135 閉ざされた街
それから1週間。
街は、閉塞感に包まれてギスギスした空気が漂っていた。
今にも爆発しそうな空気を無視するかのように、リィナの店で怪しげな生活魔道具をチェックしているとリィナが足を引っ張ってきたので手を止める。
「そんなのより遊ぼう」
「うん。何をする?」
にぱぱと笑うリィナは、太陽のように眩しい。
「けっこんしきごっこ!今日は、あのね。ちかいのちゅーもするの」
「う、うん。でも神父さんがいないと」
どうやって逃げようか考えてるその時。
「逃げるのか! この卑怯者ども。ひっくっ」
店の外で酔っ払いの罵声がした。
ドッドッドッと心臓をバクバクさせながら声の方を向くと、酔っ払いの男に絡まれているのは旅支度を整えた一団のよう。
タイミング悪いよ?
「邪魔だ、その貧乏人をどかせろ」
「はいっ」
あっ部下に殴られて、痛そうに尻餅を。
「痛えぞコラ! 何しやがる」
「我々は急いでいる」
「これ以上痛い目を見たくなければ邪魔をしないことだ」
どう見ても道を塞いでいた酔っ払いが悪いが、捨て台詞を吐いた。
「けっ! 逃げろ逃げろ。だけどな。逃げ出したおまえらの帰ってくる場所なんてここにはないんだからな。覚えとけ」
「愚かな。この場所はもうすぐフールの故郷のように無くなるというのに」
「逃がし屋を雇えない貧乏人は無視しましょう」
「それもそうか」
身なりのいい男は顔をしかめて部下たちに急かされるように、閉じられた城門では無くスラム街の抜け穴を目指して消えていった。
実は現在。
街の廻りを増殖したウォーキングツリーがぐるりと囲んでいて、外との行き来が出来なくなっている。
だから、外へと出られるのは大金を払って逃がし屋を雇える者だけのため、それをよく思わない酔っ払いが絡んでいたのだろう。
ふと、場違いな甘い菓子の焼ける匂いがした。また困った事を言われない内に次の手を打つ。
「リィナちゃん。この匂いは、そろそろクッキーが焼けたかも」
「クッキー!?わーい」
てちてちと、リィナがおばちゃん目掛けて発進!
「ちょうだい。リィナがおにーちゃんに持っていくから」
「ちょっとリィナ。取らないで~」
おっと、なんであんな裏情報を知ってるかというと、ウラカル一家が僕の火球を使って逃がし屋で相当稼いでるらしく、上納金という黒そうなお金を渡してくるから。
なんだか悪の親玉みたいなポジションな僕。
「はい。おにーちゃんあげる」
「ありがとう」
クッキーを略奪してきたリィナを褒める。
美味い。
この上納クッキーはなかなかの味。
食べたら満腹になったのか、リィナが眠そうな目をしてうとうとしだした。
ふふっお子様だな。
「大丈夫?ねんねする?」
「うん。ねゆー」
「エクス君。ちょっと寝かしつけてくるよ」
「あっはい」
手を引っ張られててちてち歩くリィナを見送り、焼きたてクッキーを口にほおり込む。甘さ控えめだけどこれもまた好きだ。でも、クッキーって焼きたてより冷めて固くなったほうが好きかも。
そうだ!残してお土産にしようかな。
ぼーっとしてると、リィナを寝かしつけたおばちゃんの足音が近づいてきた。
「それにしても嫌な空気だね。商売あがったりだよ。はいどうぞ」
「ありがとうございます」
ホットココアをくれたのでふーふーしながら頂きます。
美味い。
「どうだい?それ高いんだよ。エクス君に儲けさせて貰ったからね」
「ふふっまた何かしてあげましょうか?」
きゃー好きってからかいながら抱きついてくるかなと思って横顔を見たら、いつになく真剣な表情をしてて戸惑う。
「エクス君は逃げないのかい」
「いざとなったら。それより心配なら逃がし屋を紹介しますよ。在庫も二軍うさぎに運ばせましょう」
意外にもふるふると首を振った。その顔には諦め。
「ここはあの人の店だから閉められないのさ」
「そうですか」
なら僕が戦った方がいいのか。
たぶん、倒せるはず。
保証は無いけど。
ぼふっとおばちゃんが巨乳を頭に乗せてきた。重いんですけど?
「そんな顔しないの!いいかい、そんなのはお国に任せときゃいいんだよ。エクス君が背負うことは無いんだからね」
「そう・・・ですね」
たゆんたゆんしている。
重量感だけならマーラを超えていて、例えるなら馴染んできたスライム枕のよう。
「知ってるかい。なんでも王国から応援が来るまでの間、スラムの人達が壁際で頑張ってるらしいじゃないかい」
「ええ、実は僕の知り合いの子がいるので誇らしいです」
前線拠点はそうそうに潰されて、閉じた外壁の上から電線を伸ばして新型結界に繋ぎ、セーラ作のエレキ箱を回して、日に日に増えていく魔物達の侵攻を遅らせているらしい。
数日前に少年達がクエスト成功の暁には市民になれるかもとキラキラした瞳で意気込んでいたのを思い出す。
延長スタンは僕にしか出来ないと思ってたけど、ルカの言うとおり自惚れだったのかもなぁ。
セーラさんの頑張りにちょっと複雑な気分。
「会ったら、その子達にお礼と店に来るように言っておいてくれるかい」
「ええ」
「小さな英雄達にふわふわ菓子をあげよう」
「きっと喜ぶと思います」
それにしても頭がすごくたゆんたゆんして安らぐ。
おばちゃん相手に!?
「ふふっ。エクス君、リィナみたいにお目々がとろんとしてきたねえ」
「そんなことありませんよ。バッチリ冴えてます。僕は大人で…すやぁ」
意識が刈り取られた。
勝ち誇るおばちゃんの慈愛に満ちた顔がまぶたに挟まれて消えた。
無念っ。