131 キノコ狩り2
うぁ、腕がぷるぷるしてきた。
お姫様抱っこがこんなにキツいなんて。
うおおおっ、あと少し。あの曲がり角がゴールだ。やったあ!
ミッション達成。
虚弱な僕も男として成長した気がする。
ルカもニッコリ笑ってくれた。
「エクス、ウルトラパワー」
「え?延長?」
もう終わりのつもりなんだけど。
上級バフのせいで、ドクンッと魔力を帯びた血が心臓に流れ込んだ。久しぶりだ。この脳みそまで筋肉になるような感覚は。
「ほら、エクス頑張って」
「マカセロ」
アイ・アム・キンニク。
「相棒。頼もしいじゃねえか」
「まあね」
「これ、いい」
ご機嫌なルカを、強者になった僕はお姫様抱っこしながら森の奥までエスコート。
数分歩いた頃だろうか、いきなり耳元でブォンという雷剣の音がして、びっくりした。
『キャウン!』
しかも、ボロ雑巾のようにシャドウウルフまで転がっていくし。
おそらくアイツは僕の足首をがぶっていこうとしていた所を、ニトラに雷剣でひっぱたかれたのだろう。
ニトラが飛び出すと、びっくりした顔で茂みに飛び込み逃げていった。
「うう、逃げられた」
また足首をかじられていたと思うとぞっとする。
「ありがとう、助かったよニトラ」
「うん」
やっぱり魔の森は、こんな舐めプして良い場所じゃないな。
「ルカ。そろそろ自分の足で歩こうか」
「ええー」
不満げなルカを降ろす。
「魔の森は危ない。さっきみたいに皆を危険に晒したくないんだ」
「むぅ、その言い方ずるい」
今度は警戒しながら、先頭を歩く。
「それにルカはなんか魔力切れするまでバフバフしそうだし」
「そ、そんな事しない」
絶対嘘だ。
あれは?
『ぐぴぴぴー、ぴすぴす』
道の真ん中に幸せそうに寝息を立てるゴブリンを発見。
「そのまま寝てろ」
『グピィー!』
雷剣をいそいそと取り出し寝首に突き立てて討伐。しかしこの魔法はコスパが良いな。
「相棒、板についてきたじゃねえか」
「ふふ」
「ニトラもやりたい」
「なら、次はやってみる?」
「うん!」
嬉しそうにしっぽが揺れてる。
だんだんと、濃密な魔素の霧で視界が悪くなってきた。樹液に酒のような匂いが混ざり、だいぶ森の奥まで入った事を教えてくれる。
「エクス、それでどこまで行くの?」
「それが、そろそろ入りたいんだけど、なかなか良い場所がみつからなくて」
ちょっと休憩。
森の中は密集した木々で昼だというのに暗く、道から森に入るのは少し怖い。
どこか安全そうな場所があるといいのだけど。
「エクス。教えてあげる。進むべき道はね、自分で作るのよ」
ルカが何か言い出した。
ドン引きだよ。
「え?さすがに森を全部焼き払うのはちょっとどうかと思うな」
「馬鹿。そんな事しない。見てて、フレンドノーム」
召喚されたのは、地面からぽこぽこと生えた3体の土妖精。
ルカは妖精たちの目線に合わせてしゃがみこんだ。
「土妖精さん、森に入りたいの」
「ういー」
元気に手を上げた土妖精達はてくてくと森に入り、小さな鎌をぶんぶん振りながら下草を刈りだした。
ルカに近づき、手を差し伸べて引き起こす。
「やるね」
「ありがと。可愛いでしょ」
「うん。でも、なんで今日は縫いぐるみじゃないの?」
「うさぎ部隊はお休みだから」
くま吉がぴょんと飛び出した。
「主、俺っちがいるじゃねえか」
「妬いてるのかな?クレイジーベア。貴方は特別。そんな心配いらないのに」
「よ、よせやい」
ルカ達の掛け合いを聞いてると、ここが危険なスポットだと忘れてしまいそうだ。
土妖精に下草が刈られていき景色が変わり始め、曲がりくねった禍々しい木々が見えてきた。
「木が生々しいです」
「確かに、迷い木《 ウォーキングツリー》の噂を信じたくなるね。本当に生きてるみたいだ」
ほのぼのした空気を切り裂くように、土妖精の断末魔が聞こえた。
「ぴぎゃ」
消えた先では、枝が揺れていた。
敵はどこだ?
「何かいる!」
「エクス。見てっあの木動いてる!」
うわっ·····よく見たらあれは魔物かも。噂は本当だったんだ。
「こんどは、ニトラがたおす」
んん?まさか戦うの?
ニトラのしっぽが揺れ、その大きな木に擬態した魔物目掛けて走りだした。
恐ろしく速い伸びてきた槍のような枝を、ひらりと躱して枝先に雷剣を叩き込んだ!
