113 俺たち森林警備隊8
森林警備隊の本隊30名と、請負20名と下請けの10名に加えて民間人6名。
総勢66名。
街から一目置かれている最強戦力の表情は自信に溢れていた。
「これより、守りから攻めへと転じる!」
実際のところエクスのいなかった5年前の業務に戻っただけなのだが。
門を開くと湿っぽい森の空気が肌を包む。
森林警備隊の本隊が大森林に立ち入るのは実に5年ぶりか。若い隊員がへらへら笑う中、古株の隊員達の顔は過去の業務内容を思い出してぎゅっと引き締まった。
ギュオオオオ。
魔物の遠吠えが聴こえてきて若い隊員が軽口を叩いた。
「へへ、雰囲気がありますね副長」
「私語を慎め!遊びではないぞ」
「ふん、行くぞ。おや、誰かいるな」
窘めたイゼルが、出口付近で隠蔽ローブを着て待ち伏せていた男に気付くとぴりっとした空気に。
「隊長、お下がりを。不審者め姿を現せ!」
「皆さんっ。俺です!敵意はありません」
副長に剣を突きつけられた男は、慌ててローブを脱ぐ。待ちぶせしていたのは3日前に紙鎧の秘密を洩らしクビになった新人だった。汚い革鎧の元隊員は神妙な顔でイゼルに土下座をして泣きつく。
「イゼル隊長。どうか、もう一度だけ俺にチャンスをください。俺、森林警備隊に復帰したいです」
イゼルは鋭い眼光で睨み長考。
ちらちらと部下を見ると賛成と反対で割れているらしく重い口を開く。
「ふむ。ではこの3日間で君が何をしたのか教えて貰おうか。それで判断しよう」
チャンスが与えられて新人の目に希望が宿った。
「はいっ!あれから初心に返り、両手の血豆が破れるまで素振りをしました。本日は必ずや戦果を挙げてみせますので、それをもって再入隊の検討をお願いします!」
熱い想いをぶつける。
どうやらゴミが健全な心を持った剣士へと再生したようだ。
普通なら満点の回答だろう。
だが、彼は重要な事を忘れている。
森林警備隊はゴミだから健全な心なんて持ってはいけないことを。ゴミの親玉であるイゼルは必然的に不愉快な表情になり、大人になれなかった新人を軽蔑する。
「愚かな。思考停止して、ただ闇雲に努力すれば望む結果が得られるとでも?」
「え?…努力すればそのうち必ず」
「はぁ。やはり君は何も分かっておらん。森林警備隊にはそのような者は必要ないので帰りなさい」
「そんなっ」
愕然とする元隊員に興味が無くなったのか野良犬のように追い払う。
「聞こえなかったか?努力とかいう言葉で思考放棄した君は必要ないと言ったのだ。必要なのは結果!結果を出したエクスくんの靴でもぺろぺろ舐めて反省しなさい」
「はい」
とぼとぼと街へ出戻りする新人を鼻で笑う。つられてゲラゲラと笑う和やかな空気を締めるため、ぐるりと回り今度は残った部下達に厳しい目を向けた。
「さて、諸君ら。新人は去ったが、何をするべきだったかを儂に聞かせてくれないか。君らは果たして森林警備隊に必要な人材ですか?」
緊張が走る。間違えると新人の二の舞いになりかねないからだ。
代表者達が震える声で答える。
「はい。私は、息のかかった新聞社を呼んで来ました」
「祝賀会の手配をしています」
「万一に備えて閃光玉を用意しました」
イゼルの厳しかった目元が緩む。
全員合格!
