189 手料理2
ルカの近づく足音がして、僕とライ姉は目を輝かせた。
少し寝不足気味のルカがくま吉を抱いて現れたので、素っ気なく声を掛ける。
「おはよう、ルカ」
「おはようエクス。なんだか美味しそうな匂いがする!」
ふふふ。
「相棒、お祭り放映興奮したな」
「ごめん、寝てた」
おっ! テーブルの料理に気づいたらしく、興奮して朝日に輝く白銀の髪を揺らしライ姉の手を握った。
「ライネちゃん、美味しそう!」
「いえ、それは旦那さまが作ってくれたんです」
なんだよ。その目は。
「エクスが作ったの!?」
「うん」
「旦那様は凄いですよね!」
といっても、ベーコンエッグとパンに野菜サラダを添えて適当なスープを付けただけ。
「やるじゃねえか相棒」
「ふふ。冒険者飯だけど、召し上がれ」
「ありがとエクス」
そっと椅子を引いてエスコートする。
でも、背筋をピンと伸ばして座ったルカは貴族の娘だからか、自分で作るという発想が無かったらしくびっくりしてなかなか手をつけない。
毒、なんて入ってないんだけどな。
「メモリー」
「主、そろそろ食べようぜ」
ようやくルカは、スプーンを手に取りスープを優雅に口に運ぶと、穏やかに微笑んだ。
「·····美味しい」
「良かった」
初心者の味だけど、褒めてくれた。
嬉しい。
いつもより、もくもくと食べるルカはちょっとうるって泣きそうになってるけどスルーして、心の中でガッツポーズ。
「でも、なんで料理を?」
「ルカをびっくりさせたくて」
嬉しいのか照れてるのか動きの止まった、ルカは悔しそうというか照れ隠し?
「ずるい」
「へ?」
「私も作る。今度は私がエクスをびっくりさせてあげるんだから」
「う、うん」
なんか知らないけどスイッチが入ったみたいだ。
「主、斬るのは俺っちに任せろい」
「ありがとう、クレイジーベア」
「奥さま、楽しみです」
くま吉が、くるくると断ち切り鋏を回してるのを見て少し不安だ。
「それで、エクスは何が食べたい?」
「え!?·····ええと」
いきなり聞かれても、困る。
冒険者を辞めたときは串焼きが食べたかった。で、腹いっぱい食べた。スライムウォーターを卒業して、今やジュースまで飲んでいる。
もしかして、贅沢しすぎたせいで食べたいメニューが無くなってしまったか。
「なんでも言ってみなさい」
「紅葉蟹?」
咄嗟に浮かんだ言葉にルカが困った顔で口を尖らす。
「なによ、それ」
「いや、ぱっと浮かんだだけだから。それに腐りやすいから地元でしか食べれないし。そうだ!お肉の串焼きは?大事なのは、何を作るかより誰が作るかだよ」
慌てて取り消すけど、ルカは横に首を振る。
「そんなの行商にエクスの氷を持たせて取り寄せすればいいじゃない。その紅葉蟹で何か作るから」
「うん」
もみじがに。
思い出すと涎が、あの濃厚な甘みと複雑なコクが美味しいんだよね。脳内にあの日の優しいお姉さんの声が響く「ほら、涎出てるよ」「ごめんなさい、師匠」「いいの、いいの」。ふと、初恋の師匠のことまで思い出してしまいズキリと胸が痛む。
「どうしたんでい?相棒。何か気がかりか」
「いや、ちょっと。なんでもないよ」
なぜだか分からないけど麗しき師匠エリーゼの話はしてはいけない気がして無理に笑って誤魔化す。
誤魔化したんだけど。
あぁ、こういう時の女の人の勘の良さって何なんだろうか。
「あやしい」
「き、気の所為だよ。なっくま吉」
もふもふ野郎に助けを求めるが、悪い顔をしているような。
な、なんだよう。
「どうした相棒。魂が揺れてるぜえ」
「うっ」
それをルカが大根役者のように驚く。
「そうなの?クレイジーベア」
「あぁ、何か隠してやがらあ」
僕を売って撫で撫でされてる熊野郎を見限り、ライ姉を見たらわくわくした顔。
ニトラとセーラさんは夢の中だし、マーラはどこかに行ったまま。
助けてー。
誰でもいいからっ。
そんな僕を助けてくれたのは意外にも魔王フールだった。