バチバチ
凄い!と思ったけど効いてないのか反撃の枝が唸り鞭のように伸びてきた。これまたひらりと躱してまたも枝先がバチバチと光り焦げた匂いがするがこれも決定打にならない。
まるで猫じゃらしみたいだな。ニトラがめちゃくちゃテンションあがってる。
「にゃはっ」
ニトラが回転して距離を取ると一刀を捨て、攻撃的な笑みを浮かべる。
両手持ちに変えた·····だと。
たたたっと懐まで駆け寄ると一刀を強く振りきり、今度は幹に一閃。
「これで終わりにゃー!」
ぐにょっと雷剣が曲がった。
「ふにゃ!?」
焦げた迷い木がぶるぶると震えた。
まるで怒っているような。
周辺の地面がぼこぼこと動き根っこが地上に飛び出した?
ズオォォォン!
怖えええ。嘘だろ、根っこを足のように使って歩いてくるぞ!
「うわっ、あいつ歩くのか!」
「ひゃう、エクス怖い」
「怖いです怖いです怖いです」
ルカが背中に隠れ、ライ姉なんかパニックだし、ニトラも泣きそうな顔で脱兎の如く逃げて戻ってきた。
「ファイヤーボール!」
反射的に投げた火の玉は、ニトラとすれ違い後ろの歩いてくる木の魔物にへろへろと飛んでいき着弾。どうだ?
『ギィィイイイイ!』
迷い木は軋むような悲鳴をあげた。
おおっ凄く効いているぞ!
火の玉はバチバチバチっと烈しく火の粉を散らしながら、ずぶずぶと内部へめり込んでいく。
「そのまま燃え尽きろ」
『ギィィイイイイギィィ!!!』
ついには大きな火柱になり、ゴオオオオオオオ!と吹き付ける熱風が顔を撫ぜた。
火の熱を浴び心が高揚する。
「ねえ!エクスやったの?」
「熱っ、たぶん」
「相棒やるじゃねえか。でっけえ炎だぜ」
「流石です!」
浮かれる気分の中、ただ一人だけニトラは反省してるのかしゅんとしてる。
「ごめんなさい」
「別にいいよ、壊れたらまた作ればいいし。はい、これ使って」
「いいの?ありがとう!」
自分の雷剣をプレゼントすると、いつもの元気なニトラに戻った。
これは攻略方法が見えたかも。
「エクス、これから迷い木は全部焼き尽くしていきましょう」
「うん。分かった」
「どこに隠れてるか教えてあげる。擬態しても無駄だから、サーチ!」
さっきビビらされたのを根に持ってるのか、どんっと無い胸を張ったルカが目に力を込めて森を見ると、今度はガクガクと震え出した。
どうしたんだろう?
「エクス····にげ」
「とりあえず手当り次第に焼いてみようか。ファイヤーボール」
火の玉を作って空中に浮かべると、ゴゴゴゴ!と周囲が揺れ出した。
「ダメっ待っ」
「うわわっ!なんだ?」
投げるタイミングを見失ったため、頭上で火の玉がふわふわと滞空を続ける。
「ば、ばかぁ」
「え?」
揺れは次第に大きくなり、巨大なアースクエイクを使ったような激しい揺れに襲われて、足ががくがく。
「「ひゃあ!」」
ルカが僕にしがみついてきた。
いや全員にしがみつかれたようで、それが逆に良かったのかバランスがとれてなぜか転けずにすんだ。これが、結束力か。
『ギギギギ!』『ギギギギ!』『ギギギギ!』『ギギギギ!』『ギギギギ!』『ギギギギ!』『ギギギギ!』『ギギギギ!』『ギギギギ!』
迷い木の軋むような動く音があちこちから聞こえ、ボコボコと地面のいたる所から木の根が地上に出てきた。
「ちょっと多すぎない?」
「エクス。ここは迷い木の巣なの!」
ルカがぎゅっと服を掴み悲鳴をあげた。
うあーどうしようこれ。
やらかしたかも。
「木が木が!木が!」
ぐええ。パニックになったライ姉が叫び、強く抱き締めてくるから身動きも出来ない!
「ライ姉落ち着いて、胸がじゃなかった敵が」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「ちょっとエクス、何喜んでるの!」
「ニトラもする」
今ヤバいんだって!
「ぐあああああ!」
ニトラの抱擁痛い!
こんな事態になったのは、さっきの攻撃で刺激しすぎてしまったせいか。
ズオォォォン、ズオォォォン!!!
ついには、周囲の迷い木達が歩き出した。
恐怖に引き攣るが、むしろ木の方が逃げていってるような気がする。間違いない、どんどん視界が拓けてくるんだけど?
これは·····いったい。
「えっ!?なんで」
「はぁ、貴方の炎が怖いみたいね」
ルカの呆れた視線がふわふわ浮かんだファイヤーボールに注がれる。
「そうか」
「もう心配して損した。貴方、スタンピードなんて怖くないんでしょ」
「やっぱり相棒は規格外なんだぜ」
「買いかぶりだよ」
「最強です!」
「実はつよい?」
抜ける陽射しに爽やかな風が心地良い。
魔の森は局所的に姿を変えた。
鬱屈した霧のベールが晴れ、おそらく上空から見たら丸い安全地帯が浮かび上がってるだろう。
一時的に、貴重な老木が疎らに生えるだけのお宝平原が現れた。
「ここが魔の森だと忘れそう」
「·····そうね」