159 マーラ回収
重力から切り離されたら身長も筋力も要らない。それは新たな気付きだ。
楽しーいっ!
あっという間に、背の高いマーラを引っ張って家まで到着っと。
「マーラ着いたよ」
「·····」
魔法を解いてふわりと着地すると、身長が縮んだ気がした。
いやマーラが大きいだけなんだけどね。くすん。
見上げるとまだ元気が無さそう。
「まぁ、入って」
うっ!玄関を開けたら、ルカがいた。
「エクス、おそ·····」
嬉しそうな声がマーラを見つけてピシッと固まり、だんだんと険悪な表情になっていく。
隣にいたライ姉が、そんなルカと僕を交互に見てあわあわするし、なんだ?この状況?
「ただいま」
「·····」
返事なし。
ルカは硬直、ライ姉は混乱。
くま吉に助けを求めると、ニヤリと笑ってやれやれと両手を広げてきた。
「相棒、浮気は感心しねえぜ」
「違うよ!」
悪い冗談だ。
「へっ。冗談はさておき、嬢ちゃん。ひでぇ有様だな。いってえ何があったんでい」
食えない熊は、僕が気を使って聞かなかった事をズバズバ聞いてくる。
びしょ濡れのマーラを心配して見上げると、死にそうな顔でぷるぷる震えて、あっ!逃亡しそう。
「エクス·····帰る」
「駄目だよマーラ!ライ姉、お風呂に連れて行ってあげて」
「は、はいっ!分かりました。こっちです」
ぐいっと引っ張って、ライ姉に引き渡す。
「嫌、死にたい」
「とりあえずお風呂!」
「マーラさんッ!!旦那様の命令は絶対です」
「あぅ」
ライ姉が狂信的な目で引っ張って行ったのが気になるけど、気にしたら負けだ。
うーん。
びちゃびちゃと床を濡らしながら連行されていくのを見送ってると、冷静さを取り戻したルカが不思議そうに尋ねてきた。
「エクス、何があったの?」
「分からないけど、街中で氷漬けにされてたんだ」
ルカが可愛く首を捻るけど僕にも何がなんだか。
「フールに負けたの?」
「そうみたい」
「ふーん。意外」
「そうなの?」
「だって、効率は考えられる限り最高だし、勝てると思った」
へー。まぁいいかと、難しい顔で考えだしたルカに素朴な疑問をぶつけてみる。
「それよりルカは何で玄関なんかで待ってたの?」
ぴくっと震えてあわあわ。
「そ、それは、その」
何故か、もじもじ。えっと·····。
「くま吉?」
「へっ、主はな相棒の為に手料理を作っむぐ」
「クレイジーベア!秘密だったのに」
ルカに、くま吉が取り押さえられてじたばたしだした。なんで黙っていたのだろうか?サプライズ?違うな。·····保険を掛けて美味しいと言われてからネタばらしするつもりだったのだろう。
やれやれ。
「そういえば、お腹が減ったな~」
「·····ご飯にする?」
「うん!」
わざとらしかったけどいいよね?
そわそわしたルカに、案内されたテーブルにはお洒落な感じで料理が並べられていた。
ハイブランドやってるだけあってセンスが良い!
銀の磨かれたカトラリーが沢山並んでいてルーラ姫との食事会を思い出してテンションが上がる!
「これ作ったの?凄い!」
「そうかな」
興奮して伝えると、満更でも無さそうにそっぽを向く。
「食べていい?」
「どうぞ」
素っ気なく言いながらも、ちらちら見てきて可愛い。
席に座ると僕の好きな料理が並んでて、どれにしようか迷う中、スープが目に入ったので手に取るといい香りがした。
頂きます。
もう間違えないぞ、スープ用のスプーンはこれ!
「美味しいっ!」
「そう?良かった」
これは、隠し味にポーションが入ってるな。
「作ってくれて、ありがとう」
「どういたしまして」
えへへと笑うルカ。
エクスは何が好き?と最近やたらと聞いてきた理由はこのためだったのか。
「ルカも一緒に食べよう」
「ええ」
ルカは凄いな。
今度、僕も何か作ってみようか。
喜んでくれるかな?
「相棒、これは俺っちが作ったんだぜ」
差し出された、がたがたに切られた具材は星なのかな?違うかも?
「味が染みて美味しいよ」
「へへっどんなもんでい。照れるぜ」
「エクス、これも食べて」
「んんああっ分かったから、引っ張らないでルカ」
げふーっ。少食なのですぐにお腹いっぱいになった頃、ライ姉が帰ってきた。
「旦那さま。マーラさんをお風呂に案内してきました。お食事も誘ったんですが何もいらないそうで部屋で休んでます」
「そっか、ありがとう」
超ご機嫌なルカが何か言いたそう。
「後でお腹減ると思うから、部屋に残った料理を持っていってあげて」
「はい奥さま」
余裕があると人って優しくなれるよね。
「なによエクス」
「ふふっ、なんでもないよ」
料理を取り分けだしたライ姉の心配そうな表情が気になり、待ったをかけた。
「ライ姉、マーラと何かあった?」
「旦那様。街から逃げなくて大丈夫でしょうか?マーラさん、ずっと逃げろって呟いてて」
ははーん。マーラはよほど怖い思いをしたのかな。
「大丈夫だよ!フールは、スタンピードを起こさない限りは街中に入れないらしいし」
「そうなんですか?」
「まぁ、くま吉から教えて貰ったんだけど」
「よせやい照れるぜ」
「熊先生、凄いです!」
まぁ、そういう事は虚ろの住人に聞くのが一番だろう。
「くま吉、ライ姉にも教えてあげて」
「へへっ。任せろ相棒。いいか、魔王になると、魔物が生み出せる代わりに、魔物の攻撃総量が街の結界を超えないと街に入れなくなるんだ。こいつがスタンピードの仕組みだぜ」
「そうなんですか。でも強い魔物を産んでスタンピードが起きてしまったら?」
その時、僕は戦うのだろうか?
人間相手に。
心配そうなライ姉が見ていられなくて、つい無意識の言葉が出た。
「僕がやっつけてあげるよ」
「凄いです!信じてます旦那さま」
「さすがだぜ相棒」
「私も戦うから」
覚悟は決まらないけど、カッコつけてみたら、ルカが後押ししてくれた。
「頼りにしてるよルカ」
「任せてエクス」
「奥さまも素敵です」
ふふふ。それに、転送門もあるから、やっぱり戦いたくなくなったら街の人たちと皆で王都に引越しちゃえばいいし。
だから、余裕なのです。
「ふふふ」
「エクス?」
ルーラの爺やから、御自由にお使いくださいって言われてるしね。