19 人形使いルカ2
熊の縫いぐるみを見ていたら、ふとルカの裁縫工房で稼働している自動人形達が目に浮かんだ。
「そういえば、工場の稼働は大丈夫?」
彼女の工房の自動人形に、僕がバフ魔法をかけるのとかけないのとではだいぶ効率が違う。このままで今月の納期には間に合うのだろうか?
そう考えながらも、僕の表情は死んでいく。
あれれ?
せっかく僕がルカの事を考えてるというのに、ルカときたら悲しい顔をして、やれやれと両手を広げて僕のことを見てきた。
ぷるぷるした唇が言葉を紡ぐ。
「あの話を聞かされた後に、私にその話をふるぅ?それで働かせたら、私はまるで悪魔みたいじゃない」
うっ、ごもっとも。
それは、そうだけど。
くぬぅ〜勝ち誇りやがって。
負けぬ。
しかし手元にあった受付嬢ミサイルはもうないし。つい誘惑に負けて、条約違反の武器を手に取った。
「えっ、でも熊は?」
ダダダッ!
言葉の弾丸が飛ぶ。
「クレイジーベアーは、別」
「そ、そうだぜ。相棒。俺を見捨てないでくれっ」
ルカはむすっとしながらも冗談として取り合わなかったけど、熊は割と本気で被弾したらしく足に抱きつき震えてる。
なんか、ごめん。
「ごめん、冗談だから。あー、ルカは小悪魔だったね」
無理矢理笑って誤魔化すと、ルカはビシッと指を突き立てて怒った。
「いい?覚えておいて。貴方が居なくても世界は回るの!責任感を履き違えないで。確かに貴方は役に立ってるわ、でも私の工場は生産を減らせばそれで終わり。だから、貴方が他の誰かの代わりに傷付く必要なんてないの!分かった?」
凄く怒ってた。
僕のために、僕を怒ってた。
意味不明だけど、怒られてほっとしたのは初めてだった。僕はもしかしたらドMなのか?い、嫌だ。
「ごめん」
「お願いだから、さっきみたいな表情しないで。今は少し休んでよぅ」
泣きそうな顔でルカが僕の服を掴んだ。
「ありがとう、ルカ」
「バカ」
今度は泣いてた。
僕のために。
ルカは怒ったり泣いたりと大忙し。
気まずくなって目を逸らしたら、熊と目が合った。
「僕は、そんなに酷い顔してたのか?」
俯いたまま熊に尋ねる。
特に答えは期待してなかったけど、熊も主を真似して手を突き付けてきた。
えっと、人差し指はどれだろう?
「いいか相棒、覚えとけ。男は顔じゃねえ。中身だ!」
どうせ丸パクのクレイジーベアー先生は、自信たっぷりにドンッと自分の胸を叩いた。
・・・・中身。
彼の中にはふわふわが詰まっている。
「綿のくせに」
どうやら、言い返せないようで、わたわたと両手を動かしてルカに向かってジャンプする。
ほら、丸パクするからそんな事に。
「あ、主〜」
「はいはい。クレイジーベアー、貴方はふわふわで素晴らしいわ」
ルカが胸に飛び込んできた熊を受け止めてぎゅっと抱き締めると、話を続けた。
「エクス、これからは嫌なお願いはハッキリ断りなさい。世の中には受けた時点で既に失敗している仕事があるの。貴方は何でもこなしてしまうけど。抱え込みすぎて今みたいに潰れたら駄目」
「分かった。覚えとくよ」
やはり、ルカ先生は、クレイジーベアー先生のゴーストライターだ。
素直に教えを拝聴すると、ふふっと満足そうに笑った。お礼に提案をする。
「家までお送りしますよ、お嬢様」
「あら?ありがとう」
それで、宿屋を出て暫く歩いてるんだけどルカは道中、一言も話さないお人形さんになってしまった。
ほんとに、この子は。
僕の裾を離さないで背中に隠れるようについてくる。
さっきの威勢はどこにいったのやら。
口だけ番長のルカ。
今度は僕が守るからね。
僕は、騎士にクラスチェンジした。
ルカの工房が見えてくる。
やれやれ、どうやらまた無職に戻りそうだ。
「ありがとな相棒。また遊びに来いよ」
「分かった」
にっと笑って僕は答えた。
「いいか。すぐに来るんだぞ、10日以内にっ!」
「はいはい。またねー」
ルカは手を振ってお見送りしてくれた。
くるっと振り返り一言告げる。
「ルカ!今日は勇気を出してよく来たね。久しぶりに会えて嬉しかったよ」
ルカの顔が真っ赤になって、熊で顔を隠した。
良しっ!僕の勝ちだ。