148 手品師エクス
「ルカ、見せたいものがあるんだ」
「ま、待って」
「了解」
今日のコーデは小さな帽子らしい。
「お待たせ。で、何を見せてくれるの?」
「自動車」
「出来たんだ!」
わくわくするルカとくま吉を連れて、いざお披露目式。
ババーン!魔改造馬車(試作機)を見せつける。
「どう?」
「相棒?いってえ、どこにあるんでい?焦らさないで、早く見せてくれよぉ」
「?」
そういえば、この馬車は魔法を掛けただけだから、見た目は何も変わらなかったね。
こてんと首を傾げたルカの手を取り客室へ引き上げる。
「とりあえず2人とも乗りなよ」
「ひゃう」
きょろきょろと間違いを探しをしてくれるけど、内装も変えてないわけで。
「相棒、分からねえ。これはお手上げだぜ」
「教えてエクス」
「正解は馬がいないでした」
文句のありそうなくま吉と、笑顔のルカ。
「そりゃないぜ」
「エクス、はやくはやく」
「セーラさーん、お願いします」
「任せてくれ。発進!」
車輪がカラカラと軽い音を立てて、不貞寝する馬を横目にゆっくりと街の中へ。
くま吉は外をきょろきょろ。
ルカはにこにこ。
そして、僕は小さな変化に気付く男。
「ルカ、その小さな帽子は新作?似合ってるよ」
「あ、ありがと」
恥ずかしそうに俯いたルカ。
そして、気付いた事はもうひとつあって。
この自動車・・・馬車と乗り心地も同じ。
「相棒、普通だな」
「・・・うん」
くま吉は飽きたのかぐでっとしだす。
道行く人が驚いた顔で二度見するだけの無意味さなのに、ルカはなぜか有頂天。
「ご機嫌だね?」
「エクス、ありがとう」
「う、うん?」
「だって、これに乗るのは私たちが初めてなのよね」
「そうだけど、1番が好きなの?」
どうも不正解らしく、ルカ先生がお姉さんぶって人差し指をくるくる。
「あのね、エクス。教えてあげる。これからこの自動車が普及するでしょ。その度に最初に乗った人の名前が出てくるの」
「ええ? それだけ?」
微妙すぎる。
「そう。それだけ。長い長い歴史の1ページに2人の名前が永遠に刻まれるのよ。そして自動車に乗る度に皆が2人を思い出すの」
「それは、ロマンだね」
ゴンゴンとセーラさんが連絡窓を叩く。窓を開けないのはルカへの配慮から。
「少年!加速してもいいか?」
ルカを見たら頷いた。
「はい、お願いします」
「加速せよ。ギアセカンド」
楽しそうな声と共に、車輪の音がガラガラに変わりスピードアップ。
「おおっ!速い」
「相棒、俺っちは自動車を見直したぜい」
段差を踏んで音がガコガコに変わると、ルカがそっと触れてきた。
「揺れるね」
「うん」
「主、俺っちに任せろい」
ぴょーんと飛び出したくま吉はガラッと窓を開けてセーラさんに注文をつける。
「よお姉ちゃん。もっと速度をあげてくれいッ!」
「くま吉?何を」
「任せろ。加速」
テンションが上がった声がして、ガガガッと揺れはますます酷くなり、ルカがぎゅっと抱きついてきた。
「エクス」
揺れる視界の先では、いい仕事したぜって顔のくま吉。
でも、なんか嫌な予感が・・・
縦揺れはどんどん激しくなっていき、しまいには変な音まで。
ゴゴゴゴン、ガンガガン、バキッ!
「うわっ!」
「ひゃう」
左後がガクンと沈みふわっと浮いて、ビリビリとお尻に振動が。
「緊急停止!!」
緊迫したセーラさんの鋭い声で、ギャリギャリと車輪が石畳を滑り、ゴロゴロゴロゴロという音が聞こえた。
セーラさんの叫び声も。
「ああっ止まれッ頼む!止まってくれッッ!」
ドゴンッ!ギシギシ・・・ズダーン!!
「ああっ!!!」
衝撃は感じなかったけど、何かにぶつかったのだろうか?しがみついた座席の斜めに停止した車窓からは空が見え、カラカラと車輪が空転している。
ふっと消えた隣の温もりでルカの事を思い出した!
「ルカ!大丈夫?」
「うん。クレイジーベアが守ってくれたの」
「へへ、照れるぜい」
声の方を見ると投げ出されたルカの下でくま吉がクッションになっていた。
偉いぞくま吉。
「セーラさんは大丈夫ですか?」
「やってしまった。・・・どうしよう少年???」
「え???」
事故を起こした!
心がざわざわし、その内容を伝えるかのようにざわざわと周囲の野次馬の声が耳に入ってきた。
「おおーっ、誰かが役立たずのイゼルを倒してくれたぞ」
「あれはこの街には必要ないからな」
「心酔してたくせに」
「騙されてたんだ」
まさか、イゼルさんとか言う人を怪我させた?
サーッと青ざめる。
ガチャガチャ!
