18 受付嬢を撃退せよ
喫茶店に入って出ると、どういう事かお金が増えていた。
ルカが依頼料を無理矢理渡してきたからだ。いつもよりだいぶ多い気がする。
「はい、コレ」
「いや別に今回は、働いた訳じゃないんだけど?」
むすっとした顔で見上げてくる。
「貴方が受け取ってくれないと私が困るの。次は頼みにくくなるじゃない。」
「ええー」
冗談でそう返すと
「相棒、俺を見捨てないでくれ!」
熊がひしっと抱きついてきた。めちゃめちゃふわふわしてるボディ。
必死なんだな、コイツも。
「ありがたく受け取りました」
「それで良いのよ!」
「やれやれ、好意は素直に受け取っとくもんだぜ相棒」
そんなルカを家まで送っていく。
さっきまで饒舌だった人見知りのルカは、店を一歩出るとお人形みたいにお淑やかになってしまった。
宿屋に忘れ物したから、ついでに寄っていく。
これが良くなかった。
あまり会いたくない人がいたからだ。
でも、どのみち会うのは避けられなかったわけで、強制イベントに突入した。
この人が嫌いという訳じゃなくて、冒険者ギルドが苦手。
「エクスさーん。待ってました」
「・・はあ」
宿屋まで押しかけてきた受付嬢を無視して部屋に上がると、なんと平然と部屋の中までついてきた。
そして今、真昼間から部屋の中に可憐な女子を2人お持ち帰りしたハーレム野郎の僕が完成。
「喜んでくださいエクスさん、C級に戻りました!1ヶ月後にはB級冒険者が約束されてます」
「えっと、僕は辞めてますし、F級でしたよね?」
「それは逆境を跳ね除けて大きくなるようにギルマスが試練を与えていたからです」
「・・試練」
「これからは貧乏人の依頼はギルド側で断っておきますので、高い指名依頼を中心にこなせますよ。それで、その。エクスさんは私の恋人候補に昇格です。デートに誘ってくれても良いんですよ」
「・・指名依頼」
うんっ考えるまでもない。
ノータイムでお断り案件だ。
ルカがぎゅっと僕の裾を引っ張った。
そして僕の背中に隠れた。
うんうん。知ってた。
君はそういう子だ。
でも、ありがとう。
勇気が貰えた。
僕は変わったんだ!
あの頃とは違う。勇気を出して言うんだと拳をぎゅっと握る。
すぅーっと息を吸ってお断りしようとしたその時。
「おうおう、嬢ちゃん。黙って聞いてりゃ勝手な事ばかり言うじゃねえか!」
なんと突然、熊が吠えた!
あ然として僕と受付嬢が熊の縫いぐるみを見つめる。
僕の、決め台詞が取られた。
熊の縫いぐるみなんかに。
「エクスさん、縫いぐるみが喋りましたよ!」
熊を指さし、はしゃぐ受付嬢。
なぜかその隣でルカが誇らしげにしてた。
「くま吉は撫でてやると喜びますよ」
決め台詞を取られた僕は、腹いせに受付嬢ミサイルを熊に放つ。
いいでしょう戦争をしよう。
反撃開始だ。
僕は奪われたセリフを取り戻す。
ターゲット、ロックオン。
「そうなんですか、くま吉ちゃん」
深く考えない受付嬢はそう言って僕の手先に成り下がり手を伸ばしたけど、熊にぺちんっと手を叩かれて迎撃される。なんて事だ、僕のバフ魔法の筋力+1を逆手に取ってくるなんて。
「俺はクレイジーベアーだ!気軽に触るんじゃねえ」
ううっ、とあざとい仕草で手下の受付嬢が僕に助けを求めて見てくるが、熊の追撃は続く。
「ようよう嬢ちゃん。試練って言葉に簡単に騙されてたけど、魔導師は希少性からC級スタートだろ。つまり、ギルマスは相棒に入った依頼料を中抜きして小遣いにしていたんだ!」
そうだったのか!
驚いた顔で、僕と受付嬢は顔を見合わせて、熊の名推理を拝聴する。知力+1の熊なんかに教えを乞う。
おおかた喫茶店で僕のいない間にルカが熊に教えたのだろうけど。
丸パク先生のクレイジーベアーは、さらに追撃するっ!
熊3連撃。
おっと、こいつは本当にクレイジーだ。
「だいたいよ、筋が通ってねえ!まずはギルマスが相棒の所に謝りに来るべきだろうがよ」
その通りっ!
すとんと納得のいく話だったため、僕と受付嬢は、あっという顔をした。
たとえ謝られても働きませんが。
それとこれとは別ですので。
縫いぐるみの熊に人の道を説教されて、ついには項垂れる受付嬢。
クレイジーベアー師匠と呼ばせて頂いても?
任せてください、死体蹴りは僕の仕事です。
「そういう訳で、お断りします。僕は働きません」
「ですよね」
受付嬢の顔がしゅーんとして撃沈。
受付嬢の撃退ミッションクリア。
お帰りはあちらですと、ドアを開けたら、キィ〜というなんとも悲しい音がした。
受付嬢が部屋をとぼとぼ出ていくなり、人見知りのルカが息を吹き返す。
「貴方、クレイジーベアーに感謝しなさいね」
「ありがとな」
熊がテレテレと仕草をした。
「ヘヘッ良いって事よ相棒。特別にくま吉って呼んでくれてもいいぜ」
全く頼もしい味方だよ。
中身はふわふわの綿だけど。