61 シープタウン
夕暮れになるころ隣町が見えてきた。
お祭りの飾りつけがとても賑やかで、空にはファンシーなバルーンまで浮かんでて、シープタウンは歓迎ムード一色。
「エクス、見て見てあれ凄い可愛い」
「そうだね、ルカ」
興奮したルカが窓にピタッと引っ付くように外を眺めている。
流れるような長い銀の髪が夕暮れに染まっていて、その美しさに僕は息を飲んだ。
「ようこそ、シープタウンへ。馬車は小銀貨2枚だよ」
そう言って近寄ってきた門番さんのバケツの中へ、御者さんが入門料を投げ入れる。
「毎度っ。しっかり楽しんでください!」
馬車のまま町の中へと入っていく。
この町のセキュリティはかなり緩いらしい。
外周は柵で覆われてるだけなので、あまり厳しくすると誰も門を使わないからだろうか。
♪〜
音楽が色んな所から聞こえてきて、大勢の人達が楽しそうに歩いていた。馬車の中にいてもなんだかその空気にあてられて、こちらまで楽しくなってくる。
こんなに多くの人は初めて見たかも。
牧草地に観光客の臨時テントが沢山建っていた。これはこの時期だけの風物詩らしい。
少しだけ豪華なテントに到着。
御者さんが言うには何でも家具がしっかりある設営に時間がかかるタイプらしい。
「着きましたよ、お貴族さま」
「ありがとうございます」
ルカが貴族コースで予約したせいかこんな貴族プレイで案内してくれる。
タイミングよく予約のキャンセルが出たらしく、良い物件が借りられて良かった。
近くにある焚き火の周りには多くの人が楽しそうに踊っていて人々の熱気が心地良い。
あっちでは酔っぱらった獣人が吠えている。みんな元気だな。
ルカをテントまでエスコートしようと手を握ったんだけど、様子が変だ。・・もしかして小さく震えてる?
「ルカ、大丈夫?」
泣きそうな顔で見上げてきた。
「エクス、ごめんなさい。むり」
「いや。ルカは悪くないよ」
思ったよりルカの対人恐怖症が重いみたいでここに泊まるのは怖いらしい。もう少し静かな場所がいいのかな。
「エクスぅ…」
「大丈夫だよ。僕に任せて。離れた静かな場所に宿を変えようか」
「頼りになるぜ相棒」
僕は微笑む。
馬に食事を与え始めた御者さんに窓から声をかける。
「すみませーん。申し訳ないんですが、行き先を町外れの宿へ変えてください。追加料金はお支払いしますので」
「え?ああ、その人はそんなに人混みが苦手なんですか。ですが、この町に宿屋なんてありませんから、あそこでテントを借りて来られては?」
嫌な顔一つせず提案してくれた。神対応にほっとするけど。
「でも僕はテントなんて立てた事がなくて」
「構いませんよ。私は自慢ではありませんが、野営には、かなり慣れているので、むしろ任せてください」
なんて頼もしいんだ。
胸を叩く御者さんにお礼を言う。
「ありがとうございます。ちょっと借りてくるからルカはここで待ってて」
こくりと頷いたルカを残してテントを借りに行こうとしたら、くま吉がぴょんと肩に乗ってついてきた。
「ええー。くま吉はルカと一緒にいなくていいの?」
「大丈夫でい。俺っちが主の目になって色々と見てくるからよ」
うーん。
「私は馬車から出なければ平気だから」
ルカがそう言うなら尊重しようかな。
全く頼りにならないくまだぜ。
ルカに借りたアイテムバッグが、女物で少し恥ずかしい。うおおおっ見られてる訳でも無いのに羞恥心が加速した。夕暮れに感謝。
教えられたお店はすぐに分かった。
店員のお姉さんは、お酒を飲みながら幸せそうだ。
「あんらー?いらっしゃいませぇ。お客様、まだいいテントが残ってますよ。どれにします?」
バサッと未宿泊のテントが載った地図を開いて見せてくれたけど、首を振った。
「あっ、いえ。静かな所に自分達で立てたくて。馬車と4名です」
「そうですかぁ。では、こちらから選んでくださいね」
渡されたリストを見る。
ううん?全然分からないんだけど。
悩んだ挙げ句、アドバイスを聞きながら小さいのを3つ借りる事にした。最近はソロテントが流行ってるらしいので。
よし決めたっ。
「では、この場所に2泊分で」
「まいどー。自動延長になるので注意してくらはいねぇ。それじゃ、身分証明書を出してください」
んん?
身分証明書?
ポケットに入れた手が空気を掴む。
そういえば僕のギルドカードは粉々になって捨てたんだ。
「……」
「あのー。お客さん。身分証明書は?」
めっちゃ怪しまれてる。
そうだよ、身分証明書の無いやつなんて不審者だ。山賊と思われるかも。
汗がだらだら流れる。
その時、熊が動いた。
「ぷぷぷ、相棒。全く何やってんだ?俺っちだって持ってるのによう」
何喋ってるの!?
仲間なのに背中を追撃してきた。
おまけに勝ち誇った態度で、肩からテーブルに飛び移りカードをひらひらと見せつけてくるではないか。
くそっ。
なんて事だ。
僕は、縫いぐるみより社会的信用度が低かったなんて。
愕然とする。
お姉さんも驚いた顔をした。
ですよねー。
そして、くま吉からカードを受け取ると、カードをマジマジと見ている。
顔をがばっと上げるとキラキラした瞳で僕を見つめてきた。んん?まるで僕を尊敬してるみたいな?ライ姉の視線に少し似ている。
「凄いわっ。あなたは腹話術師なのね!?とっても、お上手」
「えっ・・・」
どういう事?
「クレイジーベアーさん。私、貴方のファンになりましたぁ」
「あっはい」
僕の名前は、エクスですけど。
くま吉はそこにいますけど。
「てやんでい。この酔っ払いめ。俺っちがクレイジーベアーだ。そっちは相棒のエクス。分かりやがったか?」
「分かってますよぉ。そういう設定なんですよねぇ」
「…」
全然、分かってないだろうお姉さんは、暴れるくま吉を撫で撫でした。
しかしこれは都合の良い展開なのでは?
もう、それでいいや。
「ところで、どこで公演するの?私、見に行きたいなぁ」
「場所が決まったら教えますね」
僕はクレイジーベアーだ。
しばらくこれで行こうかな。
「相棒〜。この酔っ払いの誤解を解いてくれよぉ」
「まるで生きてるみたい!」
「ふふっ。行くよ、くま吉」
酔っ払いお姉さんに、手を振ってお別れする。んんー。やっぱり早く証明書を作らないと。
あっ!
ピーンときた。
もしかして、街から出る時の所属不明の人物って僕の事だったのかも。うわわっ。衛兵さん、お騒がせしてごめんなさい。