73 没落の足音(子爵7)
アミン様は、僕の案内で恐る恐る足をハリボテ城へ踏み入れた。きょろきょろして少し可愛い。
「僕たちの城へようこそ」
「中はがらんどうなのじゃ!?」
僕は肩をすくめた。
「まぁ、見ての通り使い道は無いんだけど」
「何を言うとる。何にでも使えるぞ。例えば、明日以降の催し物は、こちらで演りたいのう」
「自由に使われて良いですけど、こんなに広いのに観客はまた3人ですか?」
怪訝に問うと、ふふんと笑われた。
「贅沢じゃろ」
「確かに」
女王っぽいアイデアだ。
続きましてゴーストハウスへとご案内。
アミン様と船員さん達が、びくびくしながらついてくる。扉を開けてエスコート。
「皆様どうぞお入りください。部屋はまだ空いてますので、良ければアミンさま達も泊まっていってください」
「これを、たった1日で!?しかも、やたらと明るいし足元がポカポカなのじゃ。」
「ご厄介になります。・・本当ですね。我々の知ってる魔道具を超えてます」
一緒に入った船員さん達が、永遠光と床暖熱球を見るとギラギラした目になり、そわそわしだした。
「どうぞ、船員さん方もご自由にお寛ぎください」
「「ありがとうございます!」」
僕の許可で、スタートを切って魔道具めがけて駆け出した船員さんたちに、アミン様がため息をついた。
「すまんのじゃ。彼女たちもドワーフの血が騒ぐのじゃろう」
「いえ、良いですよ」
ほんわかと答えると、隣りの部屋から歓声があがった。
「きゃーっ!」
えっ?声のした方向へ慌てて駆けつけると、船員さんが興奮してる。
・・・おかしいな、特に騒ぐような異常は何も見つからないんだけど。アミン様が口を開いた。
「何事じゃ?」
「女王っ見てください。これどこにも魔石が無いんですよ!凄すぎます」
おおう。指さす方向には、ただの水瓶。
その水瓶は、子供でも使えるウォーターボール(初級魔法)してるだけなので、そんなに絶賛されると恥ずかしいのですが。
「なんじゃと?馬鹿を言うでない。妾が調べようぞ。むううう。確かに何処にも無い、無いぞよ!」
ぬあっ、言い出しづらい空気を作ってくる。
御者さんのようなオーバーな反応に照れてしまう。
あっ!
「どうしたんでい、相棒?」
「御者さん忘れてた。昼に帰りますって言って待ってて貰ったのに」
もう夜だし。
しかも連絡せずに帰ってるし。
「そいつはぁ、盲点だった。仕方ねぇ、女王さんの部下に連絡に行って貰おうぜい」
「そうだね」
息つく暇もなく、別の部屋から矯声が上がった。
「これ、しゅごいいいいい」
あの声の方向は、氷室?それともお風呂?なんちゃって魔道具シリーズなのは間違いないだろう。
なぜか自慢げなルカの肩で、くま吉が肩を竦め、両手を広げてやれやれのポーズをしてきた。
「相棒、どうやら今夜は賑やかな夜になりそうだぜ」
「・・そうだね」
賑やかな夜といえば、王候貴族のためにある言葉だろう。
離れた場所の大きな部屋。磨かれたフロアには、無数の星が煌めいていた。
まるで夜空の星のように煌めく光の正体を探るべく天井へと視線を向ければ、遥か頭上ではシャンデリアの光石が燃えている。
そんな華やかな夜会で、一匹の豚がうろうろと彷徨っていた。豚の名は、ラードリッヒ子爵!
「ラードリッヒ子爵!約束の魔道具はいったいいつ貰えるんだ?」
「も、もう少し待ってくれ」
上級貴族の目に失望が浮かぶ。
「私は、納入予定の日時を尋ねたのですよ」
「ぐっ努力はしているが、予定は未定なのだ」
話は終わりだと、ため息をつく上級貴族。
「はぁ。もう結構。貴方との関係は終わりです。寒くなってきたのに、今さら涼しい棒が届いても遅いのですよ。姫様とのお揃いを楽しみにしていた娘に合わせる顔がありませんなあ」
「うぐっ」
その様子を見たご令嬢達は、ひそひそと会話をした。
「ねぇねぇ。ラードリッヒ子爵家は、お抱えの魔道具師に逃げられて、ついに家の灯りまで消えたそうですわよ」
「まぁ!怖い怖い」
あちこちに魔道具を譲渡する約束をしていたラードリッヒ子爵は、約束を破ったためハブられていた。
「欠陥魔導師めぇ、裏切りおって」
子爵さまは、過剰なる期待を裏切った(お断りされたともいう)エクスを逆恨みし、ぶつぶつと呟く。
そんな愚鈍なる子爵さまだが、ご令嬢達の方から自分の名前が聴こえて都合のいい耳をぴくりと動かした。
「ん?今、私の名前が聞こえたような」
ぶひひと笑い鼻の下を伸ばして、ご令嬢の会話に耳を澄ませる。
「そうだわ、ご存知かしら。ラードリッヒ子爵といえば幼女ハニトラ事件!」
「何それ、怖いわー、あのオーク怖いわー」
うっかり陰口を聞いてしまった子爵さまは、恥辱にまみれた顔になり、夜会の途中で裏口から姿を消した。
冷たい夜風が吹く中、馬車で逃げ帰る。
「帰るぞ、イエスマン。早く馬車を用意せよ」
「手配しております。子爵さま」
馬車の中で黙りこくっていた子爵さまだが、屋敷に帰ると怒りが爆発し、イエスマンに当たり散らす。
「イエスマン!まだ欠陥魔導師が見つからんとはどういう事だっ。おかげで今夜は生き恥を晒したぞ!」
「全く嘆かわしいでありますな。リョグもイゼルも苦戦しているようで、いまだ行方は掴めておりません」
エクスの温もりの消えた屋敷で、だんだんと床を踏みつける。
「ぬぐぐ。今日の夜会で渡す予定だったのに、あの無能どもめ。いったい何をしているっ!!」
「確認させます。子爵さま」
子爵さまの手がわなわなと震えてサーベルが鞘の中で暴れてカチャカチャと音を立てた。
「分かっておるのか。あの欠陥魔導師に魔道具を作らせないと、このままではお家取り潰しもありえるんだぞ。私とした事が、いい考えが浮かばぬぅぅぅ。うぐっ苦しい」
「し、子爵さま!?お気を確かに。おいっ医者を呼ぶのです!」
興奮しすぎて心臓を押さえて蹲った子爵さまをイエスマンは慌てて介抱し、緊急ベルを鳴らした。