188 突然始まる手料理1
魔王討伐がほぼ確定して、壮行式が延期になりホワイト王国が揺れる頃。
エクスは少し早く起きた。
人々が不安の夜を過ごす中、もしくはレビジョンの深夜放映魔法を見て興奮して寝不足の中、この常識が壊れた少年は一人だけすやすやと寝ていたから。
「早起きしたな····」
台風の日、昇格試験の前日、そんな特別な日は何かいつもと違うことがしたくなる。
魔王と戦ったせいなのか僕の心は昂っていた。
手には包丁。
「ふふふ」
外はまだ真っ暗闇の中、ギラリと光るそいつを握って。
「とりゃ!」
モスファングへ突き立てる。
もちろん肉屋で買ってきた肉塊に。
つまりなぜか知らないけど、料理をやってみたくなったのだった。
「なんか今日はイケそうな予感がする」
ぴかぴかの新品のフライパンを一日中燃え続けるカマドに乗せて温めて、厚めにスライスしたベーコンを投げ入れると滲み出た脂がチリチリといい音を奏でだす。
カリカリになるまで揚げて、さっと取り出すと1品目が完成。
「で、出来た!」
参考にしたのは、この前読んだ冒険譚でベテランの戦士が作って振る舞うシーン。
達成感に満たされる。
「あっ、ガーリック忘れた。·····まぁいいや」
2品目は目玉焼き。
チキンバードの卵を取る手に僅かな緊張がはしる。
「いくぞ」
昔、卵焼きを作ろうとした時は、焦げたスクランブルエッグになったけど、今日は脂を引いてるから大丈夫なはず。
コンコンとたたき割り、熱したフライパンに投入!
「うわっわわわ」
しまった!殻が。
慌ててスプーンで掬い取る。
「うっ」
殻は取れたけど、またスクランブルエッグに。
目玉焼きのくせに難しいとは。
でも脂のおかげでふわふわになったので、成功している気も。
お皿に入れた2品目をスプーンで味見。
「美味しいっ!スクランブルエッグ成功だ」
この家では誰も料理しない。
ルカは貴族の娘なのか料理をするという概念が無いし、ライ姉は皮も無駄にしないというかそのまま。ニトラなんか本当に美味しいのは生肉なんて言い出すしまつ。
まぁ、僕もこの家では初挑戦なんだけど。
同じ手順で皆のも作って、誰か起きないかとわくわくと待っていると、玄関先でガタガタ音が聞こえた。
「誰だろう?」
廊下は寒いのでコートを羽織り、もこもこスリッパに足を入れて、浮遊するギルマスの肖像画に乗ってお出迎え。
「エクス。帰ったぞ~。えへ~」
「おかえりマーラ」
酔っ払いマーラだった。
妖艶な笑顔を浮かべていつもよりエロい大人のお姉さんでちょっと見蕩れてしまう。
「エクスは凄いなぁ~んんぅ。キスしてあげる」
「いや、要らないです」
襲ってきたのでガード。というか酒臭いよ。
「なんでだ?私は美人だろ」
「そうですけど、酒臭いし」
ご機嫌だったマーラの顔から笑顔が消えた。
「·····」
うっ。
罪悪感がちくちく。
「ご、ごめ·····んん?」
マーラの据わった目が今度は眠そうにトロンとして大きなあくび。
もしかして、傷ついたわけじゃなくてお酒が回って限界がきただけ?
「眠い」
「朝ご飯食べます?作ったんですが」
ふるふると横に首をフラれた。
「たべれない。ねる。おやすみ」
「おやすみ、マーラ」
朝だけど。
限界なのかふらふらと斜めに歩きだしたマーラは壁を擦りながら自室へと消えていった。
「次!」
褒めて貰いたくてセーラさんの研究室へ。
「おはようございます。セーラさん。入りますよー」
いつも通り反応は無いのでそのまま入室。
残念、どうやら布団を被る気力もなく倒れるように眠ったらしくガタガタ震えながら眠ってた。
「風邪ひきますよ」
布団を掛けてあげると、とても幸せそうな顔になった。
偶然だけど、少しだけ来て良かった気がする。
「誰か起きないかな~」
台所でうつらうつらしながら待っていると日が高くなってきた。
軽い足音がして、扉を開く音。
気分は獲物を待ち構えるキラースパイダー。
「おはようございます!?旦那様」
「おはよう!ライ姉。さぁ座って」
びっくりしたライ姉に着席を促す。
「な、なんです???」
「ふふふ、料理を作ったんだ」
ファイヤーボックスの手前に入れて温め直したベーコンエッグと、奥に入れて焼いたパンを出す。
「美味しそうです」
「どうぞ」
というか、ファイヤーボックスの火に近い部分に入れればフライパン使わなくても出来たのでは?と今さら気づく。
「幸せです~」
「良かった」
美味しそうに頬張りながら尊敬の瞳で見てくるけど、なんだかな。
「きっと、奥さまも驚きますよ!」
「そうかな?」
どうなん、だろう。
ちょっと不安と期待。
「楽しみですねー」
「うん」
キラキラした瞳に一片の曇りなし。
獲物を待つキラースパイダーが2人に。楽しみ。