5 没落の足音(子爵1)
ラードリッヒ子爵は、エクスが説教の途中で帰ってしまったため納まりきらなくなった怒りを代わりに執事へとぶつけていた。
「あの愚民めがっ初級魔法しか使えぬくせに思い上がりおって!」
「全くその通りであります、子爵さま」
執事イエスマンの同調に、ようやく怒りが鎮火したのかふーっと息を吐いた。真っ赤になった顔に、筒を当てると冷えた空気が吹き出て火照った顔が冷えてくる。
「そうだ、先程の愚民の名前は何だ?」
「エクスであります」
子爵の顔が悪巧みに歪んだ。
「あの出来損ないの愚民を領内から逃がすな。それと冒険者はおろか他の仕事も一切出来ぬように周りに圧力を掛けておけ。所持金が干上がればさすがに愚民とて自らの過ちに気付くだろう」
「それは素晴らしい考えであります。早速そのように手配します」
執事が、子爵の立案した恐ろしい計画に太鼓判を押したが、彼らは根本的に考え違いをしている。
エクスは働く気なんてさらさら無いのに。
「くふふ。今から楽しみだ、仕事をさせてくれと懇願してくる愚民の姿が目に浮かぶ。今度はしっかりと反抗せぬよう教育しないとな。ええと・・」
「エクスであります、子爵さま。ところで、その筒は?」
先程から子爵の顔を冷やしている目新しい筒に目を向けた執事イエスマンに、ラードリッヒ子爵は得意げに答えた。
「私の考案で、あの欠陥魔導師に氷と風の初級魔法を付与させた持ち運び可能な道具だ」
「おお、あの初級魔法しか使えぬ者にまさかそのような使い道があったとは。まさに慧眼であります子爵さま」
執事イエスマンのよいしょにまんざらでも無い子爵。
「で、あろう?5つほど作らせたから、1つ下賜してやるから厨房へ持っていけ。予定では200個作らせるつもりだったのだが、あの役立たずめ逃げ出しおって」
「有難き幸せ。全くでありますな。そういえば、厨房の・・・」
子爵の機嫌が治ったタイミングを見計らい困った顔をする執事。
「どうした?」
「厨房の水瓶が止まったのですが、如何いたしましょうか。なにぶん、あの逃げ出したエクスが作ったものなので」
ラードリッヒ子爵の顔がうんざりした物になる。
「そんなのは、他の魔導師を呼べば良かろう。安ければ魔道具でも良いぞ」
「は、はい」
執事に冷や汗が流れる。
子爵の無茶ぶりが愚民から自分に向かってきたためだ。
ラードリッヒ家の没落の足音が静かに迫ってきた。