扉が開かないっ。枠が曲がっているのだろうか。
「んんッ!開け」
曲がった扉を蹴り開けてゴロゴロ転がりながら外に出ると茫然自失のセーラさんがいた。
「セーラさん!」
「事故を起こす気なんて無かったんだ」
視線の先は広場の中央で遠くて良く見えないが、ひとだかりが。
「とりあえず確認に行きましょう。間に合うかもしれませんし」
いつの間にか背中にピタッと張り付いていたルカを連れて全員で事故現場に駆けつける。
砕けた銅像の隣には車輪。
外れて転がってきたのだろうか。
よしっ、どうやら怪我人はいないようだ。
「ふーっ良かった」
おそらく車軸を切った後に抜けないように固定するのを忘れていたのが原因だろう。
ドワーフの人を雇わないと。
ざわざわと野次馬が集まってきた。
「いやー、あんな像は街の中央に要らないけど、弁償はどうするんだろうね」
「相手がイゼルだから生涯まとわりつかれるぞ」
「可哀想にねえ、あの子たち」
不穏な内容に、顔面蒼白のセーラさんと震えるルカ。
冷静なのはくま吉だけ。
「相棒、ぱぱっと弁償しちまえばいいじゃねえか」
たしかにそれが簡単だ。
だけど首を横に振る。
「駄目だよ、くま吉。それは出来ない」
「え?踏み倒して逃げんのか相棒。ワルだぜ」
ルカは言った。
歴史を刻むんだと。
だから、こんな歴史は残しちゃいけない。
「違うよ。魔法を使うのさ」
「魔法っていってもよ」
心配そうに見守るルカの耳元で囁く。
「大丈夫、僕は大魔導師さまだから信じて」
「エクス?」
まぁ、見てなって。
セーラさんとルカへ向いた下世話な視線を奪うべく、一歩前へ。
僕を見ろ!
「皆さーん!大勢お集まり頂きありがとうございます。本日はこれから奇跡をお見せしましょう」
ざわざわ。
そうだ、僕だけを見ろ!
ルカもエクス何するの?って他人事みたいに見てるけど巻き込んでいくスタイルなので、くるっと振り向いて綺麗な顔に手を伸ばす。
「そこの高貴なお嬢様、少し帽子をお借り致します」
赤くなったルカから帽子を奪い、ついでにくま吉も捕獲。
「さあ、助手のくま吉。手伝ってくれ」
「相棒、そういう事なら一肌脱ぐぜ」
ざわざわと野次馬が反応した。
「え?人形が喋った?」
トリックを見抜こうと、くま吉を見れば、こっちの手の内。
「さあて、種も仕掛けも無い帽子! ここから大きな布を取り出してみせましょう」
「がってんでい」
帽子の表裏を見せてくま吉へと手渡すと、意図を読み取ったルカの「キングクロス」と小さな透き通る声が聞こえた。
するすると、無限に布が出てくる。
「「おおっーーー!!!」」
これはルカにしか使えない魔法。
皆が見守る中、出てきた布をモタモタしながら銅像全体へとかけていくと、ひそひそ会話が耳に入ってくる。
気を取られてコケた。
「手品師が怪しい動きをしたぞ」
「そうだ、見逃さないようにしないと」
鈍臭いだけなんで恥ずかしい。
よしっ終わった。
ちょっと耳が熱い。
大魔導師さまが使えるのは初級の奇跡。
「さて、唱えるは初級魔法カモフラージュ」
ぱらぱらと光の屑が舞い、触媒の白い布が消えて銅像が元通りになった所でお辞儀。
「ありがとうございました!」
反応はイマイチ。
修理魔法のパーフェクトリペア(上級)じゃないからね。
「え?カモフラって、修理できないんじゃ?見せかけるだけのような」
「いったい何がしたいんだ?」
ざわざわするけど、もう手品はお終い。
困惑する隙をついて、ルカにおねだり。
「ルカ、少し力を貸して」
「ウルトラパワー」
あぁ、我最強なり。
力が漲るうううううううう。
ひょいっと片手で外れた車輪を、馬車まで持ち帰ろう。
「さあ、セーラさん帰りましょう」
「ありがとう。なんだか私は夢を見ているようだ」
銅像を見守る人達のざわざわは、次第に大きくなっていく。
「あれ?まだ壊れない。魔法が解けない」
「戻った?それとも初めから壊れて無かった??いつから幻想を見せられていた」
「分かった! すり替えたんじゃないのか?」
「どうやって?」
「リペアは短時間で使えないし」
「「とにかく、凄えええーー」」
次第に大きくなっていく拍手の風を背中に浴びて颯爽と壊れた馬車へ。
ドキドキする。
気分はまるで詐欺師。
だって、あれは直ってないし。
セーラさんが全て終わったかのように笑いかけてきた。
「少年、直すなんて凄いな」
「直ってませんよ。延長が切れたらまた粉々になりますし」
「え?」
「キングクロス」
「カモフラージュ。一旦、ここから離れましょう。早く」
同じやり方で仮補修した馬車にルカをエスコートし、動揺するセーラさんを急かす。
「分かった。転回、発進!」
ガラガラと音を立てて逃げだした。
まぁ後でこっそりすり替えればいいのだ。
ところで、修理は誰に頼めばいいんだろう。あー、どうすれば。
「いたっ何?ルカ?」
ルカが興奮してバシバシ叩いてきた。
「かっこよかった!」
「えー」
賞賛の瞳がキラキラと輝く。
「すっごい、後で自慢する。貴方は素敵!最高!それでこそ私の王子様!」
「相棒、俺っちも興奮してるぜえ」
くま吉も、なぜかチャンスとばかりばしばし叩いてきたし。
「やったな?」
2人の脇をくすぐってお返し。
「あはは」
「ひゃひゃひゃひゃ相棒おお」
「悪い子はお仕置きです」
あー、こういうのも悪くないかも。