68 ウラカルの憂鬱5
ウラカルは、雌犬に顔をぺろぺろされながら目覚めた。
「ふああ〜。結局、進展は無しか」
部下の報告が無いため、エクスは網にかからなかったようだ。いったい、あいつは・・ぺろぺろぺろ。
「しつけぇんだよッ。やめろや。両足立ちなんて器用な真似しやがって」
「くぅーん」
首元を掴んで引き離す。
ちきしょー。顔がべたべたしやがるぜ。
「ボス、おはようございます」
姐さんはまだ寝てるらしく、ご機嫌な男女のレンに出された桶の水で顔をざぶざぶと洗い、悩み事も一緒に洗い流す。
あー、少しマシになった。
「出掛けてくる」
「行ってらっしゃい、ボス」
森林警備隊の詰所に着くなり職員に隊長室へと案内されて、腕組みしたカイゼル髭のイゼルとご対面だ。
「遅いぞ、エクスが見えんが?」
イゼルに偉そうに言われて、レンを連れてくれば良かったかと反省。連れてくれば、もう触るなよ?頼むぅ俺まで触らないでくれよとか言っておちょくれたのに。
「ジジイ、エクスの所在は情報と違って不明だったぞ。とりあえず領軍の包囲している門と宿の鼻先を5日間は押さえてやる」
「ふん。貴様にしては悪くないが、領軍がエクスを別ルートで見つけたらどうするつもりなのだ?」
どーするつもりだと?両手をあげてヘラヘラ笑う。
「そん時は、お互いに運が無かった。それで終わりさ」
「馬鹿モン!覚えておきなさい。幸運は自ら動かない者には決して掴めないものだ」
イゼルは顔を真っ赤にして睨んできたが、ウラカルの専売は暴力を背景とした脅しだから通じない。
イゼルがやらせたい事は分かるが、と鼻で笑い飛ばす。
「だがよ、探すのは契約外だぜ」
「守銭奴め。金を出してやるから、すぐに探しに行け」
おお!エクス様々だ。
思わぬ臨時ボーナスが床に散らばる。
へっへっへ、金の渡し方もなっていない雇用主を嘆きながら大銀貨を拾い集める。嗚呼、金はいい。笑みが溢れる。
「くくく、任せな」
「あと、エクスには、森林警備隊に入隊させてやると伝えなさい」
なんて言った?イゼルの表情を見上げたが変な髭からは真意が読み取れない。
「は?エクスを高く買ってるのか」
「ハハハ。貴様も高く買って欲しければ、せいぜい儂に成果を見せてくれんかのう」
ウラカルが悪態をついて部屋から出ると、部屋の隅で黙って議事録を取っていた職員がイゼルを糾弾する。
「良いんですか?イゼル隊長。何の能力もないガキなんかを入隊させるなんて口約束をして」
「ふん。恐らくはエクスとやらは、仕事中に子爵の秘密を知ってしまったのだ。それで保護をするのだよ。分かったら通常業務に戻り給え」
部下が心酔し部屋を出ていくのを確認して、イゼルは自慢のカイゼル髭を触りながら小さく呟いた。
「馬鹿め。エクスを儂の部隊に入れれば、子爵の弱みを握れるからだ。なんとしても儂の輝かしい式典を成功させねばならんしの」
新たな依頼を受注したウラカルは、アジトに戻ると暇な手下を集めだした。ただ、今回は包囲網の方に人手を割いているためか少ないようだ。
「さて、エクス捜索隊のメンバーは」
✕選択不可
・姐さん(包囲網の指揮)
・男の娘(臨時収入でお買い物)
・ライ姉(エクスの家に居候)
・元妊婦(子育て中)
○参加者
・犬♀ (血統書付き)
・大男 (筋肉ハゲの魔法使い)
「よぉしっ、付いてこい。期待してるぜ」
少数精鋭だろ。
「わんっ!」
「分かった」
まずは、指定された宿へと向かうか。エクスの部屋から出てきたのは見覚えのあるライ姉だった。
「ウラカルさん?」
「お前は・・あの時の。元気そうで何よりだ。それはそうとエクスを探してるんだが、どこに行ったか知らないか」
首をふるふると横に振る。
「知りません」
「そうかよ。なら、少し邪魔するぜ。犬にエクスの匂いを?犬?犬〜?」
ちきしょう、どっかにいきやがった。まるで役に立たねえ!何やってんだと大男を見るが、きょとんと見返してきた。こいつぅ。
犬、おめぇは落選だぜえ。
「ウラカルさん?」
「いや。何でもねえ。それにしてもこの部屋は妙に暖かくないか、やけに快適だ」
ライ姉が幸せそうに笑い、待ってましたとばかりにエクスの偉業を熱く語りだす。
「ええ。ウラカルさんも気づきましたか!御主人様のお部屋は、床で炎が燃え続けていて、それでいて新鮮な空気が流れてるんですよ。それに温水シャワーに、洗濯機、無限水瓶まであるんです。それに」
「分かった、もういい。もういいから。まるで子爵さまの屋敷みたいだな」
エクスは超絶金持ちなのか?
いや、せんたくきとかいう魔道具を子爵家より盗みだしたのかも。薪を焚かずに部屋を暖めるとか意味不明にも程がある。
分からねぇよ。
とにかく色々と情報が足りてねぇ。
足りてないが不要な美化された情報を聞かされるのもたまらないので撤退する。
宿を出ると、助っ人が現れた。嬉しそうに買物袋を抱えた可愛い男の娘レン。
「レン!ちょうど良かった。エクスを探す事になったので手伝え」
「分かりました、ボス。買った荷物を預けてくるので待っててください」
軽やかに店内へ消えた部下を煙草を吸いながら路地裏で待つ。大男のハゲが、そわそわしだしたのを横目に見ながら煙を吐く。
すぱーっ
エクスの手掛かりは他に無いのか。
おっ!そうだ人形姫。たしか女神みたいな女が隣りにいたらしいな。何か知ってるかも。脅して情報を吐かせてやる。
灰を落とし新たな煙草に火をつける。
これで3本目か。
それにしても、遅っせーな。まぁ女の準備は長いし仕方ねえ。すぅーっ。げほっ。待て待て、奴は男だ。
「ボス、お待たせしました」
「いや気にするな・・・」
なんで着替えた?
それはオニューの戦闘服か。
「お嬢、なんて可憐なんだっ!」
興奮して絶賛するハゲに、レンはまんざらでもなさそうな顔をした後、不安そうにじっと見てくる。え?何か言わなきゃいけねえのか。やだよぉ。
しばらく黙っていると、悲しい顔をして店にUターン。拙いッ!
「待てレン!つい見惚れて言葉を失ってたぜ。似合ってるよ」
「ボス。嫌ですね、僕は男ですよ」
くるっと戻ってきて、嬉しそうにもじっとした。はぁ頭が痛ぇよ。正解らしい。姐さんに鍛えられたからな。煙草を捨てて足の裏で揉み消す。
「行くぞ、お前ら。まずは人形姫を追うぞ!」