102 ゾンビーズの謝罪
ルカが幸せの絶頂にいる頃、不幸のどん底にいる者達がいた。さて、もう一つの不幸な引っ越し話について先に触れよう。
「ここから出せ!イエスマン」
子爵の地下牢で喚くバッツにイエスマンは冷たく答える。
「良いでしょう。ゾンビーズの2人出てきなさい」
「へっ、おしっこマン。残念だったな。お前は後だってよ」
「貴方とは同志になれなかったようで残念です」
「……」
地下牢から出された二人は歓喜に震えて捨て台詞を吐くと、迎えに来た引取人が恐怖に震えた。
「おっかねぇ、今度はゾンビーズの2人ですか」
ぬか喜びした彼らは、一足先にお引越し。
続いて引越し先に到着したのは、札付きの犯罪者達だった。
リョグに勧められた新居の暗い洞穴が気に入らないのか文句を垂れる。
「くそっ、リョグの奴め」
「祭りで捕縛するとか、あのバカは常識が無いのな」
「バカだからな、言ってる事も意味不明だし、『エクスを追ってきたが、隠れてるので腹いせに捕まえてやる』とかイカれてる」
「新入り共、私語を慎めっ!」
「あ?殺されてーのか」
「止めとけって。鉱山主に逆らって無駄に刑期を延ばしてぇのか」
「ここを出たら腹いせにエクスとやらを血祭りにあげねぇか。ゲホッゲホッ」
肺の弱い新入りが咳き込んだ。
もうお分かりだろうか、シープタウンでリョグに捕獲された彼らが連れて来られたのは、鉱山。
『エクゥーー』
その時。カツーン!という槌音とともに不気味な声が洞窟を反響し、新入り達が気味悪そうに震える。
「おい!今のは何だ?」
鉱山主がニヤリと笑って答える。
「模範囚さ」
「はぁ?どういう事だ。おい!今のじゃ分からねぇよ。詳しく話せって言ってんだ」
何も説明されぬまま、汚い大部屋へと押し込まれる。
「入れ、新入り共。今日は仕事しなくて良いぞ。詳しくは、さっきの模範囚から聞いてくれ」
「は?巫山戯んな。お、おい。くそっ」
ギギイ、ガチャン。
鉄格子が閉まり、入れられた粗末な大部屋には先客が2人いた。
新入りの犯罪者達は、これから皆で仲良くやっていこうなんて気がないようで、さっそく序列決めを始めるようだ。
先輩奴隷から、配給品を奪われたり、キツイ仕事を押し付けられたりするのは誰だ?これは生贄を決めるとても大事な一戦。
そんな中。犯罪者の一人が、先客の2人に気付き驚く。
「なんでゾンビーズのバッツとエルフマンがこんなところにいる?」
「ぎゃっはは。そうだ、知っててくれて嬉しいよ、俺はA級冒険者ゾンビーズのバッツ!少しヘマしてな。よろしくなー新入り共」
バッツが虚勢を張り、それが通った。
肩書=力。
犯罪者の世界は、単純な暴力が全てとは限らない。鉱山カースト戦で、ゾンビーズが一歩リード。
「お前らがここを仕切ってるのか?」
「いや、実は俺らも新入りよ」
この上がさらにいるのか。それなら、最下位の生贄は誰だ?という空気が再び漂うが、バッツはここで思わぬ提案をする。
「シケた顔してんじゃねーぞ。提案がある。俺達でここをシメてしまわねーか?これから帰ってくる先輩奴隷達に従う必要なんて、さらさらねーぞ。どうせ奴らは、労役で弱ってるはずだ」
その常識を覆す提案に、はっとした。
バッツはエクスの利益を森林警備隊から利益を掠め取るぐらいに機転が利く。
「・・流石ですバッツ」
「それはいいな」
「あんたに、ついて行こう」
彼らにとって誰も傷つかないアイデアに場が湧いて、実力が無いバッツがリーダーへ満場一致で就任。頷いた彼らは先輩と戦う駒に気付かぬ内にさせられていた。これでバッツは、負けても幹部に、勝てばボスになれる完璧な計画。
ビィーッという音が響き、どうやら今夜の労働が終わったようだ。
「へへっ緊張するな」
「お前ら、イモ引くんじゃねーぞ」
「「おぅ!」」
バッツが不安そうな新入りに激を飛ばし、先輩奴隷達を待ち受ける。鉱山奴隷カーストを決める負けられない一戦。
