129 ライト○イバー
外はまだ暗い中。ゆさゆさと猫幼女に揺られて新たな1日が始まる。
「あさだよ」
「んんぅ。ニトラどうしたの?ふわぁ~」
「おきて、早く狩り行く」
いつもは起きてこないくせに、探検が楽しみなのか揺れるしっぽが全てを物語ってる。
「分かった。朝食をすませたら、ニトラの雷剣を作ってから森に行こう」
「うん」
興味があるのかルカとライ姉もついてくるらしい。付いてくるのを嫌そうにしたら「怪しい」って疑われた。嫌だな、僕に疚しいところなんて無いのに。
まず寄ったのは、ラバー素材を求めてリィナの店。ちょっと嫌な予感はしてる。
「おや、エクス君。おはよう!」
「おはようございます。早いんですけど店に入れて貰っても良いですか?」
まだ開店してないけど僕は常連だから大丈夫なはず。
「構わないよ。まあ!今日は可愛い子を3人も連れて。さすがは大魔導師さまだね」
「はいはい、ありがとうございます」
やっぱり連れてくるんじゃなかったか。
「うふふ。ここに来た理由は分かってるよ。いま4人目を呼ぶから」
「え?ちがいます。痛っ」
ルカにつねられた。
何するの!って怒って見たら、ぷいっと横を向かれた。
「リィナ~。エクス君が来てるよ~」
「・・・」
返事は朝もやに吸い込まれる。
「あらあら、うちの子はまだ寝てるみたいだね」
「子供ですし寝てるのが普通です。それよりも、雷耐性のラバーフロッグの素材を探してるんですけどありませんか?」
「たしかあったはず。どこだったかしらね。ちょっと待ってて」
無かったら帰ってやるって思ったけどあるらしい。おばちゃんが鼻歌を歌いながら奥に消えていった。
「ルカ。リィナは子供だよ」
「ごめんなさい。つい」
しゅんとしてるから許してしまう。
「いいよ」
と頭を撫でた。
待ってる間、ニトラはすんすんと商品の匂いを嗅ぎ、ライ姉もきょろきょろしてる。この店は品揃えが良いからねとなんだか自分の事のように誇らしい。
しばらくすると、革の筒を2本抱えておばちゃんが帰ってきた。
「お待たせ」
「ありがとうございます!」
カウンターに魔物の形の大きな革が広がると、革の良い香りがした。マットな質感の厚めの革と、触り心地の良さそうなきめ細かい艷めく高そうな黒い革。
「頼まれたラバーフロッグスキンと、もう1つの雷系素材はサンダーディアスキン。大銀貨1枚と6枚。どれくらいの大きさがいるんだい?」
「全部ください」
さらりと支払うとびっくりした顔をされた。
「へっ?エクスくんが、大銀貨7枚も!ちょっと!こんな大人買いして生活は大丈夫なのかい?」
「ふふっ問題ありません」
たしかに、以前の僕からは考えられない。おぉぅ、今のはあの頃の日給の70日分もするのか。
「報われて良かったねえ」
「それはどうも」
ちょっと、ぞくぞくしてきた。この湧き上がる高揚感は高額アイテムを買ったからなのか。
「でもこんな素材。何に使うんだい?」
「加工屋で剣の鞘にするつもりです」
可哀想な顔をされた。
「剣はやめときなよ。エクスくんには、ほら魔法があるじゃないか」
「非力で剣を使えないのは自分でも分かってます。だから今回買うのはニトラの剣だけです」
自嘲気味にニトラを紹介したら、ライ姉がえ?っ顔をしたけど残念ながら君も非力組なので装備できる武器がありません。可哀想だから果物ナイフでも買ってあげようかな。
おばちゃんの目がキラリと光る。
「そうだ!エクス君にぴったりな武器が入荷したんだよ」
「本当ですか?」
半信半疑で聞き返すと、高そうな木箱を開けて、短い金属製の棒を渡してくれた。
軽い!これなら非力でも扱えるかも。
棒には謎のスイッチボタンが1個あり、まさか噂の飛び出しナイフだろうか。
「ほらそのボタンを押してごらん」
店の天井に狙いをつけて言われるまま恐る恐るボタンを押す。
ジャキジャキジャキン!
「うわああ!カッコイイ」
「どうだい?」
棒が伸びた。
細長い銀色の棒は、まるでレイピアのよう!
