122 亡命した2人
魔石を盗んだ犯人は、早馬に乗って街道を走り岩畳を抜け国外へ脱出していた。縦に揺れるフードから覗いた顔は元請けリーダーのゲルグ。内部犯行だ!
「くそっ、やべえやべえやべえ。こんなやべえ橋を渡らせやがって。グラスの野郎」
追っ手に怯えて辿り着いたのはドワーフの国。
指定された酒場の扉を開くと酒精の臭いが出迎え、毛むくじゃらの背の低い筋肉達磨が人族のゲルグを物珍しげに見てくる。
「人にこんなヤバい仕事させといて1人だけ酒場で悠々と飲んでるのかよ。グラス!」
返事の代わりに部屋の奥から酒瓶の割れる音がした。
面倒事の予感がして音の方へ向かうと、怒ったドワーフ達3人に、ヘラヘラ笑うグラスが囲まれている。
「ドワーフを甘くみてもらったら困る。どうやって負けた金を払うつもりじゃ?」
「怒るなよ、連れの声もやっと聞こえたし払ってやるから。ゲルグー、ここだ」
「誰じゃ?」
目が合うと嬉しそうに手を振ってきた。アイツはいつもトラブルまみれ。
「うるせえぞグラス。何やってんだ!」
「はぁ、見て分かれよ。少しギャンブルに負けてる」
指さしたテーブルの上には散らばったカード。脳筋のドワーフ相手にマジか?と疑ってみると恍惚の表情を浮かべてる。あ! こいつ、もしかしてわざと負けたのか?
怪訝な顔のドワーフが酒臭い息を吐く。
「なんだお前は?」
「あ?くせーな」
「まあまあ、落ち着けって。彼はリーダーのゲルグ。魔石は?」
催促されるまま盗みたての魔石がぎっしり入った袋をグラスに渡す。
「ちっ、ほらよ」
「へへっありがとさん。ほらこれで良いだろ」
グラスが袋から1粒投げると受け取ったドワーフが光に翳して頷いた。
「ええじゃろう」
「さあ、ギャンブルを再開しよーぜ」
グラスが魔石を見せるとドワーフが物欲しそうな目をした。つまり、こいつはドワーフ達をカモるつもりでわざと負けてたのか。
「うはは。良いだろう、身ぐるみ剥いでやるぞ」
やっぱりそうだ。それにしたって合流してから仕掛ければいいのに、なんでこんな危険な橋を。早く逃げるための資金を稼ぐためか?
「ゲルグ、代わりにやりたい?さっきは楽しかったー」
「遠慮するぜ」
違う、こいつはスリルが好きなだけだ。
アホなドワーフ達はギャンブルを再開するらしく、4人は机に座りカードをシャッフルしだす。
「いいカードが来そうな予感がするぜ」
「うはは。雑魚が何か言いよる」
観戦用の椅子を引きずりグラスの後ろに陣取ると、配られたカードに興奮したグラスがカードを見せてきた。
「ゲルグ、この手札を見てくれよ。最初から良いカードが来た!」
「うっせえ」
何が良いカードだよと顔をしかめる。見せつけてきたカードはブタ。
「レイズ!」
呆れて物も言えないが、グラスの性癖を知らないドワーフ達はブラフを真に受けたのか相談しだす。
かぁー、ネタばらししてやりてえ。
「どうする?」
「手札が良いのだろう。儂は降りる」
「クソっ、儂もかなり強かったがフォールじゃ」
あーあ、ほら勝ったグラスが笑いだしたじゃねえか。
「ふふっ。本当に降りるの?馬鹿だね、こんな手札なのに。ハハハ」
しかもやらなくていいのに、笑いながら弱い手札をバラバラと零してネタばらしなんてするから、ドワーフの顔が怒りで真っ赤になり斧を掴み投げた!
ブォンと飛んで来たかと思うと、ズガッ!と少しそれて後ろの壁に斧が刺さって心臓に悪い。
「貴様ァ!必ず後悔させてやるぞ」
「嗚呼、このギリギリの感覚堪んないねー。これが生きてる証だ」
「危ねー。俺を巻き込むなよ」
ハァー、こいつといるといつも死にそうになるぜ。
「もやし野郎、もう二度と引っかからんぞ」
「それはどうかな?今度も最高っ!だよねーゲルグ」
「お願いだから1人で死んでくれ」
見せてくれた手札は今度もブタ。
単細胞のドワーフでもさすがに2回もハッタリは効かないだろと思うのだが、
「もやし野郎。それでどうするんだ?」
「もちろん、レイズ!」
どう出るドワーフ。
「「もう騙されんぞ、こっちもレイズだ」」
ほらな。
どうするんだよ、なんて見てたらニヤニヤ笑ってる。
あっ、すり替えやがった。
ぼんくらドワーフ達は気づかない。
「「勝負!」」
マジかよ。
「残念、俺の勝ちだ」
「ぐぬぬぬ、ラッキー野郎め。もう1度じゃ!」
グラスがドワーフ達から有り金を巻き上げて借金を負わせて、憐れな手下を3名手に入れるのにそう時間はかからなかった。
「あれあれ?足りないよ。バカなのかな?」
「「ツケてくれ、頼む」」
青ざめたドワーフ達を、グラスが飽きたのかいつものように押し付けてくる。
「借金を返すまで、リーダーのゲルグの手下として頑張ってね」
「分かった。俺たちはどうすればいい?ゲルグさん」
はぁ、知らねえよ。意気消沈した憐れなドワーフ達を追い払う。
「最初の命令だ。今日は飲まずにまっすぐ家に帰れ」
「「くそっ仕方がない。いくぞ」」
手下ドワーフが立ち去ったので、不安そうな給仕娘に代金を支払うようにグラスに目配せする。
「はい、どうぞ。騒がせてごめんね。迷惑料も入ってるから」
「こんなに良いんですか!」
「どうぞどうぞ」
どうやらこの国では魔石が価値があるらしく、1粒持って嬉しそうに奥に消えていったのを見計らって耳打ちする。
「グラス。遊びはやめだ。次はどこに逃げる?」
「ビビらなくていいよ、ゲルグ」
ぎょっとした顔で見たが、グラスは余裕そうに笑う。
「なぜだ?正気か?森林警備隊の追手がかかるぞ」
「いーや、かからないね。エクス君があの町の守護を辞めた以上、あの街は近いうちに必ず墜ちる。ほら!」
恍惚の表情で新聞を見せてきた。
「何だ?」
「これを見てくれよゲルグ。俺たちが逃げ出した作戦に現れたのは魔人フールだってさ、今回もギリギリのタイミングだった」
そこには行く予定だった逆侵攻作戦の大失敗の記事が。
「サイコーだぜ、グラス!」
「俺の生き甲斐はチキンレース!断言しよう。フォレストエンドは魔人の手によって堕ちる!」
イカレた友人と祝杯をあげよう。
「おいっ!酒だ、酒を持ってこい」
「エクス少年ありがとー」
どうやら俺たちは逃げきったらしい。
フォレストエンド、なかなか良い街だったな。
グラスが好きとかいうご意見を頂き、閑話を挟んでみました。