へくちっ」
エクスの表情が変わる。人質の身じろぎに激昂したらしく、反射的に駆けだそうとした!
不味いッ。
死ぬ気なのか、コイツ。
「アミン様を放せっ!」
「う、動かないで」
レンが必死になり、なんとか抑え込んだ。
ふー。
首元にナイフが食い込み血が滲んだだけですんだか。レンに抱きしめられて、エクスの動きが止まったようだ。
なんつー覚悟だ。
危ねえええ、非力なレンよりエクスが非力だったお陰で首元をナイフでバッサリいかずに済んで、少年も俺の計画も命拾いってか。
くああー、エクス少年ヤバすぎないか。こんな狂犬と交渉なんて出来んのかよ。
「クールになれよ少年。俺の要求は、お前をとある方に会わせたい。それだけだ。素直に付いて来てくれれば誰も不幸にならねえ」
どうだ?
頼む、頼むよおおお。
要求を聞いてくれ。
「分かりました。その人に会いますので・・・アミン様は放してください」
良ぉぉっし!思わず笑顔になっちまった。どうなるかと思ったが聞き分けは吃驚するほど良いらしい。
行き先すら聞かずに即決なんて格好良いじゃねえか!
余裕を見せたい所だったが嬉しさのあまり食い気味に返事をしていた。
「ああ!約束する。安全が確保出来たらすぐに放してやるよッ」
計画は拍子抜けするぐらい順調だった。
だがよ、こんな時はたいてい何かある。
口を挟んできたのは、人質幼女。
「待て、貴様がエクス先生を連れて行く理由は何じゃ?」
あぁん?この忙しい時に。
一瞬、黙らそうかとも思ったが、こいつには知る権利くらいあるだろう。
それに変な抵抗しねえように同情を誘う意味でも内情を暴露した方がいいか。
「金だ。五体満足で連れていけば金貨一枚貰える。これだけあれば仲間の誰も死なずに冬が越せる」
人質幼女が虫を見るような目をしたかと思うと、何かを投げた。
「ならば、妾が雇おう」
「は?」
キラキラと輝く金色の光が地面へと落ちて転がる。まさか金貨なのか?心がざわめく。
「レン確認しろ」
どうなんだ?
じっとレンを見守る。
爽やかな笑顔で嬉しそうに答えた。
「ボス、本物の金貨ですよ!しかも2枚」
ははっ、ヤベえ。
エクスは幸運の神様だ。
しけたイゼルとは大違いだ。
完敗だぜ。
ウラカルはナイフを仕舞い、アミンに跪いた。
「先程は失礼しました。女王陛下。今から貴女がマスターだ」
スラム帝国の企てたエクス誘拐劇は意外な終わり方で決着した。
「ふむ。物分りの良い者は好きじゃぞ」
ニッコリ笑う幼女。
緊張の糸が切れ、ドタドタと船員達が動き出し恐怖で凍りついた時間が溶けていく。
「「エクスくん、大丈夫?」」
「あっはい。僕は平気です」
ただし、ドワーフの女達が心配して群がったのは、女王では無くエクス少年のようだ。
「本当に?お姉さん心配だよ。痛いの痛いの飛んでいけー。ヒール」
「エクスくん、格好良かった。私の時も助けてくれる?」
「無茶しないでくださいっエクス先生」
「はい。すみません」
アミンの口が尖る。
「妾が・・・女王なのに」
ウラカルは、何か言いかけたが口を閉じた。沈黙は金である。