試しに振ってみると軽くてビュンビュンと風きり音が鳴る。なんだか、これは強くなった気分。ほ、欲しい。
「気に入りました!最高です」
「仕舞う時はボタンを押した状態で押し込めばいいからね。刃引きもないから安全設計」
「本当だ」
言われる通りジャコッ!と押し込むと元の長さに。これは良いぞ!と買う気満々になっていたら、ライ姉が鋭い声を上げた。
「待ってください!それ怪しいです」
「え?どこが。しっかりした造りだし、軽くていいよ」
「あら、この子は賢いね」
ライ姉は真剣な顔して、怪しげに笑うおばちゃんに食ってかかる。
「雑貨屋に武器があるのは変です。それにそんな美味しい話には裏がありそうです」
「え?そんな事ないですよね?これは魔導師のための剣ですよね?」
剣士に少し憧れがあった僕は諦めきれず、期待を込めておばちゃんを見る。
無いって言って欲しかった。
なのに、真剣な表情で首を横に振られた。
「エクスくん。軽すぎる武器はね。ゴミなのよ。攻撃力なんてないから」
「ほら!やっぱり騙されてました」
「なっ!?」
おばちゃんが、商品名をフェイクソードと上書きした。
「買う前で良かったです」
「そんな·····使えると思ったのに」
「作った職人さんもそう思ったみたい。だけど武器屋で1本も売れなくて、ついにこの店に来たのさ。造りはいいから山歩きの杖には使えそうだと思うんだよね」
くいくいっルカに裾を引っ張られた。
何?
今軽く落ち込んでるんだけど。
「え?買えって」
こくりと頷いたので正解のよう。
よく分からないけど、分かった。
「それ全部ください」
「えっ!?エクスくん。これは欠陥武器なんだよ??」
焦ってるおばちゃんに、全力買い注文。20本ぐらいかな?買い占めます。
「構いません」
「えええ?売っててなんだけど知らないよ」
僕も知らない。
それよりも、今は雷剣を。これか!分かってしまった。さすがはルカ、略して、さすルカ。
「ふっふふ」
「え?何!このまま売ったらお宝を逃がす気が。ううん」
さすが商売人。なにかに勘づいたようだ。だけどもう遅い。
「ほら、早く」
「やっ!やっぱり売れないねー。お客さんに欠陥品を売るなんて間違ってた」
はああ?
「僕以外が買っても意味ありませんよ」
「売れないけど、条件付きならエクス君に譲ってもいいかな」
足下を見てきたぞ。
「なんですか?」
「エクス君はマッサージチェアって知ってるかい?」
あっ、忘れてた。
これは乗らざるを得ない交換条件だ。
「分かりました。それで手を打ちましょう。ソファーはありますか?」
「きゃー、エクスくん取引成立ね!こっちだよ。早く早く、気になってあれから家のソファーを新調したんだよ」
フェイクソードを無料でGETした!
ご機嫌なおばちゃんに1人連行されて居間に移動し、新品ソファーに魔法を放つ。
「アースクエイク」
「どうなったんだいこれは?」
「どうぞ、座ってみてください」
「あっあは~ん。エクスくぅん。これ気持ちいいよ。やだっ、私は人妻なのにいいいいいい」
おばちゃんが女の顔になり色っぽく蕩けた。性格はアレだけど年齢的には若妻だからエロい。
びくっとしてルカを見たけど居なかった。
ふぅ、セーフ。
「では、ごゆっくり」
「いいわ~。エクス君んん。そこぉ~もっと~」
豊かな胸がぶるぶると揺れ、切なげに朝から色っぽい吐息をあげる若妻から逃げるように退散。
「ただいまー」
知り合いしかいない開店前の店に戻ると、ルカとくま吉が購入したての素材で、さっそく何かを作っていた。
「奥様はここで作業されるらしいです」
「そうなんだ」
ルカの細い綺麗な指先が踊るように、フロッグの厚い革でフェイクソードのケースを縫っていく。銀の棒がピタリと入る黒いマットな質感の男心をくすぐるケースが完成。
お次は、くま吉が高級ディアを手の形に裁断して、ルカが革手袋?の裁縫に取り掛かった。作業風景に見蕩れていると、ルカがやりきった顔で笑った。
「エクス、出来た。試してみて」
「ありがとう」
手袋を交換する。
ケースを腰に吊るす。
あとは、武器に魔法を込めれば完了!
「スタン!」
青白く銀色のフェイクソードが光る。ボタンを押して伸びろ。
ジャキジャキジャキン!
振ると、ブォォン!と放電音がして、決めポーズを取って皆をちらりと見た。
「サイコーよ、貴方!」
「相棒、やるじゃねえか!」
「素敵です」
「おおー、かっこいい」
魔法剣士デビューだ!
これかがエクス一家の標準装備となる。
「これで、皆もお揃いの装備だね」
「·····お揃い」
ルカがびっくりした顔をした。
うえっ、そもそも僕の装備を作るために来たんじゃないんだけどな、勘違いしてたのかな。
「えっ、作るの嫌だった?」
「嫌じゃない!ふふっ、そっか。お揃い」
「良かったな、主」
よく分からないけど、ご機嫌そう。
くま吉がぎゅってされてる。
予想外のパワーアップに、これで森の奥まで余裕で入れるぞ。