しかし、まだまだだと続ける。
「ふん。まずまずだが、儂には一歩届いておらん。なぜ君たちは不測の事態に備えないのか」
「不測の事態とは?」
「我々は確実に成果をあげる必要がある。万が一、今日はボスが見つからなかったらどうする?」
「うっ…どうすればいいのでしょう」
彼らはイゼルより劣るが、劣っている事がイゼルの優越感をくすぐる。
「君たちに足りていないのは、必ず成功させるという思考。日頃から言ってるように、物事は結果から考える癖をつけなさい」
「結果から?では、いったいどのように」
首を捻る部下達に相好を崩す。
「見なさい。用意すべき物はこれです!」
困惑する部下にキーアイテムを見せつけると、正解に気付いて悔しそうにした。
「確かに。……我々が間違ってました」
「まさに約束された勝利です!あの言葉の本当の真の意味が分かりました」
「流石は隊長。勇者イゼル」
イゼルが取り出したのは、赤く輝く大きな魔石。
物事は、結果から考えるべきである。
……この男は、なんと。
結果を持ってきた。
それはとても大きな魔石。
5年前にエクスが倒したギガントオーク「Named:狂気の豚」の魔石だ。
「今日の作戦を伝える。我々はこれから森の浅い場所で待機した後に、『約束された勝利』を納品する!」
「「おおーっ!さすがは隊長」」
勇者新聞の社員が特に興奮した。
「勇者イゼル!とても素晴らしい戦績です。これなら過去最高の記事が書けそうです」
「ふむ。儂の(架空の)活躍を存分に書いてくれ給え」
「もちろんです」
「あとは、時間を潰すだけだ」
ぶひぶひ。
ぎょぼぼ。
森の浅い位置の危険度は低い。
すぐに帰ると虚飾した大活躍が疑われるため時間を潰す必要があり、ゴブリンとオークの気配を感じながら一行にだらだらとした時間が流れる。
あまりにも暇なのか、一人が新型結界に興味を示した。
「あのショボいのが新型結界なのか?」
「おい見てみろ。鉄線の繋がった先に、ゴブリンが挟まってるぞ」
指差す先には、鉄線の間をすり抜けようとしたのか挟まってしまったゴブリンが藻掻いていた。イゼルに天啓が閃く。
「そうだ!さっき女が持ち込んだ玩具を試してみろ」
「はいっ」
隊員の一人が、セーラの持ってきた魔道具エレキテルを柵に繋ぎハンドルを回すと、遠くのゴブリンまで雷撃が延びていきびくりと震えた。
ぎょふ
「さすがに、一撃では死なないのか」
「見ててください隊長。殺してやるぜ、ふんふんふん!」
ぐるぐると勢いよくハンドルを回すと、命の花火が上がり、魔石がぽとりと落ちた。
ぎょぼぼ。
「はあはあ。どんなもんだ!少し疲れますね」
「悪くない。しかし、森は広い。この道具があれば誰でも倒せるとはいえ、設置数と持続時間を考えると、やはりエクスは必要か」
「はい、凱旋後に打診を続けてみます」
特に盛り上がる事もなく、時間は過ぎていく。すぐに帰っては評価されないだろうと時間を潰す。
「しかし暇だな」
「あそこ、オークがいるぞ!」
柵に触れと思うが、少し頭がいいのか近づいてこない。
「また殺してやるよ。早く触れ!」
ビュオッ
風切り音が聞こえて、森からオークの断末魔があがる。暇に耐えられなかった若い隊員の一人が、森に向けて弓矢を放ったのだ。
魔法で強化された弓はなんと一撃でオークを仕留めて、退屈していた新聞社員が感嘆の声を漏らす。彼らは難しい試験をパスしており腐っても実力者集団。
「おおっ!見事な弓捌き。今のを記事に載せても宜しいですか?」
「あぁ、構わないよ」
デレる若い隊員に、醜い嫉妬から年配の隊員が提案してしまい歯車がずれてきた。
「暇すぎる。隊長!少しだけ近くを散歩してみませんか?」
「その方が新聞も書きやすいです」
「ふむ。少し討伐話にリアリティは欲しいな。……近くだけだぞ。君たち、いつものように、さっさと森の中を案内しなさい」
「は、はい」
イゼルは、少し迷ったが子会社がいつも現場に来てるなら案内させれば大丈夫だろうというリスク計算をしてこれを了承。
しかしながら、信頼を寄せられた彼らも森の中に入るのは同じく数年ぶり。森林警備隊がいるなら大丈夫だろうというお互いに責任が宙に浮いた状態での進撃開始。
「またオークだ」
ビュオッ!
