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Episode15-11.どうやら俺は不安らしい。

「お兄ぃ~、起きて!お腹空いたよぉ」


 おぉっ!?

 時計を見て驚く。もう既に8時半じゃないか。


「もうタマさんと美咲ちゃんも起きてるよ。クリスちゃんは寝てるっぽいけど。珍しいね、クリスちゃんっていつも朝早いのに」


 ああ、理由は明白だ。

 俺とクリスが握手した後、クリスはプリンセスキリハラの部屋に戻って行った。

 その時点で時間は5時前。あと2時間もしないうちにで奈緒が起きてくるだろう。

 だけど俺が布団に入ってないと不自然だよな?

 そう考えた俺は一旦布団に潜り込み、奈緒が起きてくる頃に合わせて起きようと計画した。


 で、結果がこれだ。やっぱり布団に潜ると結局眠くなるらしい。

 おそらくクリスも同じ事をしようとして寝てしまったんだろう事は想像に難くない。

 俺はだいたい休みの日でも7時頃には起きる。

 休みの日は何も無い限り惰眠を貪る桐原姉妹と違い、俺は洗濯を朝のうちにしときたい性格だからな。

 だから自然と起きるのが早まるんだ。


 あー、でも中途半端な時間で寝てしまったから結構辛いな。

 でもまあおそらく1階にはお腹を空かせた子犬が奈緒も含めて3頭いるらしいから、早めに降りてくか。


「アルくん、おはようございます!」


「おはよっ、アルくん!」


 タマと美咲は俺と違ってよく寝たみたいだ。

 2人は既に着替えも済ませている。

 今日は2人ともクリスと一緒に駅まで行く予定だ。

 もちろん俺も一緒に駅まで行く。

 今はそうだな……。クリスとの残された時間を大切にしないといけない。

 そう考えた俺は自らの頬を叩き、眠気を吹き飛ばすのだった。


「そう言えばクリスはどうしてんだ?」


「まだ寝てますよ」


 俺が尋ねるとタマが答えてくれた。


「そうだな……。あのさ、どっちでも良いからクリスも起こしてきてくれないか?」


 そう、俺達には時間がないのだ。

 眠っているとこ悪いけど、クリスには起きてもらってせめて残り2回の食事ぐらい一緒に食べたい。

 それって俺のわがままなのかな?


「うん、じゃあ私が起こしてくるよ」


 そう言って美咲はプリンセスキリハラの部屋がある、旧桐原邸の2階まで上がって行った。

 

 さて、俺は昼食の準備を進めるとしようかな。



 そして数分後、美咲がキッチンを訪ねてきた。


「アルくん?」


「どうしたぁ?美咲」


 俺はちょうど玉子焼を巻いていて美咲の姿を見る事が出来ない。ただ。声で美咲って事はわかる。


「なんかクリスさぁ、起こしても起きなかった」


 そうか。昨日……って言うか、今日か。

 クリス、以前にあまり恋愛経験がないみたいな事を言ってたし、おそらく俺以上に緊張した事だろう。

 その緊張が解けきってなくて、ベッドに入ってもすぐには寝られなかったのかもしれないな。


 クリスが帰る時間まであと数時間。

 俺達が友達でいられるのもあと数時間。

 その数時間、どんな過ごし方をしようかって考えてたんだけどな。

 例えば2人で洗濯物を干したりとか、ひたすら話をしたりとか……。

 せっかく最後なんだし、クリスには俺の朝食を食べてほしかったんだけど……。


「でね、起きないから、クリス、持ってきた」


 って、マジでか?

 まるでクリスを物のように言う美咲のセリフに衝撃を受け振り返ると、美咲は本当にクリスを持っている。いわゆるお姫様抱っこだ。


「あはは、ここまで持ってくるのに、色んなところにクリスをぶつけちゃった」


 ああ、そうだな。いくら我が家が違法建築?で拡張したからって構造そのものが変わった訳ではない。

 廊下が広い訳ではないし、そりゃ俺がクリスを持ってきても色んなとこにぶつけてしまうだろう……って違う!

 いやいや、美咲もかわいく照れるんじゃない。普通の女の子が4、50キロほどもある女の子をお姫様抱っこするなんて出来ないんだぞ?さすがパワー系女子!

 でもそんな色んなところにぶつけられてもクリスは起きる様子もない。

 美咲もクリスを雑に扱いすぎだろう。

 現役モデルなんだぞ?今はファンには見せられないような寝顔だけどさ。

 痣とか出来たらかわいそうだろうが。

 あっ、でもやっぱり俺もクリスのこの寝顔、写真に納めとこうかな?

