200 ドワーフ王国へ
フォレストエンドで、魔王を撃破!奇跡を起こした新たな勇者は少年大魔導師エクス。
そんな号外で配られた勇者新聞を見て世界が驚きと祝賀ムード一色の中、酒場で一人怒り狂っている男がいた。
「 んがあああ!クソがクソがクソが!」
サンダル、ではない。
周りのドワーフ達がオロオロする中、ブチ切れまくりっているのは、グラス。
グラス?
もっとクールなイメージがあるからか、腐れ縁のゲルグも賭けに負けてその手下になったドワーフ達も騒ぎを聞きつけた給仕娘も困惑顔で見守るのみ。
「はあっ?フォレストエンドがあの局面から救われた?この俺が、イモを引いただと?ありえねー!!」
新品の酒瓶が机に叩きつけられ、割れたガラスが雨のように踊る。
高価な酒がテーブルを伝い床に飲まれていくのを見て手下ドワーフが沈痛な顔を浮かべた。
「お、おい。グラス。らしくねぇぞ。クールに行こうっていういつもの口癖はどうし、あぐっ」
「黙れゲルグ」
ゲルクの腹から赤い液体がボタボタ流れ落ち、酒場の空気は凍りつく。
この男、なんの躊躇も無く割れた酒瓶の断面でナイフのように腹を刺したのだ。
「ぐっ、落ち着け」
「ねえゲルグぅ、なんで俺がイラついてるのか分かんないの?」
ゲルグは知るかイカレ野郎と思いながらも熱を帯びる腹を押さえてクールに返す。
「安心しろ、新聞は読んだが森林警備隊は奴隷落ちだ。だからここに犬は来ねえ。何の心配もいらねえよ」
なんだ?何も分かってねえみたいな顔しやがって。
「あー、もういいや。まぁゲルグだし。 あれ?お腹から血が出てるよ。お姉ーさんポーション1つ」
「は、はいッ!直ぐに」
給仕娘が走って奥に消えるのを確認したグラスは、新聞を手に取り手下ドワーフに見せつける。
「ねー鎖の君たちチャンスだよ」
「チャンスじゃと?」
「その鎖解きたいでしょ。高いお酒も飲みたいでしょ。そこで!この少年の情報を高く買うことにしました」
「本当か?」
「やだなー、嘘なんてつかないのに」
おっとあまり信用が無いらしく手下共はお互いの顔をきょろきょろ。
「しかし信じれん」
「傷つくね、ゲルグ」
「どの口が。くそっ、俺が保証する。行けっ!」
「はい、ボス」
ぎしぎしと木の床が軋みおよそ情報収集には向かない連中が石畳の街へ繰り出したのと入れ替わりにポーションが届いた。
「あの。ポーションお持ちしました」
「遅せーんだよ。寄越せ」
「ゲルグが床を汚してごめんねー」
「い、いえ。仕事のうちですから」
ゲルグは、ポーションをぐいっ飲み、忌々しそうに給仕娘を手で追いやり、密室を作るとイカレた仲間に想いを吐く。
「グラス、探したってエクスは見つからねえぞ」
「どうかな?」
「勇者様になって成り上がった奴がこんな所まで、小悪党を追いかけて来る理由がねえ。それに運良くあのガキと俺らは敵対してねえ。だから、あいつには俺らに会う理由がねえんだよ」
「俺にはあるよ」
「頼むぜ兄弟、いつもの完璧なお前に戻ってくれ。何に怒ってるのか知らねえが勇者なんかに関わるな。生きてる世界が違えんだよ」
捨て台詞を吐き痛そうに出て行ったゲルグを、グラスは見ていない。
その目は遠く昔を見ていた。ぼんやりした異質の化け物のような少年を。
反省点を探るが、思い返しても最高のタイミングだったはず。
喩えるなら、崖の手前で急ブレーキをかけた。
対して、あの少年は鈍臭いから、崖からノンストップで飛び出した。
しかし大魔導師。崖の上の空中でふよふよと浮いていたのだ。ゆえに堕ちない。
フォレストエンドは堕ちなかった。
「うおぉァァ、俺のアイデンティティを!チキンレースでこの俺が逃げただと!?空飛ぶ馬車とかレギュレーション違反だろがっ」
死んだ方がいい。逃げるくらいなら崖から落ちて死んだ方が遥かにマシ。
人には、命より重要な物があり、その大事な部分を犯されたといったそんな常人には理解できない思考。
「エクスくん、今度は逃げないよ。ねえ?まだ俺は負けてない。予感がするんだ。もう一度、君はのこのこ目の前に現れると」
人はそれを美学と呼ぶ。