206 待ち構える敵
空が白み始め朝日の放射冷却により大気が凛と冷え小鳥が囀り出す時間、起きているのは眠りにつけなかった者だけ。
ドワーフの薄暗い酒場のVIPルームで、朝霧より白い煙を吐き出しながら目を爛々と光らせる男の渾名はグラス。
彼の本名は誰も知らない。
魔草をこよなく愛するからグラスなんて呼ばれている。
「グラス、少しはクールになれよ」
「だめ。このままじゃ終わらないね。エクスくんは竜の尾を踏んだのさ」
付き合わされてるゲルグは眠そうにアクビを噛み殺す。
「でも相手は勇者だろ?」
「危ない橋を渡るほど生きてるって気がするだろ?ゲルグ」
「たしかに森林警備隊から魔石を掠めた夜は脳天に電撃が走ったな」
ニヤッと笑うふたり。
今度は逃げないよ。
でも、どうやって会うかな。
これは難易度が高そうだ。
そんなおり、走る足音がして手下ドワーフが息を荒くして戻ってきた。
「グラスさん! この街にエクス様が来たらしいぞ」
「は?」
思わず目が点になる。
戻ってきたドワーフの視線に表情をつぶさに観察するが嘘は見当たらない。
それとエクス様と呼ぶ意味も分からない。
ここに居るわけねーんだよ。
そもそもこいつらに探しに行かせたのはただのストレス発散なんだからさ。
「グラス、良かったじゃねえか」
「そうだねゲルグ」
そんなわけないでしょ、とお馬鹿なゲルグを優しい目で見つめると、首を傾げたけてから鋭い目つきになった。
おっ!まさか自力で気づいたのか。
成長したねーゲルグ。
「おい、ドワーフ野郎。なんでエクスを連れてきてねえんだ?まさか今の話は嘘なのか?」
「ほ、本当じゃよ。確かな筋の話じゃ」
まぁ、ゲルグだしね。
ため息をついてるとガタガタと音がして、また一人が何かを誇らしげに持って戻ってきた。
「やった!エクス様から秘宝を賜ったぞ。ほれほれ、羨ましかろう」
思わずさっきまでキメていた魔薬を見たけど分量は問題なさそう。
オーケー、ならこれは現実。
それにしても何だ?あの無意味にぐるぐる回るだけの物体は。
何も考えないゲルグが上機嫌に席を立って、横目に見ながら気楽に生きてていいなと思う。
「お手柄だな!なら、さっさとエクスをここに連れてこい」
肩を叩くゲルグにドワーフは首を横に振る。
「ゲルグさん、それは無理な、うぐっ」
おーおー、最後まで聞かずに首なんて掴んじゃって単細胞だなと、新しい魔草に火をつけ咥える。
「あ?なんだと?」
「ぐぐっ、苦しい。無理なもんは無理だ!神職人に手出しする奴なんかこの国にはおらん」
ウィィィィイン。
落としたエクス君が作ったらしいガラクタが地面をのたうつように暴れだした。
弱ったなと、ぷはーっと煙を吐く。
「それが何なんだ?だったら、エクスのとこまで案内しろやっ!」
「…」
当然のように返事はなく、反抗的な目線に静かな睨み合いに。
ウィィィィイン。
あーあ、緊迫した空気なのに、エクス君の作品は空気を読まないね。
やってくれるね。
あ、ゲルグが切れた。
「うるせええええ。なんなんだよ、これっ!」
「踏ません!秘宝は踏ませぬぞー」
踏もうとした足に、最初の手下ドワーフが戦士の顔で飛びつき内部崩壊の危機に。
あー、ここまでかな。
パンッ!
と手を叩くと、粛清の空気だったゲルグが納得いかない顔で見てきた。
「あ?なんでお開きなんだ。まさかビビったのか?」
「逃げるわけないじゃん。でもさ、わざわざ会いに行くのは二流でしょ」
「なら、どうすんだ?」
「分かってないね。何もしなくても、物語の主役は巡り会う運命なのさ」
へらへら笑う。
「さすがはグラスさんじゃ」
「けっブラフくせー」
余裕を取り戻した。
さて、今すぐに会いに行きたいけど、その挑発は敢えて軽く流すよ。
チキンレースの始まりと行こう。
「ところでさ、エクス君の話をもっと聞きたいな」
「おおっ。聞いた話では、空飛ぶ馬車で来たらしいぞ」
とんでもないねエクス君。
いや、飛んでるのか。
飛ぶ?ははーん、空の女王アミンから下賜された馬車か。
「グラス?何笑ってんだ」
「いやぁエクスくん。勇者を捨ててどうしたのかと思ったけど、王にでもなるつもりかなと思ってさ」
つまりは実力を見せてアミン様と婚約か恋仲になったんだろ。
やるね。
「は?」
「一年だ。このままいけば彼はここの王になる」
それは確信。
今思いついたけど、あのよく分からない未完成の魔道具を動力にしてしまえば、鉄を叩き続ける魔道具が出来るからそれだけでも産業が根本的に変わるんだよね。
少年、今は青年の、目の前に広がるのは未開の豊かなる大地。
「無理だろ」
「いや、たしかにこの秘宝が本当に一年動くなら王になれるが」
「だよね」
信じられないって顔のゲルグに神妙に考えるドワーフ。
でも付け足さずにはいられない。
「エクスくん心配だなあ。案外、草の下にある穴につまづかなきゃいいんだけど」
この穴は深いよ、エクスくん。
ブレーキを踏むか、堕ちるか、見物だねと考えてたら楽しくなっちゃった。







