Episode2-3.どうやら俺には血の繋がってない姉と妹がいるらしい。
「まさか明日もストーキングするつもりかよ?」
「”ストーキング”じゃなくて”調査”ね。あの子が尻尾を出すまで続けるんだから!私の直感が言ってるの。あの子は絶対に裏があるってね」
アンが妙な使命感を出す。
うーん、それってやっぱり緊張のせいとは言え、タマの言動にも問題があるんだよな。
あの含みのある笑い方、そして意味あり気な話し方には深い意味なんて無い。
それでもタマのあの意味あり気な態度に惑わされるような人間もごく少数いるわけで……
そう、あの日、タマが男性恐怖症だと知った日だ。
それは俺達が初めて一緒に下校した日でもあった。
「ふふっ、もしかして、私達、周りからはカップルだと思われてるかもね」
何だかまた含み笑いをしながらどこかで聞いたようなセリフを言ってるし。
そりゃ普通に一緒に帰ってるんだし、カップルだと思われて当然だろう。
だいたい俺たちはお互い愛情が無いとは言え、昨日から付き合い始めたんだ。
これでも一応は本当のカップルなんだぞ?
取りあえず最寄りの駅まで俺はこの子と一緒に歩き、そして会話とかをする事で、少しずつ男に慣れさせていくっていう診療方針になった。
俺としては家がある程度駅の近くだし、帰りに商店街に寄ることが多いから、大した負担でもない。
「あれ?アルちゃん、これは偶然ね」
「あー!アルが女の子を連れてるー!なんだぁ、隅に置けないじゃん!」
背後から聞き慣れた声が。
アンとチコの2人が俺達の後ろから追いかけてきた。
って、何2人とも偶然を装ってんだよ、白々しい。
「え……桐原生徒会長に、えーっと……」
さすがに生徒会長だけあってアンの顔は割れてるようだ。
「あ、私、昨日ここに入学した、桐原チコね!こっちはお姉ちゃん!」
おいおい、チコはあだ名だぞ?アンディーヴ。……まあ良いか。
「ああ。ふふっ、入学おめでとう。私はアルくんとお付き合いさせてもらってる、鏑木玉三郎。ふふっ、楽しい高校生活になりそうね」
またいつもの癖か。
タマはチコに向かって何だか意味ありげなセリフを言う。
「なっ!お、お姉、これって……」
「ううん、まだそう判断するのは早計よ」
おお、アン、早計なんて難しい言葉を使えるんだな。
これは正直に嬉しいぞ?
って、2人は何を考えてるんだか……?
「ふふっ、アルくん、あなたと、このお2人の関係、教えてもらっても良いかしら?」
初対面の2人を相手しているからだろうな。
タマの格好付けレベルが1段階上がっているように感じる。
そして俺は俺とこの2人との関係や一緒に住んでいる事などを余すことなくタマに伝えたのだった。
「へえ、そう。ふふっ、お2人とも、これからよろしくお願いね」
これは後々わかった事なんだけど、タマは緊張すれば緊張するほどこうやって格好つける性質を持っている。
そしてその緊張が極度に振り切れてしまうと混乱が訪れ、素が出てしまうみたいだ。
つまり今は小~中程度の緊張感って事だな。
「お、お姉、これってもう……」
「そ、そうね。私も確信に変わったわ……」
この姉妹、いったい何を深読みしてるんだか。
そしてアンとチコはいきなりタマの正面に立ち、人差し指をビシッと指す。
「鏑木玉三郎さん!お、覚えてなさいっ!!」
「鏑木玉三郎先輩!お、覚えてろよっ!!」
そんな捨て台詞を叫んで俺達を置き去りにして走って行った。
さすがに2人のこの行動にはタマも呆気に取られているようで、2人の走り去った方向に目を向けて、ポカーンとしていた。
そりゃそうなるよ……。
そしてその日以降、アンとチコ、2人の姉妹が俺の彼女、タマにストーキングを開始したのだった。
「まあタマのその思わせぶりな態度も悪いんだけどさ、アンもチコも警戒し過ぎだって」
「ううん、私は私の直感を信じるの!これでも占い師の娘だからね。あの子は絶対に何か企んでる。だからこれからも納得できるまで調査は止めないよ」
そう言ってアンは旧桐原邸に向かおうとして、足を止めて振り返る。
「アルちゃん、今日の夕食は何?」
「ああ、アジフライ」
それを伝えるとアンは明らかに機嫌がよくなり、軽やかな足取りで自分の部屋に向かっていったのだった。
「いただきます」
俺達の夕食は家族4人、全員揃って食事する。
これもアンの提案からだった。
一応生活費の管理は俺が任されてるんだけど、アンも家族の最年長としての自覚があるんだろう。
父さんとプリンセスキリハラがハネムーンに出る前日にリフォームされたこの家のリビングは、お互いの家のリビングの壁をぶち抜き、庭で繋げただけあって、リビングと言うか大空間になり、しかも屋根も結構高くて吹き抜けのようになっている。
ただ問題は、その吹き抜け部分から旧山田邸と旧桐原邸の2階の外壁がそのまま残ってる事。
