30 連撃のマーラ1
昼の少し遅い時間。
いつもの定食屋の客が疎らになった店内で、「エクスを大きくしてやるぜええ」という、バックヤードから聞こえた店長のはた迷惑なご厚意により出された、メガ盛りのオークのキノコ焼きにエクスは苦戦していた。
「ふーっ…多いな…」
厚みのあるお肉に爽やかなキノコの香りがマッチする一品。美味いけど・・最後に残った1番大きな肉の塊がラスボス感を醸し出している。
「またのご来店お待ちしてまーす」
店員の犬娘の声が響き、ついに一人だけの戦いに突入したようだ。みんな食べるのが早いよ。
暇になったのか、店員の犬娘がするりと隣に座ってきた。
「エクスー、そんなんじゃ大きくなれないぞー?お姉ちゃん心配だな」
「もー、うるさいですね」
血の繋がってない偽お姉ちゃんが、からかうようにニマニマと笑う。
何だろう?犬娘さんが表情を変えると、じっ・・と見つめてきた。
まるで獲物を狙うような目つきで。
甘えるような口調に変わる。
「お姉ちゃんは心配だなー?」
じっと熱い視線で見つめられる。
いや、そんなの。
駄目だろ。
でも駄目な僕は、彼女の誘惑に負けた。
負けてしまったんだ。
「はー、取引成立ですね」
頼んでもいないメガ盛り料理にギブアップしてしまった僕は、残った肉の大きな塊に、ぐさっとフォークを突き刺して、頼もしい助っ人に協力を依頼する。
犬娘は、色っぽい八重歯を見せると僕のフォークの肉に噛みつき、ラスボスはあっという間に彼女の胃袋の中に消えてしまった。ぺろりと口元についたソースを舐める舌はとても官能的。
僕も負けじと残ったキノコを片付ける。
もはや、味の感想が『美味しい』から『苦しい』に変わりつつある。
森の香りが口いっぱいに広がった。
はーっ。大満足っ。
「ご馳走さま」
「またのご来店お待ちしてまーす!」
やっばい。お腹いっぱい。
満腹感が凄い。
吐き出す息に森の香りを感じた。
お腹を労りながら歩く。腹ごなしにリィナのお店にでも行ってみようかな。日替わり商品がないか気になるし。
いつもよりゆっくりと街を歩くと、凄く細部まで景色がくっきりと見えるのが面白い。花壇に咲いた花の周りで空気と遊ぶように飛ぶ妖精と目が合ったら、興味を持ったのかまとわりつかれた。これが、新しい僕の日常だ。
お金の心配事さえ除けば見渡す限りの自由。
路地裏が定位置のスリーピングキャットは、今日も眠そうだった。
「いいよなぁ、お前には悩みとかなさそうで」
まぁ。僕もルカの家に転がり込めば、同じような生活。いわゆる《ひも》になれるんだけど。
「ひも・・・かぁ」
ルカと一緒は楽しいけど。
エルフ師匠のエリーゼに、真っ当な男になってやるって言って家から出てきたのに、《ひも》だって師匠に知られたらいったい何て言われるのだろうか。
そんな事を考えていたら、
冒険者ギルドの方向から喧騒が聞こえた。
「…やーめたっ」
面倒事の匂いがする。
僕は方向転換をした。
心の羽根の赴くままに、僕は自由だ。
喧騒の原因は、ギルドで喚く、背の高い赤髪の女だ。怒りに任せてダンッとカウンターを叩くと、たわわな巨乳が揺れた。
「エクスが辞めただと!?」
「はい。全部、ギルマスが悪いんですー」
受付嬢に絡んでる彼女は、連撃のマーラ。
エクスと同じ効率を、別方向から探求した魔導師である。命題は、超効率化。少ないマナで、強力な魔法がぶっ放せるため、彼女のメイン攻撃は、超初級魔法。ぶっちゃけかなり強いS級冒険者。
「お前じゃ話にならん。ギルマスを呼んでくれ」
「ギルマスなら鉱山送りになりました」
マーラの顔がひきつる。
彼女が怒ってるのは理由がある。超効率化の代償として魔力量が子供並みに下がってしまったため、エクスのバフ魔法のMP+1が無いと、無補給での連発が出来ないからだ。
「では、エクスが見つかるまでは休みだ」
信用トークンを8消費して、《長期休暇》を発動!
書類を提出して立ち去ろうとしたマーラだったが、逃すまいと受付嬢の追求する声が大きく響いた。
「あのっ!マーラさんは、S級ですよね?エクスさんがいなくても戦えますよね?」
「確かに戦えない事は無いが……い、嫌だ」
エクスがいなくても、瓢箪の中のポーションをぐびぐびと呷りながら、魔力を回復しつつ魔法を放つ事は出来る。エクスに会うまではそうしてきた。
たしかに出来るといえば出来るが、飲みすぎるとリバースしてしまうのだ。もう…吐きたくない。
「マーラ・イオンさん。それに貴方への仕事がまだ残ってます、こんなにも。それに指名依頼も!」
受付嬢は机に伏せていた紙を捲った。
トラップカード、オープン《指名依頼》
駄目押しの一撃。
「え?指名依頼でも断れるはず」
「何を言ってるんですか?断れませんよ(このギルドの慣例では)」
悲しい顔をしたマーラの《長期休暇》は墓地に送られた。
という訳で、
マーラは、
しばらく別行動になります。
「え?」