162 スタンピードの延長?
それから1週間。
街は賑やかさを取り戻した。
夜逃げで人が減ったはずが、魔石特需に沸いた流れの冒険者達がごろごろと居着き、食堂は大盛況なので出前をしてくれなくて受け取りに来ていたりする。
「エクス!ごめんな~お姉ちゃんは忙しくて」
「いいですよ」
「バイトォォォ、8番上がったぞぉおお」
「てんちょー了解です」
僕はいくらでも待てるし。
ガヤガヤとした噂話でも聞きながら時間を潰そうと、少し高いカウンターの椅子に座って届かない足をぷらぷら。
「なぁ職人連中がまだ帰ってこないらしいぞ」
「金持って逃げたんだろ、バカバカしい」
そういえば、逃げた人も増えたような。
「スタンピードとか言いながら結局起きるのか?起きないのか?」
「あー、まるで延長されているみたいだな」
うええ、視線を感じるよ。
そんな初級魔法なんて無いのに。
ざわりと空気感が変わったので、びくりと騒ぎの方をちらりと見たら、定食屋にオークが。いや、オークのような奥さまが怖い顔で席の近くにのしのし歩いてきた。
「あいたっ!」
すぐ後ろの噂話してた冒険者のおっちゃんがベシンッと叩かれたよ。怖っ。
「あんたァ、遊んでんじゃないよ!今は人手がぜんぜん足らないんだからね!」
「す、すまねえ母ちゃん」
あー、ずりずりと引きずられて連行されて行った。
もう一人の人も慌てて飲みかけのエールをぐいっと飲みきって何処かに駆け出したし。
「エクス~お待たせ」
「ありがとうございます」
汗ばんだ手から料理を受け取りお金を渡す。不思議と嫌じゃなくてフェロモンなのかちょっとドキドキ。
「へへ、お姉ちゃん。なんか限界知らずなんだ。いくらでも働けるみたいな」
「そ、そうですか」
あの時のバフ魔法だよな。
バフ中毒にならないと良いんだけど。
「またな~」
「頑張ってください」
ホカホカの紙袋からはいい匂いがする。
実は今日はスラムの子に、臨時ボーナスをあげようとちょっと多めに買ってあったりする。
喜んでくれるだろうか。
楽しみ。
おおっ!寄り道して会いに行こうとしたら、タイミング良く向こうから手を振ってきた。
「おーっ兄貴じゃねえか!」
「良かった。探したてんだ」
この太っちょのリーダーの少年は、ライ姉に片思いして最近ダイエットを始めてるらしい。
「それより、アニキ!見てくれ」
「どうしたの?」
泥だらけの顔で興奮しながら、なんか大きな荷物をガサゴソ。
「へへへ、綺麗な残飯をこんなにたくさん見つけたんだ。これを売って大儲けだ。商売センスあるだろ?」
「うん。·····スゴイネ」
「あっごめん。何か用があった?」
キラキラとした瞳で見上げてくる少年。
「いや無いよ。良かったね」
「うん!」
なんか、さぁ、もうちょっと、ほら。
何かあるでしょ。
残飯漁りって。
でも、ブラック冒険者だった僕から仕事のアドバイスなんて出来る訳もなく。
あああ! 悩むよ。
ちょっともやもやしながら、買いすぎた食料を押し付けるべく、リィナのお店へ方向転換する事に。
うへぇ。
ここも、随分と繁盛してて戦争のよう。
「なあ!お姉さん。空を飛べるアイテムは無いのか?」
「うちに、そんなモンないよ!」
「すみませーん、お姉さーん」
「おいっ店員これどうやって使うんだ?」
「あのー店員さん」
可哀想。
「あらエクスくん?エクスくんじゃないかい」
対応に疲れ気味のおばちゃんに見つかった。嬉しそうに駆け寄ってる。
「大変そうですね」
「エクスくん。暇そうだね。お店屋さんごっこしないかい?」
ほほーう、そうきたか。
「嫌です」
お断りしたのに、悪い顔になって後ろをくるり。
「リィナ~!エクスくんが来たよ」
「エクスお兄ちゃん!」
うわっ店番していたリィナがすっ飛んできた。子供のお願いには弱いのに。
「遊びだよ遊び。お店屋さんごっこ。リィナもエクスくんに遊んで欲しいよねー」
「うんっ!」
キラキラした瞳で見上げてきた。
子供を使うなんて非道な。
しかし·····僕には弾丸がある。
「リィナちゃん。ご飯食べた?」
「ううん?まだ」
食らえーーー。
「買ってきてあげたよ」
「大好きっ」
「エクスくん、悪いねえ。リィナ良かったね」
抱きついてきたリィナの弾力を感じながら、ほかほかのケバブを2人に手渡す。
「はい、熱いから気をつけてね」
「うん。ありがとー」
「エクスくん、ありがとう。こんな良い婿が来てくれるなんて家も安泰だよ。今夜はサービスするからね」
ふふふ、それはどうかな?
リィナが美味しそうにぱくぱく食べて満腹になったのか、目がとろんとなってぱたりと倒れた。
勝った!
「ねみゅい。リィナねりゅ」
「おやすみ、リィナちゃん。では、お仕事、頑張ってください」
おばちゃんが、ハッ!て顔で見てきたけど僕の勝ちだ!
「エクスくぅぅぅぅぅん」
ふふふ、仕事を押し付けてくるからです。
男は黙って背中でさよならを語るのさ。