 なんて一瞬思ったけどやめておいた。


 クリスも寝ている間に自分よりも背の低い女の子にお姫様抱っこされてるなんて思わないだろうな。


「まあ朝食が出来るまでクリスはソファーにでも寝かしといてくれ」


「うん、わかったぁ」


 ゴンッ!


「あ、またクリスを壁にぶつけちゃった。ごめん、クリスぅ」


 まさか美咲、わざとじゃないだろうな?

 かなりガチ目な衝撃音に、俺はクリスの体を心配しつつ、玉子焼を巻くのを再開したのだった。



 朝食をあらかた作り終えた頃にはクリスは起きていた。


「おはよう、アル」


「おう、クリス。やっとお目覚めか」


 クリスはまだ完全に覚醒を果たしていないのか、目を擦っている。


「私、いつの間にソファーで寝てたんだろう?まさか寝ぼけてたのかな?それにこんなとこで寝てたから、何だか体中が痛い……」


 俺はパッと美咲を見るが、美咲は目を逸らす。本当に良い性格してるよ。


「まあ取りあえずクリスは顔でも洗って目を覚ましてこいよ」


「んー」


 そう言ってクリスはのそのそと洗面所に歩いていった。


 クリスが洗面所から帰ってくる頃には朝食は全部出揃い、アンとチコも起きてきた。

 そしてみんなで食卓を囲み、朝食を食べたのだった。






「クリス。これからどうするんだ?」


「んー?」


 今日は天気も良くて絶好の洗濯日和。

 クリスには特に何か言った訳でもないんだけど、俺との残された時間をクリスも大切に思ってくれているのか、洗濯中の俺についてきていた。

 庭には結構大きめの日除けのあるテラスがあり、俺はいつもそこで洗濯物を干している。

 既にコンタクトレンズを入れたのかメガネを外したクリスは、テラスに置かれたベンチに座り、アイスを食べながら俺の様子をジッと見ていた。

 俺はそんなクリスにこれからの事を尋ねてみる。


「いや、これからのモデルとしての展望的なさ。将来の夢とかな」


「うーん、特に何も考えてないなぁ……。あ、でも前に言ってた女子大生デビューってのはちょっと興味あるかな?まあ今更高校に入り直す事はしないけどね。大学が東京内だったらモデルしながらでも通えそうだし」


 まあクリスの場合はある意味自由業だしな。

 仕事の調整もある程度しやすいだろう。


「まあでもしばらくは仕事をきっちりしっかりこなす事かな?だいたい私の仕事って不安定だしさ。稼げるうちに稼いどかなきゃ」


 そうだな。

 芸能の世界は詳しくはないけど、その世界でずっと食べていける人間なんてほんの一握りなんだと思う。

 そう考えるとクリスって、今までもこれからも戦っていかなきゃいけないんだよな。

 クリスの話を聞いていると、俺とは住んでいる世界が違うんだなって事を嫌でも思い知らされる。


「ね、アルは?考えてみたら、アルの将来の夢とかさ。聞いた事無いよね?最後だし私、聞いときたい」


 クリスはどうかわからないが、そのクリスから出た『最後』っていうワードが俺の胸に突き刺さる。

 スマホを見ると11時前。時間というものは本当に残酷過ぎるほど無機質で平等に過ぎ去っていくんだという事を思い知らされる。


「俺は……取り敢えず良い大学に入ってさ、それでそうだな。今のところ、公務員を目指すのも良いかも知れないな。クリスも一時公務員を目指してたんだよな?」


「うん。昔の記憶だけど、パパから公務員になったら安定した生活を送れるって聞いたからね。それで私、勉強だけは頑張ってたの」


 そうか……多分……多分だけど、俺の中の記憶の少女。それって実はクリスなんじゃないだろうか?俺はそう思えてきた。


「ま、今は正反対の不安定な職業になっちゃったけどね。もちろん後悔はしてないけど」


 クリスがそう言って笑う。


「実はな。俺も名前を忘れたんだけどさ、幼稚園の頃、いつも遊んでた女の子にそんな事を言われた記憶があるんだ。俺もあの子の影響で勉強を頑張るようになった。単純だよな。もしかするとさ。その子ってクリスだったんじゃないかって、今は思ってる」


