65 没落の足音(子爵6)
エクスと同時刻、いつものようにお風呂を嗜もうとされるお方がいた。
弛みきったお腹。
ぷるぷると揺れる肉塊、裸の男性は広い豪華な浴場を足早に歩く。
「ううー冷える冷える。使用禁止という張り紙があったが、こういう寒い日こそ使わなければ。とうっ!」
かけ湯もせずに、湯気の立ち上る大浴場に飛び込んだ豚。
彼の名は、
ラードリッヒ子爵。
ざばんっ。
水面に波紋が広がる。
次の瞬間、彼にとっては予想外の事が起きた。気付く予兆は沢山あったのが、鈍感力を誇られるお方には無理だった。
身体と同じく弛みきっていた表情が、キンキンに冷えて引き締まる。
「ひぃううううう」
ばちゃばちゃと水音を立てて脱出。
というのも、いつもとは違い風呂場で立ち上っていたのは、湯気ではなく冷気だったのだ。
唇を紫色にし、がくがくとスケルトンのように歩きながら身体を温めるため、サウナ室を目指す。
「フッフッフッフッフッー」
寒すぎて言語機能が凍結したらしい。
いや、もしかしたらオーク語をマスターされているのかも。
救いを求めてサウナ室を開いたが、非情にも中からは冷気が襲ってくるっ。
「ふんぐうううう」
怒りにより体温が2度上がった。
おおっ!もしや、これを狙っていたのか?だとしたら天才と言わざるをえない。
あー、説明するまでも無いが、本日。エクスの魔法が切れた事により、子爵家のお風呂機能が停止してしまったようだ。
「私を殺そうとするとは、あの愚民めぇ」
ガチガチと歯を鳴らし、子爵さまは奇跡的に脱衣場へと生還なされた。なんと!無駄だと思われた体脂肪が、子爵さまのお命を救ったのだ。
チリンチリンチリンチリン!
「イエスマーーン!!イエスマンはおらぬかー」
「は、はい。ここに」
鼻を赤らめて怒気を孕んだ顔で、呼び鈴を鳴らしたラードリッヒ子爵は紫色の唇でお告げになられる。
「欠陥魔導師を、今すぐ反逆罪で捕えよ!これ以上、暇をやる訳にはいかん」
「は、反逆罪??エクスがいったい何をしたのでありますか?」
ぶっ飛んだ事を言い始めた雇い主に、イエスマンは正気を疑う。
「私を殺そうとした。お風呂だと謀り冷水を用意して私の命を狙ったのだ!」
「左様で御座いましたか」
イエスマンは諦観した。
大浴場もついに停止しましたか。念の為に張り紙をしていたはずなのですがと。
「そうだ!いい事を思いついたぞ」
イエスマンが天を仰いだ。
女神よ。まさか、これ以上試練をお与えになるとは。
「森林警備隊と領軍で争わせよ。私から直々に話をしてやろう」
「それは素晴らしい考えであります。早速そのように手配します」
森林警備隊の隊長が属している勇者協会はヤクザのような組織だ。さらに、利権を獲得されたくはないので、弱みを見せたくは無かったのだが。。
呼び出しに応じて、森林警備隊の老害イゼルと、領軍のリョグが馳せ参じた。2人は仲が悪いらしく控室で舌戦を開始。
「ふん。領軍は相変わらず薄汚い格好だの」
「勇者イゼル。お前こそ、きちんと訓練をしているのか?訓練すれば傷が入って当然のはずなのに」
「訓練?弱者が好きそうな言葉だの。儂が努めた5年間は防衛率100%だが?若造は口先だけだのう」
「んぐ」
初戦は、森林警備隊イゼルの勝利といったところか。
執事が扉を開き、入室を許可される。
少し落ち着きを取り戻した子爵さまが口を開く。
「2人ともよく来た」
「いえ、この街の為ならば、勇者イゼルは何時でも駆けつけましょうぞ」
「何用ですか?」
老害イゼルはにこやかだが、リョグは不機嫌な様子を隠さない。
「実は雇っていた欠陥魔導師が仕事を投げ出して逃亡した。その方らに即刻、捕縛して貰いたい」
「それは、許せませんなあ。儂らに護られておきながら責務を果たさんとは。近頃の若いもんはなっておらん!」
「逃げた理由は?」
子爵さまは鼻を鳴らす
「理由など貴様らが知る必要は無い。これは日頃より争っている貴様たちの優劣をつける良い機会だ。詳細は執事から聞くといい。もちろん勝者への予算配分には配慮しよう」
「良い報告をお待ちくだされ」
「了解だ」
こうして、むさ苦しい男たちによるエクス争奪戦の火蓋が切られた。
イエスマンは、2人の参加者にターゲットの資料を渡す。
「こちらが、エクスの1ヶ月前の資料です」
rank:E
title:欠陥魔法使い
name:エクス
sex :男
age :19才
data:160cm,45kg
job :魔導師
命題 【効果時間延長】
犠牲 〈初級魔法しか使えない〉
「欠陥魔法使い?」
「可哀相に。何だこの貧弱なステータスは」
執事イエスマンは咳払いしてスタートを告げる。
「条件は2つ。経過報告を必ず1日1回入れなさい。それと、必ず無傷で捕えなさい。それでは、吉報をお待ちしております」







