58 元ギルマス1
「お待たせルカ」
「うん」
ルカと合流して、ちょっと豪華な馬車に乗り込む。本当は歩いていくつもりだったんだけど、修行みたいで嫌だって断られたんだ。ふかふかのクッションが気持ちいい。
「それでは、3日間。よろしくお願いします」
「はいよ。貴族さま」
窓を開けて御者さんに挨拶すると、ピシッと鞭の音が聞こえて、ガラガラと車輪の音を立てた馬車は門に向かって進み始めた。
旅行なんて何年ぶりだろうか?
同じくガラガラ。
といっても客足が途絶えた方のガラガラだが、元ギルマスの酒場からは、一月前の喧騒が消えていた。
元ギルマスは、汚れた店内で、迎え酒をぐびぐびと飲むとテーブルに空になったビールジョッキを叩きつけた。
「くそっ!昨夜は1人も客が来ないなんて、どーなってんだよ?」
ビールジョッキを投げつけると、割れる音が響く。
「なぜ、客足が途絶えた?あの便利なガキが辞めてからどうも変だ??」
主な原因は、エクスの魔道具みたいな物の効果が切れた事にある。お掃除魔法の効果が切れた事が一番大きいか。
飲食店にあるまじき不快臭がしてるため、来るのは客ではなく、虫。
「あぁっくそっ!仕方ないから、エクスを呼び戻しにいってやるか。手間をかけさせやがって」
こうして、古巣の冒険者ギルドへと意気揚々と出掛けていったのだが、ここでも昔とは対応が変わっていた。
「おおーい。俺様が来たぞ。喜べ、仕事をさせてやる。エクスというガキを連れ戻してこい」
「はあ。そんなのお受け出来ません」
少し前までは、元ギルマスに借りがあるギルマスが二つ返事で快諾してくれたのに、ギルドの空気は変わっていた。
受付嬢は、接客もせずに書類を書いている。
「ああっ!!元ギルマスの俺様に対してなんだ?その態度は」
「え???それが何か関係がありますか?」
受付嬢が手を止めて心底分からないという表情を浮かべて見つめてきたため、たじろぐ。
「お、俺様は、元ギルマスなのだぞ?」
「ですから、それが何か?」
過去の役職は紙切れ1枚の価値もないのか!?と元ギルマスは衝撃を受けた。
「では、小銀貨7枚出してやるから。1ヶ月の設備管理を依頼しよう」
「・・・お帰りはあちらですよ。そんなの誰も受けないと思いますが依頼票をご希望でしたら、小銀貨1枚から販売しておりますが?」
わなわなと震えて顔を真っ赤にして元ギルマスは退散した。今まで使えていた元ギルマス権限は通用しそうにも無い。
ギルドの前で苛立ちのあまり叫ぶ。
「うがあああ。エクスは何処にいるんだ!お前には仕事の責任感が無いのか。俺様が困っているのに、エクスーーー」
そんな老害ジジイを、ガラガラと高級馬車が立てる砂埃が襲った。
「うわっぷ。げふげふ」
馬車の車内では可憐な少女が心配そうに尋ねる。
「エクス?誰かに呼ばれてない?」
「今の声は、元ギルマスさんかなぁ。あの人は無茶苦茶言うから苦手なんだ。先月は依頼料を踏み倒されたし」
僕はげんなりと答えた。
「なにそれ、酷い」
「だよね。会いたくないな」
すると、ルカは悪戯っぽく笑う。
「それなら、このまま駆け落ちする?」
「負けて逃げるみたいなのはちょっと。それに。ルカもウサギさんの事を忘れてない?」
ルカの縫いぐるみはゴーレムとは違うから、放置しておいて良いのだろうか。
「エクス、どうしよう?」
あっ。やはり駄目らしく、暗い顔になってしまった。
「・・・いったん帰る?」
「相棒に主、気にすんねい。帰ったら俺っちからウサギアーミーに謝るからよお」
「クレイジーベア。ありがとう」
おおっ、くま吉が格好良い。
これが答えで良いのか。僕もこの流れに乗ることにした。
「もちろん僕も一緒にご機嫌取るよ」
「ありがとぅ」
耳を真っ赤にしたルカが可愛い。
門まであと少しだ。
僕の冒険は始まる。といっても3日の予定だけど。