「そうだねぇ……。もしかすると私も誰かにそんな事を言ったかも知んない。でもそれがアルだったならさ、最高に素敵だよね!」


 クリスは弾けるような笑顔を俺に見せる。


「あのさ、私、もうひとつアルにお礼を言い忘れてた」


 クリスは食べていたアイスをベンチに置いてから立ち上がり、俺の正面に立つ。

 俺を真っ直ぐに見据えるその瞳は、少し潤んでいるようにも見える。


「アル。私にクリスって名前をくれてありがとう。私ね、アルのくれたこの名前が大好き!この名前はね、アルが私にくれた、最高のプレゼントだよ」


 庭に爽やかな風が吹き抜けクリスの薄く染められた長い髪を揺らした。

 先ほどより少し高くなった太陽の日差しは真夏よりも幾分弱まり、季節の移り変わりを俺達に伝える。

 クリスはその風に乱された髪を片手で押さえつつ、最高の笑顔を俺に向けてくれたのだった。






「ごめんね、タマ、仕事が立て込んでて、私、しばらく来れないと思う。でも連絡は毎日するからね!あ、そうだ。タマ、たまには東京に来ない?歓迎するよ?」


 駅の改札前でクリスはタマにハグをする。

 クリスも、そしてタマも笑顔なんだけど、それでも少し寂しそうだ。


「はい、是非!」


 タマもやはり名残惜しそうだ。

 だけど2人は姉妹。一度切れていた縁がもう二度と切れる事はないだろう。


「美咲も元気でね!」


「うん、クリスもお仕事頑張ってね!」


 クリスと美咲はよく気が合うようだ。

 2人の友人としての関係も長く続きそうな気がする。

 そして……。


「アル……じゃあね」


「ああ」


 短い挨拶。

 俺達の関係は、これを持って終わる事になる。

 サングラスの奥のクリスの目はよく見えないけど、どんな目になっているのか、俺には想像がついた。

 クリスはそれを隠すかのように踵を返し、改札を通過する。

 そして一度振り返り、タマ、そして美咲に向かって手を振る。

 そんなクリスに対して俺は手を振らずに見送ったのだった。




「じゃ、私も帰るね!アルくん、タマちゃん、また学校でね」


 美咲が俺達2人に挨拶をして帰っていった。


「……どうかしたんですか?アルくん。何だか……」


 ん?もしかして表情に出ていたのだろうか?


「いや、何でもない」


 俺の顔を覗き込むタマの頭を撫でる。




「これからはタマの事だけ考えて、タマを幸せにしてあげてよ」




 俺はそんなクリスの言葉を思い出す。

 そうだ。これからの俺は、タマの幸せを考えて生きていかないと。

 みんなを裏切ってきた俺だけど、クリスまで裏切る訳にはいかない。

 都合の良い考えだってのはわかってる。

 今は悲しくても、タマの前で悲しい顔なんて出来る訳がない。

 もし俺に涙が出るんだとしたら、今晩、みんなが寝静まってから泣くとしよう。

 今は目の前の……俺を慕ってくれる、クリスそっくりな俺の彼女を……。


「さ、タマ、俺達も行こうか」


「はいっ、アルくんっ!」




 ここまで読んでくれてありがとうございます!


 そしてブックマークの新規ご登録、誠にありがとうございます!

 今回のお話には賛否両論あればマシな方で、否定的な印象を持たれる可能性の方が高いのではないか?って危惧しておりましたが、それでも支持していただける方が増えたのは非常に嬉しいです!


 さて、この度、章を付けました。ちょっと格好付け過ぎかな?なんて思いましたが、何だか妙にレイアウトに拘っちゃうんですよね。

 そしてこのお話でChapter2は終わり、次回からChapter3。このお話を投稿し終えたら少し時間をおいて3つ目の登場人物紹介を投稿しようと思います。

 ちなみに現在私が執筆している最中のお話はChapter4。4つ目の登場人物紹介も既に用意してあったりします。


 そして新章では新しい登場人物が4名程登場します。

 前作『僕とメイドと~』ではやたらと登場人物が多かったので、その反省を踏まえ今作では出来る限り名前のある登場人物は少なくしようと思ったんですが、申し訳ありません、少しずつ増えちゃいます。

 しかも4人中、使い捨てっぽくなりそうなキャラが1名。ちなみに4名中3名は結構活躍してくれてます。


 さて、長々と後書きを書いちゃいましたが、皆様、第15話は楽しんで頂けましたでしょうか?

 もしよろしければ、今の時点でも結構ですので、感想をいただけるととても嬉しいです。


 それでは次回、先に申し上げておきますと、いきなり体育祭から始まったりします。

 新しい章の導入部分って事で、明るい雰囲気のお話になってるかと思いますので、お楽しみに。


 それではまた♪

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