48 敗走のゾンビーズ1
帰り道、嫌いな三人組に会った。
冒険者時代、いつも突っかかってきたゾンビーズとかいうクランだ。今日はなにかイライラしてるみたい。僕にはもう関係無いけど。
関係ないのに。
バッツは、僕を見つけるとニタリと笑って近付いてきた。
手が延びてくる。
「おいおい、欠陥魔法使い。こんな天下の往来を歩いてんじゃねーよ!おらぁっ」
どんっと突き飛ばされた。
痛っ。以前の僕なら、僕が鈍臭いのが悪かったんだと反省したのかもしれない。
「ガッハハ。あれしきで尻もちを付くなど冒険者の恥晒しめ」
「元冒険者ですよ、ドワーフ。こんなのと一緒にしないでください」
でも、今なら分かる。
意味なんてない。
無意味に、ただ彼らのストレスを発散する目的で突き飛ばされたのだ。
以前の僕だとどうしたのだろう。へらへら笑っていたのかな。
「ぎゃっはは。はあ?欠陥魔法使い。なんだその目は?」
だけど、もう違う。
立ち上がり、
ぐっと見返して拒絶する。
滾ってくる熱い怒りから
漏れた言葉は
自分でも吃驚するほど・・
キンキンに冷えていた。
「謝ってください」
「はあ?」
僕がいつものように何も言い返さないと思ったのだろう。まるで何を言われたのか分からないって顔だ。
僕は、ゆっくりと繰り返す。
「謝ってください。と言いました」
「ちっ、イカれたのか?魔剣イグニシオンの錆びにするぞ」
バッツが見下したように怒り、剣の柄に手を掛けた。
剣を抜いて恫喝するのは、冒険者スタイルだ。だけど、僕はそれを許さないっ。
「アイスエンチャント!」
「刻んでや、や、何をした!?」
ビシッと氷+1が、バッツの剣に付与された。本来は味方への支援魔法。
たった+1のしょぼい魔法。
バッツが一生懸命、鞘から剣を抜こうとするが、氷結で膨れた刀身は抜けない。
何が起きた?と僕を間抜けな顔で見つめてきた。
分からないなら、教えてやるよ。
「その剣は、1か月抜けない」
「なにぃ!?」
バッツの最大の武器、魔剣イグニシオンを封じた。剣はモンスターへ向けるべきであり、民間人に向ける剣などこの世にあってはならない。
仲間がコケにされてキレたのか、ドワーフが斧を構え、エルフマンが杖を突き付けてきた。
「随分と舐めた真似をしてくれたな」
「初級魔法使いのくせに、高くつきますよ」
怒りたいのはこっちだ。
冒険者を辞めてまで、なぜ貴方達に馬鹿にされ続けなければならないのだ?
手加減は苦手だ。
どこまでやれば引き下がってくれる?
僕は、今日。初めて人を殺してしまうかもしれない。
そんな一触即発の空気をぶち壊すように、野次馬の中から野太い声が響いた。
「おおおおっ、見てられねえ。3対1とか、いい加減にしろや!」
「エクスー。お姉ちゃんが来てやったぞ」
え?まさか僕の味方?
現れた乱入者を凝視した。
フォークを2本持ちした定食屋の犬娘さんは知ってる。それで、もう1人の包丁を持ったイカツイおっさんは誰?もしかして、定食屋の店長!?初めて見たかも。
バッツが食ってかかるが。
「はあ?誰だ。俺らはコイツが欠陥だから喝を入れてやっ」
「ああああっ!坊主は何もしてないだろうが。俺様の心意気を見せられたいのか?それより、先月の定食屋のツケ払い早くしろや」
「3日も遅れてるぞ」
定食屋コンビは一歩も引かない。
ゾンビーズは街の英雄だから、逆らう人なんて誰もいないと思ってたのに。
「おい、俺らを敵に回してタダで済むとでも思ってんのか?なあ皆っ!」
だけど、英雄バッツの声は通らなかった。
動くと思われた野次馬は動かなかった。
気付けば、笑っていた。
お前らぜんぜん大した事ない。
反撃、開始だっ。
「シャープナー(切れ味+1)」
「おおっ良いねぇ。やはり俺様はイケメンだな」
「店長、つけ麺の方が好きです」
食堂の店主は、ギラリと光った包丁で自分の顔を見てウットリした。
犬娘は、ペロリとマイフォークを舐める。
さらに戦力を積み上げる。
攻撃回数が増えれば、+1でも脅威だ。
「サポート1!」
「うおおおお。なんだ?これ。解体してやんぞ」
「うあああー!お腹減ってきた。これで3対3。良かったなー、エクス」
街の住人が誰一人味方しない事に、英雄バッツの顔が青褪めた。
さぁ、どーする?
おっと、早くも逃げの態勢だ。
「ちっ、いちいち冗談を真に受けんなよ。つまらないヤツ。すぐに払ってやるからもう少し待ちやがれ。行くぞ」
甘い。
逃しませんっ!
「謝ってください」
バッツの顔が、怒りに歪んだ。
だから何?僕は君が謝るまで逃しませんっ!
今夜の野次馬の視線は僕の味方のようだ。
「あぁっ、悪かったよ!」
悔しそうに絞り出した声を聞き、僕は謝罪を受け入れ、戦いもせずにすごすごと去っていく3人の後ろ姿を見送る。
ゾンビーズを撃退した。
・・・もっと粘着してくると思ってたのに、こんなにも呆気ないものなのか。
野次馬から、歓声があがった。
「「やるじゃねぇか!」」
またゾンビーズがお酒を奢ったら、言う事は180度くるりと変わるんだろうけど。
それでも、あのゾンビーズに勝ったんだと実感した。あぁ、僕は英雄に勝ったんだ。
ジャイアントキリング。
ああああああっ!気持ちええーー。
これは、サイコーの気分だ。
分かってる。僕だけでは無理だった。
漏れる感謝。
「ありがとうございました」
「へっ。坊主はお得意さまだからよ」
「エクスー、御注文は?」
幸運の女神は、照れて鼻を擦るイカツイ親父と、尻尾を振っておこぼれを狙う犬娘。
僕は感謝を込めて、調子に乗った。
いえ、乗らせて頂きます。
大銀貨を捧げた!
「デラックス・フルコース・スペシャルで!」
「デラフルスペ一丁入りまーす」
「心意気見せてやるよぉぉぉ」
今日は、定食屋で勝利の宴。
「何だあ?張り切りすぎたのか、まな板が切れちまったぞ?」
「ちょちょっと、店長。何やってるんです?」
厨房から聞こえるちょっとしたトラブルに、僕は心の中で謝る。ごめんなさい。
お腹の空く良い匂いがしてきた。
笑顔で、犬娘がテーブルに料理を叩きつける。
いや本当は普通に置いたのに、重さで殴るかのように机が揺れた。
ダンッ! 特盛り肉炒め
「げふぅ〜」
ダンッ! 串焼きの山盛り
ダンッ! 謎肉ステーキ
「・・・・」
この後出てきた山盛り料理に、調子こいてた僕は予想通り初戦で完全敗北した。最強助っ人の犬娘もリタイアしたし、援軍にニトラとライ姉を呼ぼうか。助けてー。