調子に乗った若い隊員がまたも弓矢を放って活躍して、煌めく剣を持った隊員が苛つく。これで弓使いの討伐数は5。
「はあ?お前、いい加減にしろよ」
「まぁまぁ、落ち着いて。その剣はもっと大物用だろ」
「はんっ。お前は大盾だから良いよな」
輝く大盾を持った隊員は肩をすくめる。
森が濃密な呼吸を吐き、ざわめく森が次第に不安を駆り立ててくるが、臆病者にはなりたくないため「帰りましょう」とは誰も言い出せない。
一人の隊員が新聞屋にお前が言い出せと目くばせした。
「はい、活躍を期待してますね」
キラキラした目で見つめられて、さらに奥地へと進む。
まさにチキンレース。
といっても既に崖から落ちてるので、チキンレース狂いのグラスはここに来ていないのだが。
モンスターが昼寝していたのかエンカウントが少なく誘われるようにいつの間にか危険な森の奥地に来ていた。拓けた場所に出ると風が吹き、木々のざわめきとともに迷い木が来た道を塞いでしまう。
「なんだ?・・・ここは?オークがたくさんいるんだが」
どうやら住処に迷い込んだようで、オーク達の最奥からはオークジェネラルがニタニタ嗤って近付いてくる。
「オークジェネラルが接近してるぞ!」
「なぜ?弓矢を撃たない?早くしろ!」
「そ、それが、矢が無くなってしまって」
「はあ?この役立たすがっ」
矢を回収するのが格好悪いという理由で、経験不足のアーチャーは中ボス戦で戦闘力0に。
「くそっこれだから若い奴は。盾使い、早く前へ出て護ってくれ」
「や、嫌だ!盾が傷つく」
「なっ何だとう!?」
混迷を極める現場。
ただ一人、老獪なイゼルだけが、落ち着いて請負いへと声をかける。
「慌てるな。君たち、早くいつも通りに戦いなさい」
「そ、それが、いつもはエクス君が一人で殺ってたから!」
ここへきて明かされる事実にイゼルも目を丸くする。
白い霧が立ち込めて、視界を奪われた。
さらに混乱は加速する。
そこからは、現実感のない敗走劇だった。
「は、はあ?何を言ってる?それもエクスだと!?」
「俺らではあいつに勝てません!」
「ええい。骨は拾ってやるから、さっさと行きなさい。首にしますよ」
「あわわわ、お前ら覚悟を決めろ。グラスに続くぞ」
下会社の隊員が悲壮な覚悟で頷くと、全力で駆け出した。
「お主ら!?待て!」
彼らが決めたのは失業の覚悟で、命惜しさに街へと逃げ帰る。
「ぶひひひ」
ジェネラルオークが笑い、逃げ遅れた本隊へ棍棒を振り下ろした。
大盾の戦士は5年前を思い出して攻撃を受けると、響く反響音は彼に精神ダメージを与えた。
「くそぅ自慢の盾が傷付いた。まだローンの残ってる無傷の盾があ」
「このっ、あっち行けええ」
輝く剣の剣士がへっぴり腰で浅く斬りつけ、ジェネラルオークが斬られた場所を痒そうに掻く。
圧倒的な戦力差。
イゼルはドラゴンソードの柄を握り逡巡する。
(儂の実力で勝てるか?…仕方あるまい)
腹を括り、ぼやっとした部下に指示を出す。
「あれを使いなさい!」
「は、はいっ!食らえ閃光玉ぁ」
ピカッとした光が、スタートの合図。
木の枝でピカピカの鎧を傷つけながら潰走スタート。
ぶもーーーーっ!!!!!!!!!!
くっそう。このままでは殺されると、剣士は重い剣を投げ捨てた。役に立たない弓も枝に引っ掛かり手放した。なんと鎧を脱ぎ捨てた者までいる。すっ転び我先へとスタート地点を目指したおかげで、死者0名。
泥まみれになり枝で鎧は傷まみれになり、無傷の戦士風集団は手痛い敗走を喫した。
「俺の鎧に傷が!」
「何者かに剣を奪われた」
「俺は弓です。犯人は見えませんでした」
「酷い戦いだった」
「ぬぅ」
いつもは冷静沈着なイゼルが、体をごそごそと触りながら青褪める。
「隊長、どうされました?」
「魔石が無い」
この日初めて、彼の約束された勝利が手からすり抜けた。







