106 ルカとライ姉1
その頃、エクスは部屋で寝っ転がり冒険譚を読んで時間を潰していた。ぺらぺらと頁を捲り気分はまるで勇者のよう。
コンコンと部屋をノックする音がして、ライ姉がひょこっと顔を出す。
「御主人様、お食事を買ってきました」
「ふっ、ありがとう。すぐ行くよ」
キラキラした顔で見られた。
「今の勇者様みたいです!」
「そ、そうかな?」
「はい。キリリとされてました!明日はスラム街のスライムを駆逐しませんか?」
「スライムに優しくしようよ」
ええーって顔をされたけど、マッドスライムを虐める遊びは反対。有害図書をパタリと閉じて冷静になる。本の世界は楽しいな。
「残念です」
「買い出しありがとう。あと、今日から1人増えるから」
ふりふり揺れるメイド服の後をついていく。
「それは、ニトラが言ってたお人形みたいな綺麗な方ですか?」
「ルカっていうんだ。喋る熊の縫いぐるみがくま吉、仲良くしてね」
「はいっ!」
返事だけは元気だけど不安しかない。
「そうだ!すぐに呼んできますね」
「まっ待って!」
予感は的中、慌てて暴走メイドを追いかける。ぬああっ僕は足が遅いけどサポート1のバフで走り続けれるんだ!
だけど、うっかりライ姉にも掛けていた。
ぐぬぬ。
追いつかないよー。
したたっと並走する何者かを見ると興奮したニトラだった。
「お兄さん鬼ごっこ?」
「ハァハァ、ニトラ今忙しいから」
アホ毛が嬉しそうに揺れる。ぬああ!しかも全然関係ないニトラにまで追い抜かれるし。
「ニトラがいちばん〜!」
ご、ごめん。ルカ!
考えられる最悪の状況だよ。
どうにか息を切らしながらゴールに到着すると石化したルカが2人に囲まれていた。
「・・・・」
「おうおう、あんまり主に近づかねえでくんねえか」
「くまさんが喋った?」
「お人形さんみたいにお綺麗です」
2人を引き剥がす。
「ストップ。はいはい離れて!ルカは人見知りだから、慣れるまで接近禁止」
「相棒、何やってんでい!」
「くまさん〜」
「御主人様、手を出されるならベッドで」
2人からルカを守るように割り込む。
「ごめん、ルカにくま吉。遅れた」
「いいって事よ」
ぶすっとした2人にめってする。
「とりあえず食事にするから、先に行って」
「「はーい」」
ルカの石化の解除に成功。
「エクス、遅い」
「ごめん。それでどうする?今日はやめておく?」
ふるふると首を振る意地っ張りなルカを連れてリトライ。まさか、家の中で背中に隠れて裾を引っ張られるなんて想定外だよ。
なんだか変な感じでルカの歓迎会は始まった。高級肉に涎を垂らしてるニトラだけが平常運転。
「今日から、この家に住むルカとくま吉。で、こちらはライ姉とニトラ。皆仲良くして」
「「はーい」」
「おう!よろしくな」
肝心のルカは黙ったまま。
どーなるのかね、この歓迎会。
空気を読まず肉に食いついたニトラに救われる。危ないよ、このままだと部屋の空気が死んでいた。
特に会話も無いままニトラの目の前の肉が消えていく。ニトラオンステージ!
「げふぅ〜。おいしかった」
満足そうに目を細めあくびをして戦線離脱しようとするけど、逃さないよ。
「ニトラ、美味しいデザートがあるんだけど?」
「今日はいらない気分」
くぅぅ。
しっぽをふりふりしてどこかに行った。…なんて自由なんだ。
どうしよう。
不味いっ、ライ姉が近づいてきて僕とルカに緊張が奔る。
悪意ゼロに反応出来なくてずかずかとプライバシーエリアへの侵入を許してしまった。
そればかりか保護対象の手を掴まれた!握手をして話しかけてくる。
「あの〜奥様?」
!?
ぎょっとした顔で暴走するライ姉を見る。
ルカが裾をくいくいと引っ張って何か言いたそうにするので口元に耳を近付けた。
「何?」
「エクス、この子いい子」
残念な顔でルカを見ると、興奮してにこにこしていた。うん。心配は不要だったようだ。
このぶんだとすぐに仲良くなれそう。
相変わらず会話はなかったけど、くま吉がべらべら喋って食事会は成功に終わった。
「はー、助かったよ。くま吉」
「何言ってんでい。俺っちは相棒の足元にも及ばねえぜ」
「そうよ」
はいはいと2人を離れまで送り、お風呂に向かう。
「主、もっと素直になれよ。心を裸にするんだぜ」
「ううっ…でも」
くま吉が何か言ってたけど、聞こえない聞こえない。これ以上、厄介ごとは御免被ります。
風呂に入り、横の乾燥室で水気を払ってサッパリする。
「はー。疲れたな。少し早く寝ようかな」
ベッドのシーツを捲ると不法侵入した裸の女が待っていた。
「なんでここに!?」
「今日は一緒に寝てあげる」
一糸まとわぬ姿で誘ってくる。
「・・・」
「ほらあ来なさい。温めてあげる。え?そんな乱暴なのはやめて!」
女の首元を掴むとじたばたした。
ぺいっと廊下に投げ捨てる。
「だって、君は『凄く寝相が悪いから注意して』ってルカが言ってたから」
「酷いっ!」
へにょんとしたうさ耳を見て、再び迎え入れる事にした。良いよ、おいで。
「来る?」
「エクスさーん」
ふわふわしてるな。