さすがたった1日で完成させただけある。台風の季節が不安でしかたがない。
ただ家族としての体が整うのは早かった。
それはやっぱり昔からお隣さんとして、家族同然で育ってきたってのが大きいのだろう。
せっかくだからって事で、その巨大なリビングにお互いの家のダイニングテーブルをくっつけて置き、そしてテレビは桐原家から、ソファーは山田家と桐原家のをこれもくっつけて利用している。
って言っても、テレビってちょこっとしか見ないんだけどね。
ちなみに山田家で使っていたテレビは俺の部屋に設置し、ゲーム専用のモニターと化していたりする。
俺もゲームとかあまりする方じゃないんだけどな。
現在チコは洗い物を、そしてアンは洗濯をしてくれている。
実はこの2人も母子家庭で育ってきた事もあって、家事だけは得意だ。
料理の腕もなかなかなんだけど、それでも俺の素材の吟味と腕には敵わないって事で、最近は殆ど俺が買い物と炊事番だったりする。
「あーっ!橋田クリスちゃんがテレビに出てるよ!ほらほら、アンちゃん、チコちゃん!」
テレビを見ていた奈緒がアンとチコを呼ぶ。
食洗機のスイッチを入れたチコが、手を拭きながらリビングに行き、同じようなタイミングでアンも洗面所から出て3人でテレビを見ていた。
橋田クリスとは最近売り出し中のファッションモデル。
身長も高くてかなり華やかな見た目をした、いわゆる10代女子のカリスマ的存在って事らしい。
特に背が低い事がコンプレックスなアンとチコの2人は、そんな橋田クリスに憧れているみたいで、普段テレビとかあんまり見ない癖に、こうやって奈緒がテレビで発見したら、家事の最中でも手を止めて見入ってしまうようだ。
ちなみに雑誌も見ない、テレビも殆ど見ない俺は、その橋田クリスの名前は知ってるんだけど、実はどんな容姿をしているのかさえ知らなかったりする。
一方の俺は家宝のぬか床を攪拌し、明日の準備としてきゅうりとなすび、野菜の水分量が多いから吸湿用にキッチンペーパーを数枚。
そしてちょっと酸っぱい香りが強くなってきたので唐辛子も数本入れておいた。
鹿嶋市に住む初枝婆ちゃんから一部を分けてもらい、始まった俺のぬか床はまだ始めて7年ちょっと。
まだまだ婆ちゃんの40年モノには敵わない。しかも実は婆ちゃんのぬか床も既に他界しているひい婆ちゃんから嫁入り前に分けてもらった物らしい。
ちなみに最近の攪拌作業は使わなくなった旧桐原邸の玄関でしている。
取り敢えず攪拌と新しい食べ物を入れた俺は、旧桐原邸のキッチンで手を洗う。
今日もぬか床のコンディションは順調だった。
山田家の家宝、このぬか床で漬けた漬け物は奈緒はもちろんの事、アンもチコも美味しそうに食べてくれる。
いつか、そうだな。俺に大切な人ができたら……このぬか床のぬかを分けてあげたいな……なんて恥ずかしくて誰にも言えないけどな。
そして自室に戻った俺は今日の授業の復習を開始する。
『あのね!アルシンド!勉強を頑張って、良いダイガク入って、コームインってのになったら、テイジ出勤、テイジ退社、ネンキンも3階建てでテーネンしてからも一生アンタイらしいよ!ふふっ、将来はコームインになってザイテクも頑張ってヒダリウチワよ!』
俺が昔通っていた幼稚園の、その時憧れていた少女が言っていた言葉だ。
さすがに今は将来公務員にならなくても良いかな?と思ってるけど、それでも勉強は続けている。
ああ、そう言えば当時の俺は今みたいにアルってあだ名ではなく、アルシンドってそのまま呼ばれてたな。
アルって名前を付けてくれたのはアンとチコの母親である、プリンセスキリハラ。
特に商店街のおっちゃんやおばちゃん、周りの大人達が積極的にアルって名前を使ってくれたような気がする。
何でだろう?
「アルー!勉強ばっかしてないで遊ぼうぜー!」
「ねえアルちゃん、お茶にしない?」
おいおい、2人とも、同年代の男子の部屋に入ってくるならせめてノックしような?
「って、2人とも何の用だよ?」
すると2人は揃って不思議そうな顔をする。
「だって、今日、部屋に行くってrineしたじゃん!」
「私だって、rineしたよね?」
って、それってあの話とは別だったのか……。
家が繋がった事もあって、ここ1ヶ月は特になんだけど2人が部屋に訪ねてくる事が多くなった。
お陰で俺の勉強時間はどんどん削られていく。
って言うか……。
「お前ら遊んでばっかいねえでちょっとは勉強しろっ!!」
ここまで読んでくれてありがとうございます!
山田兄妹と桐原姉妹の同居生活。
これが今作のベースとなって物語が進行していきます。
さて、少し時間を置きまして、3話目の投稿も今日のうちにする予定です。
よろしければお付き合いください!
それではまた♪