70 テント生活3
遡る事、少し。
追手がかかってるなんて知らないエクスは
暢気に朝日を浴びて背伸びをした。
「んんー。気持ちいい」
窓を開けると、牧草の爽やかな匂いに満たされてキリリとした気分になる。
氷室に飲み物を取りに、階段を降りると興奮した御者さんが声をかけてきた。
「エクスさん!!シャワーに氷室に水瓶に床暖房、ここはまるで神々の楽園みたいです。祭りなんかより断然良いですよ!今日は1日。家にいませんか?」
「いや、それはちょっと困ります」
昨夜ゴーストハウスの使用人部屋に泊まらせてあげたら、感激したみたい。でも、僕にとってはこれがありきたりな日常なので。。
あの・・断ったからといって露骨にガッカリしないで欲しい。仕方ないな。
「あちらにマッサージチェアがあるので、良ければ出発まで使っててください」
「マッサージチェア?」
「座ってみれば分かりますよ」
「ありがとうございます。喜んで使わせて頂きます」
そういえば、随分昔。アースクエイクを使おうと思ったら、威力が弱すぎてマッサージチェアが完成したんだっけ。
すぐに「あああ。やっぱり、ここは天国だぁ〜」という御者さんの声が聞こえてきた。
冷えたミルクをごくごくと飲む。
美味しい!
「ルカにも持っていってあげよう」
階段を上がり、部屋をノックすると、ルカの声が聞こえた。
「はーい。どうぞ」
「おはようルカ」
パジャマ姿のルカにドキリとした。
「おはようエクス」
にこにこ笑ってる。
「おぅ相棒。紅茶用のフレッシュミルクを持ってきてくれるとはありがたいぜぇ。すぐ淹れるから、ちょっくら待っててくんねぇ」
「ありがと、くま吉」
そういうつもりで持ってきたんじゃないけど、好意に甘えておこうかな。
「しっかし、1日中。お湯が沸きっぱなしとか、相棒の魔道具はとんでもねえぜ」
くま吉の淹れてくれたミルクティーに砂糖をひと匙入れてかき混ぜる。
余裕のある朝。
華やかな香りを飲む贅沢。
へぇ!ミルクのコクがいい。しかもバターサンドクッキーの脂っぽさをリセットしてくれて爽やかだ。ミルクティーも好きかも。
紅茶が半分ほど減ったころ、ルカが湿った唇で不安そうに聞いてきた。
「エクス、ごめんなさい。せっかく誘ったのに人混み苦手で行けなくて」
「気にしないでルカ。テントとか立てて楽しかったし」
僕は笑って否定する。
「でも、せっかく来たのに。エクスは何かしたい事はないの」
「えーと、それならギルドカードが無くなったから代りの証明書が作りたいかな。テント借りるとき困っちゃって」
お目々をぱちぱちされた。
「へ??あっ!・・あんの、ギルマスぅ」
「もうギルドは辞めたし、最近はあの人も諦めたのか宿に来ないから大丈夫だよ。今頃は何してるのかな」
僕のために怒ってくれるルカは優しい。
「地獄に落ちればいいのに」
「あはは、しぶとそうな人だけどね。会いたくはないなぁ」
ちょっとスッキリ。
「きっとエクスが辞めてギルマスも困ってる。いい気味。なら、エクスは大魔導さまになるの?」
「えー?僕は魔術師の庵で門前払いされるようなヤツだよ。新聞のエックスさんと勘違いされたら恥ずかしいし。とりあえず商人になろうかな」
冒険者ギルドが嫌なので、消去法だけど。
温かいだけの石で暮らせないかな。駄目だ。こんな詐欺みたいな事考えてたら。
なぜか、ルカがうんうんと唸って悩んでるかと思ったら、覚悟を決めた目で見上げてきた。
「私も付いて行く」
「えっと、ルカは無理して付いて来てくれなくてもいいよ。これは僕の問題だから」
ルカが口を尖らせた。
「エクスを1人にすると、きっと悪い虫が付くから」
「ええ?大丈夫だよ」
虫って過保護すぎない。僕はそんなに弱くないよ。ん?腕をぱしぱしとくま吉が叩いてくるんだけど。
「相棒。・・・悪い虫ってのは、相棒に惚れてしまう娘っ子の事だぜ」
「そうよ」
「う、ううん?僕はこの町に知り合いもいないのに??」
じとっとした目で見てきた。
可哀想に・・・ぼっちをこじらせるとこうなるのかぁ。やれやれ。
「いなくても心配なの」
「大丈夫。新たな友達が出来ても、ルカとは親友だから」
感激したのか俯いて静かに震えだしたルカが、くま吉と握手をしたかと思うと大きくぐるぐる回って円盤投げみたいに、くま吉ミサイルをぶっとばしてきた。
「エクスのバカー」
ぐはっ。何で。
むぎゅっと顔面に縫いぐるみがめり込むのを感じながら僕はダウン。くま吉と顔を見合わせる。
「・・・酷くない?」
「やれやれ、とんだとばっちりだぜ」
いや、飛んできたけども。
僕にモテ期が到来?・・・まさかね。