23 落日のギルド4
その日の空は曇っていた。
まるで僕の心のように憂鬱だった。
原因は朝から部屋の前まで押しかけてきた苦手な二人組にある。微笑みを浮かべたギルマスと気まずそうな受付嬢。
なんで宿まで来たんだ?
常識的に考えるなら、僕はもう無関係だろ!
どうにか言葉を絞り出した。
「僕はもう辞めました。お話する事は無いので、お帰りください」
僕の気持ちなんてお構いなしに、ギルマスは自分の都合を話す。
「エクス君。せっかく私が訪ねて来たんだから、そんな事は言わずに、部屋に少しばかり入れてくれてもいいでは無いか?久しぶりに話をしよう。それに、ここにいると他の客の迷惑にもなるし」
ギルマスの嫌なお願いを聞いて、ズンッと体が重くなる。
え?僕の迷惑は?他の客の方がなんで優先なの?
部屋に入れるのがまるで当たり前みたいな空気を放つ目の前の二人組。
その無言の圧力に負けそうになる。
以前の僕なら、きっと部屋に上げてお茶まで出してた。
・・・でも僕はルカと約束したんだ。
嫌な事は、断るって。
ぐっと目に闘志を宿した。
僕の目は燃えている。
「嫌です!」
い、言えたああああ。
うぉぉぉ!
体がゾクゾクする。
気持ちいいーーーーーっ!!
断っていいんだ。
僕にも断れた。
偉いよ僕。当たり前の事が空気に支配されず言えた!
なんだか、さっきまでの押さえつけられるような嫌な気分なんて、全部吹っ飛んでしまった。
あんなに苦手だったギルマスが、ただの小太りおじさんに見える。笑いを貼り付けたまま驚いた顔をしてる、変な顔。
これは、たった4文字の魔法。
ルカに教えて貰った魔法は凄かった。
ビバ!自由。
「何だと!?今、何と言ったのかね?」
「判りませんか?帰れと言ったんです。衛兵を呼びましょうか?」
おおーっ、ハイになってるからか、強気な返しがスラスラ出てくる。
なんだか僕が僕じゃないみたいだ。
無敵モード。
受付嬢が困惑した声で会話に入ってきた。
「エ、エクスさん。今日は謝りに来たの」
「その通りだ。エクスさん。すまなかった!この通り」
受付嬢に続いて、なぜかギルマスが真剣味の無い土下座をしてきたけど、いったい何で謝ってるの?ああ、くま吉の言葉を真に受けたのか。哀れな人だ。
「謝罪は聞いたよ。なら用件は済んだよね。さっさと帰って」
土下座したままのギルマスは顔を伏せて続ける。
「エクスさま。B級。いや、A級の席を用意しますのでどうか冒険者ギルドに戻ってきてください」
「A級!?良かったですね!エクスさん」
へえ・・
F級から一気にA級らしい。
こんな適当な組織のために今まで頑張っていたのか。どうせまた下げるんだろ。
もう、遅いんだよ!
ニッコリと笑って宣言した。
「今更、待遇を変えるからとお願いされてもお断りです。僕はぜーったいに戻りませんので、お帰りください!」
ギルマスが、がばっと顔を上げた。え?なんでという表情をしてる。
受付嬢も理由が分からないという顔だ。
「分からないなら教えてあげる。もう冒険者じゃない僕にとっては、ギルドランクなんてちり紙以下だ」
僕は冷めた目で見下ろした。
「話を聞いてくれ」
「エクスさんーーー」
バタンッ!と扉を閉めた。
ふぅ〜っ。スッキリ。
扉の向こうからはまだ雑音が続いてる。
「これからは仕事内容も見直すから!なっ!」
「そうですよ、A級冒険者のエクスさん。私とお付き合いしましょう」
あっ!
頭に血が上ってて言うのを忘れてた。
この2人には言ってあげないと判らないみたいだから、ちょっと嫌だけど。
再び僕が扉を開けたら、何を勘違いしたのか2人は安堵した表情を見せた。
「また来るようなら、熱意に負けてこの街から出て行きますので!では今度こそお疲れ様でした」
別に住みなれた街を出て行きたくないけど、住みにくくなるなら出ていくしかないだろう。
ギルマスは激しく狼狽し必死で謝ってきた。
「すまない、エクスさん。身を引かせて頂きますっ!もうギルドとエクスさんは無関係ですので、失礼しました」
え??
突然のギルマスの掌返しに、僕はびっくりした顔でギルマスを見た。受付嬢もびっくりした顔でギルマスを見ている。
彼にも色々とあるのかな?
まぁいいや関係ないし。
今度こそお別れだ。
パタンッ!と扉を閉めた。
興奮したせいか少し頭が痛い。
これが、怒りという感情か。
なんだかあまり好きにはなれないな。
遠ざかっていく二人の足音を聞いて、ようやく安堵する。
僕はこの日正式に冒険者を引退した。
最後の肩書は、なんとA級だそうだ。
笑ってしまう。
ルカとくま吉に自慢しようかな?