40 ホワイト王族は仲良くなりたい6
エクスは、手を洗いながらわくわくしていた。もしも期待どおり大銀貨なら、しばらく遊べる。ちょっとした労力で小銭を稼ぎながら、楽に生きる生活が理想だ。
「うげっ」
席に帰ると、金の輝きに包まれたお金持ちがいた。机の上に全財産を並べているものだと思われる。
やだなー。いい人だと思ってたけど、急に金持ち自慢か?
こうなったら、何の気負いも無く大銀貨1枚を毟りとってやる。良いよね。
僕のしかめっ面を見たお姉さまが怖い顔をした。はいはい大銀貨のためならば、聞かせて頂きますよ貴女の御家自慢を。
ルーラが悪戯っぽい口調で口を開いた。
「ふっふふー、大魔導師エクスさま。報酬はこの中から貴方が決めてください」
「え!?」
1枚、自分で選べというのか?
いったい僕の大銀貨は何処にある?
シロンお姉さまが凄く冷たい目で見てきた。少しぞくぞくする。
「どうぞご自由に」
「は、はい」
まさか?もしかして僕がどの硬貨を選ぶかで3人が賭けてるのかな。
ルーラには悪いけど、出来ればシロンさんの笑顔が見たい。どれだ?
だが、なかなか肝心の大銀貨が見つからない。困った事に全部、金貨に見えてしまう。
もしかして、金貨を選んでも良いのか?無い無い、そんなの話が美味すぎる。
あぁ!
分かった。分かってしまった。
贋金があるなんて話を聞いた事がある。
つまりこの中から正解を選べという試験なのですね?シロンお姉さま。
ぎっと僕が見つめると、シロンさんがこくりと頷かれた。
鑑定魔法は使えなくなって久しい。
金貨なんてほとんど触った事がないから分からない。思い出すんだ。
金は重いらしいから、とりあえず適当に取った2枚の重さを比べてみる。
分からない。同じ。
いや、そもそも。アタリとハズレの枚数すら教えられてない。完全なノーヒント。2枚ともアタリである可能性もハズレである可能性もある。
くそっ、さすが金貨チャレンジ。
ハードルが高い。
僕がなかなか選ばないから、皆がそわそわしだした。
シロンお姉さまの顔色を見ながら、手をふらふらと金貨の上で動かすセコい作戦をしてみたが良く分からない。顔色が怒りやら安堵やらコロコロと変わり、迷惑を掛けているのだけは分かった。ごめんなさい。
ずるは駄目のようだ。
僕も男だ!
無心で1枚を掴み取るっ
どうだ?
「これにします。僕の報酬はこれです」
「それだけで良いのですか?」
シロンさんが戸惑いの表情を浮かべた。
くっ、ハズレたのか。
私の選んだのを引けよと言外に言われるが、さすがに2枚目を引くのは反則だろう。僕は諦めたように肯く。
「ふっふふー。私は大魔導師さまを信じておりました」
ルーラが喜ぶ。
ごめん、シロンさん。なぜか分からないけど僕はこの子の大魔導師さまらしいので。
「片付けてください」
シロンさんの声が響きゲームセット。
金貨とシロンさんの寵愛が片付けられて、デザートが運ばれてくる。
頭を使ったせいか食べられそうだ。
悪趣味なゲームは、デザートが食べられるようにという気遣いだったのだろうか。全く金持ちは分からない。
透明な器に、白い層と土色の層のような物が交互に積み重なった不思議なお菓子が出てきた。
小さな四角いスプーンで滑らかな抵抗を感じながらすくい、口の中へ。
立体的な甘さと心地よい苦味が、幸せの新世界へと導いてくれる。苦味の良さが初めて分かった。あぁトリップしそう。
シロンは、自分の考えを恥じていた。
無欲ゆえの働きたくないでしたか。
目の前の小さな青年に少し好意的な興味を頂き、魔導師の人格を見るための核心的な質問をする。
「もしよろしければ、エクスさまの命題を教えて頂けませんか?」
「僕の命題は効果時間延長です。便利ですよ。犠牲で初級魔法しか使えませんが」
口に含んだティラミスよりも興味無さそうに返ってきた軽い返事に肩透かしを食う。
魔導師の命題は人生の全てのはずなのに、その言葉に熱がない。拭えない違和感。そして意味の分からない大外れの犠牲を軽く話しているのも。
「き、厳しい犠牲でしたね」
「いえ、僕は上級魔法を使えてましたよ。自ら捨てたんです」
今度は熱を帯びた答えが返ってきてこれまた衝撃を受ける。内容も信じられない。
自ら持っている恩恵を捨てた!?