ぞろぞろと先輩奴隷達が暗い顔で帰ってきたが、意外にも採掘で鍛えられてるせいでムキムキマッチョらしい。
採掘で弱ってないんだけど?と思わぬ誤算に声が出ないが、先輩は興味が無さそうだ。
「……新入りか」
「どうでもいい。またアイツと同じ部屋なのか。地獄の時間が始まったな」
「あんたがたも早くここでの暮らしに慣れるこった。心を殺せ、耳を塞げ、それがここで生き残るコツだ」
本日の労役を終えたというのに、一様に浮かない顔した先輩奴隷達は不穏な言葉を吐く。
鉱山で鍛えた彼らは弱ってるどころか強そうで、乗っ取り計画が早くも狂いひそひそ声で相談する。
「うっ、どうするよ。バッツ」
「待て。慌てんなって。全員揃ってねーだろ、少し様子をみるぞ」
どうやら、最後の男。模範囚が帰ってきたようだ。
見知った顔に驚くバッツとエルフマン。
「「ギルマス!?」」
再会したギルマスは、エクスの鉱山ダイエットにより締まった筋肉質の体に変貌を遂げていた。
いや…そんな事より、魂が抜けたような表情で、同一人物とはとても思えない。
「おいっ!何があった?噂は本当だったのか?しっかりしろよ。いったい誰にやられちまったんだ?」
「ギルマス、しっかりしてください!」
『エクゥ?』
さらに人語を話さないときた!
ギルマスの暗い目を見ると、絶望に引き込まれそうになる。
彼は自分で持ち込んだ隷属の指輪の効果により心を摩耗しているだけなのだが、彼のせいで部屋の空気がお通夜のように死んでいた。
ギルマスに替わって先輩奴隷が呟く。
「…諦めろ。そいつはもう駄目だ。エクスとやらの怒りを買ったんだ」
「なっ、何があった?」
先輩奴隷が何かを思い出したのか震えながら語りだす。
「…初めは懲役1年だった」
「何の話だ?」
『エクぅー!』
突如発狂したギルマスの叫び声が部屋内に反響し会話を一時中断。
ムードメーカーがクソみたいな空気を製造し、嫌な空気になったところで会話がリスタート。
「…続けていいか?まだ正気だった頃のそいつの話しさ。エクスの陰口を叩いた翌日に刑期が10年延長されたんだ。それから、こんな感じさ」
「エクス? あいつは、初級魔法の延長しか使えない欠陥魔法使いだろ?」
バッツが不正解を思い浮かべて青褪めると、先輩が納得した表情になる。
「やはり、あれは延長の禁術なのか?おいっ。巻き込むなよ!もうエクスは勘弁してくれ。毎日毎日、気が狂いそうになる。……どうした?なんだその顔は?お前ら」
新入り達は皆、暗い顔になった。
というのも。
「俺らゾンビーズもエクスに関わったせいで、ここに入れられた」
「どうしましょうバッツ?」
「「同じだ。俺達を捕まえたリョグも、その名前を言ってたぞ」」
先輩奴隷は、同情を示す。
あーこいつら、やっちまったなと顔に書いてある。
「その、何だ。……頑張れ?あと、俺達は無関係だからな。関わらないでくれ」
「「い、嫌だ!助けてくれ」」
バッツとエルフマンと新入り犯罪者達の顔面は蒼白になって助けを求めた。
救いの手を差し伸べたのは、先輩奴隷の一人。心配そうに人生の知恵袋でお答えしてくれるのだが。
「あんたがた……事情は知らんが、エクスさんに謝ったほうがいいのでないか?」
「「うっ……」」
「きっと神は見ておられる。あんたがたの声はエクスさんに届くはず」
とんでもない誤回答。おや?可哀想に。…真に受けてしまったのか。
「す、すいませーん!俺らが悪かったので、許してください。エクスさーん」
「謝罪しよう。エクス魔導師、あれはドワーフに言わされていた」
「「顔も見た事はありませんが、エクスさん。ここで反省して心を入れ替えますぅーーだから延長だけは許してくださいっ」」
鉱山で響くのは、的外れな懺悔の声。
その謝罪はエクスに届かない。
たぶん耳に入ったら、え?っと嫌な顔をするものと思われる。
エクスの思惑とは異なり、彼らの更生の日々は始まった。