11 無職(2日目)定食屋
昨日は良く寝れた。
ぐーっと背伸びをする。
新しい発見もした。
「枕でこんなにも寝心地が変わるのか」
知り合いにも広めたいけど変態認定されるのもなあ。
ふわふわの枕に頭をぐりぐり。
良かったよ、君をお迎えして大満足。
「うああ。二度寝、気持ちイイーー」
そう。今日は二度寝をしてたため、もう昼すぎだったりする。
1日3時間以上も寝ていいなんて、なんて贅沢なんだろう。僕はどうやら悪い大人になってしまったようだ。
「・・・そういえば、お腹が減ったな」
いつもの定食屋に入ると入れ代わりに忙しそうに冒険者達がダンジョンに向かって出掛けて行った。
「おっ!よく来たなエクス。いつものだろ?ハイッ!」
店に入るなり可愛い店員さんに商品を渡されて、さっさと代金を出せとジェスチャーされる。
「え!?」
何を言われたか分からなくて反応出来ないでいると、犬獣人の娘さんがきょとんとして耳がピクピク動いた。
「どうしたんだ?まさか、今日は座るというのか?」
そういえば、いつもは弁当だったかも。
忙しかった僕は渡された商品を飲み込むように10秒チャージしていたような。
「これは?」
「いつもそれだろ?スライム食。不味いけどすぐ食べられる。え!!今日はまさか違うのか?もしかして、まともな注文をしてくれるのか?」
キラキラと期待の眼差しで見られた。
もちろんそのつもりだけど?
「うん?お願いします」
「おーい、店長!エクスがやっと店で飯食うってよー。ゲロマズは今日はいらないんだってーー。1名さまご案内。ほら、座って座って」
不味いのかこれ?と渡された謎の食料を見つめる。駄目だっ、どんな味だったかすら全然思い出せない。
渡されたメニューを開くといっぱいあって悩む。目が回りそうだ。
それなのに、わくわくした目でオーダーを今か今かと待ってくる店員にプレッシャーを感じる。彼女の尻尾はぶんぶん振れていた。
そんなに期待されても緊張するんですけど?我慢出来ず、無敵ワードを唱えた。
「おすすめで!」
「店長っ!エクスさんから、日替わり一丁入りまーす」
「おうよ!いつものゲロマズじゃなくて俺の心意気を見せてやるよおおお」
凄く興奮した野太い声が厨房から聞こえた。
もしかして今まで心配かけてたのかな。
すみません。
待つことしばし。
「はいよっ日替わりお待ちっ!」
「い、頂きます」
勿体ぶって出された『俺の心意気』とかいう料理を見て、思わず、じとっと疑いの目で見たら、ニマッと笑ってきた。
ほう?
ドヤ顔で出された飯を見つめる。
やはり微妙。
ガッカリするほど普通の飯。
黒パンに、粗末なスープ、野菜炒め。
なのにスプーンでスープを一口飲んだら、不覚にも涙がでた。
「・・・温かい」
美味かった。
心意気感じるうううう。
凡庸な見た目なのに酸味と旨味とマナが絶妙にマッチしてる。
いつものゲロマズと違って、食事に味がある。そーいや味がしなかったなアレ。
「店長、エクスのヤツ。温かいって涙流してました」
「おおおおっしゃああ!!当然だろ、俺様なら出来る」
「良かったですね店長」
あああ、聞こえてるよっ
厨房からの筒抜けな会話に身悶えする。
弱みを握られてしまった。
「ご馳走さまでした。美味しかったです」
「だろー。少しは暇になったのか?お姉ちゃん心配してたんだぞ。良かったなー、エクス」
自分の事のようにニカッと笑う店員さんに答える。
「いや、他人だし。僕は獣耳生えてないから。実は仕事を辞めたんだ」
「へ?なら、ここで働くか?紹介してやるよ。一緒に働こーよ。給料はカスだけど賄いは最高なんだぜっ」
うえっ!なんでか油断したら善意で仕事を勧めてこられた。
思わぬハニートラップに少しぐらりと来た自分がいるが、ノーセンキューと指を振る。
「もう、働きたくないので」
「ハハハッやっぱり変わってるわ!エクスさん、またのご来店お待ちしてまーす」
笑われた。
見下したのではなくて僕に興味を持ったような笑い方だった。
珍獣じゃないんですけど。
むしろ貴女が獣だし。
能天気で遠慮のない店員さんに見送られる。
凄い満足感。
腹が、心が満たされている。
やばっ
衝撃的過ぎてうっかりお金払うの忘れてたっ。
少し良い気分で思わぬ距離を歩いてしまい慌てて引き返し扉に手をかけると、店の中から二人の会話が聞こえた。
「バイト、うちの給料がカスだとおお!」
「上げてくれるんですか?店長」
「いや、すまない。カスだった。客も帰ったし気合い入れた賄いにするか?」
「いやっほーー」
思わず、ふふっと笑った。
食事の邪魔をするのも悪いので、今日の払いはツケにしてもらおう。悪い大人の道をまた一歩極めた。
また来まーす。
ぷらぷらとあてどなく歩く。
自由って素晴らしい。
見えてくる景色が全然違う。
路地裏で寝ていたスリーピングキャットが、ふにゃああと大きなあくびをした。
この街に何年も暮らしていたのにまるで新しい街に来たような気分だ。