籠の鳥として窮屈に感じながらも王族の恩恵に満足しているシロンにとっては想像すらしなかった回答。気付けば喰い気味に聞いていた。
「その選択に後悔は無いのですか?」
「ない。ですね。あったら便利ですが自分で選んだ道なので。無能な僕が、無能を極めただけですから」
ルーラが吠えた!
「エクス様っ。私、ルーラ・ホワイトニングの名において貴方を大魔導師と認めますわ。ですからそのような事は二度とおっしゃらぬよう」
「ふふっありがとう」
エクスは子供の戯言と聞き流したが、この瞬間。王族公認の大魔導師となった!魔術師の庵の最高ランクに、良く分からない謎の青年がいきなり登録された。
現役序列11位、延長のエクス。
詳細不明。
活動停止中。
推薦者・第三王女ルーラ・ホワイトニング
「・・恩恵を自ら捨てる選択ですか」
シロンは小さく呟いた。シロンのまっさらに培養された常識がエクスのふわっとした思想で汚されていく。
大臣の思惑のまま結婚相手を強要される運命だと思っていたが、恩恵を捨てる覚悟さえあれば自由になれるんだと。本人も気付かず、革命者エクスへの敬意が芽生え始めた。
ミイラ取りがミイラになった。
シロンは自由の種を獲得。
爺やがこの事実に気付けば、さらに頭を悩ます事は間違いないだろう。
そんな危機的な状況にも気付かずルーラ姫様を賛美する爺やは少し反省した方が良いかもしれない。
シロンは続ける。
それは興味であり、自分の未来の道標でもあるからだ。
「エクス様、今の人生は満足されていますか?」
「そうですね。ギルドを辞めてからは楽しいです」
何か引っかかる回答。
「ギルドで何かあったのですか?」
「僕の無能さを思い知りました。断われない指名依頼を失敗し続けて、ついにはF級に。まぁ最後は非公式のA級ですけどね」
爺やが食いつく。
「断われない指名依頼などありませんぞ。断り難いだけで。これは調査する必要がありそうですな」
「そうだったんですか?ただ、僕にはどうやら冒険者は無理だったようです」
少し苦さを残しつつも、紅茶を飲みきったため、食事会は終了した。
「本日はお招き頂きありがとうございました。とても美味しかったです」
「いえ、こちらこそ楽しい一時でした。温かいだけの石、大事にしますね」
「また遊んでください、大魔導師エクス様」
シロンが大事そうに石を持ってまるで敬うような視線で見つめる中、ルーラが笑顔で見送ってくれて、爺やが格好いいお辞儀をした。
「またね、ルーラ」
ぐねぐね空間が歪んだ扉へ足を踏み入れれば、隠れ家喫茶店へ帰っていた。
案内人に文句を言おうとしたが、どうやら先に帰ったらしく帰りは徒歩が決定した。
案内人め。
何だか妖魔に化かされた気分だ。
小金貨は?
あった!
良かった。後はこれが本物かどうかだ?
「換金をお願いします」
ドキドキしながら、誰もいないカウンターに置くと、すぅーっと消えて大銀貨10枚が現れた。
ふふふふ。
「賭けは僕の勝ちだ!貴族生活延長です」
僕は思わぬ幸運に感謝した。
わーい。
エクスを送り返した部屋で、困り顔の給仕係が恐る恐る尋ねる。移動テーブルの上には本物の金貨の山。紛失する前に早く返したくて堪らない。
「あの・・・この金貨の山は、どうすれば?」
青い瞳がキラキラと輝く。
「ふっふふー爺や」
「はい。姫様言わずとも分かっております。必ずやいつかエクスさまに自然な形でお渡ししますとも」
「ホワイト王国の威信に賭けてね」