Episode15-8.どうやら俺は不安らしい。
ふう、今日も良い湯だった。
風呂を出て、髪の毛を乾かし、歯を磨く。
取りあえずいつものルーティーンを済ませて俺が部屋に戻ると、いつもと違う光景がそこにはあった。
「あーっ、やっと帰ってきた。遅いよ、アル」
そこにはパジャマ姿のクリス、タマ、美咲の3人が好き好きな場所に座って話をしていた。
それにしてもクリスとタマは2人ともすっぴんでメガネを掛けているとそっくりだな。
まあそれでも俺には見分けがつくけど。
2人は一卵性なんだろうか?それとも二卵性か?
「ふぅ……俺、3人も相手に体力もつかな?」
「ちょっ!あんた何考えてんのよ!?」
まさか俺の冗談を真に受けたのか、クリスが秒速30センチ程で後ずさりながら、真っ赤な顔で俺を睨む。
まあ俺にはお盆の時に風呂場での前科があるからな。
クリスもそれなりに警戒したんだろう。
「あはは、アルくんなかなか落ち着いてるね」
「まあな。我が家にはノックもせずに部屋に入ってくる奴が3人……いや、最近4人はいるからな。これぐらいのイベントなんて、もう慣れたもんだ」
美咲は冗談だって気付いてるんだろう。落ち着いた雰囲気で笑っている。
そしてタマはと言うと……。
「えっ……これって……う、浮気宣言だったりします?」
「冗談だよ。タマもクリスも真に受けんな」
どうしようもないな、この姉妹は。
「で、何の用なんだ?」
俺はタマよりかは先に落ち着きを取り戻した様子のクリスに尋ねる。
「用がないと来ちゃいけないの?」
何だか最近もこのセリフをクリスに言われたような気がする。
まあただの暇つぶしに俺を選んでくれたのは嬉しい事だ。
俺達4人は楽しく雑談をし、そして夜が更けていったのだった。
ん?なんだ?俺の体を伝うような肌感覚……。
「あ、もしかして起きちゃった?」
俺は普通にベッドで寝ているようだ。
そしてまわりからは寝息がスースーと聞こえる。
電気は消されていて、今は真っ暗闇になっている。
ってちょっと待て。
落ち着いてさっきまでの事を思い出そう。
俺達は4人、取り留めのない話をしていて……まず最初にクリスが寝落ちしたのを覚えている。
クリスっていつも朝が早い分、夜も早く寝てるんだろう。
そして続けて俺もそれ以降の記憶がなくなって……。そして掛け布団を被った俺と、その布団の隙間から、ひょっこり顔を出す美咲……。いったい何のつもりだ?って言うか、美咲の体、何気に柔らかいな。
息がかかるぐらいまで顔を近付けた美咲は、俺の耳元で囁く。
「2人とも起きちゃうから、静かにしてて?」
美咲は本気で何をするつもりなんだろう?
暗闇にある程度目が慣れてきたけど、それでも美咲の表情が窺えるほどには明るくはない。
「もしや夜這いか?」
俺は暗闇の中、寝息だけしか聞こえないクリスとタマを起こさないように、冗談っぽく美咲に囁く。
「うん、そう。夜這い」
いや、待て待て待て待て!
それこそ冗談だろう。
だいたい2人を起こさずにそんな事なんて出来るとは思えないし、それ以前に美咲とはそんな関係でもない。
いったい何を考えてるんだ?
「えっとね……。ラブコメシチュで、修学旅行で先生が見回りに来て、布団の中に男女が一緒に入るっていう場面。それっぽい事をしようかなって……」
おいおい、またラブコメシチュエーションを試したかったってやつか?
それなら事前に言えって言っといたのに、美咲はちゃんと聞いてなかったのかな?
「ど、どうかな?」
美咲の声、ちょっと上擦ってるな。
まあ恋人でもない男と密着してるんだ。緊張するのは当然だろう。
それにしても美咲って、体育倉庫イベントの時もそうだったけど、体を張りすぎじゃないか?
「あのさ、美咲。美咲がラブコメ好きなのは前に聞いたけどさ。でも好きなやつがいるんだろ?ならもうちょい自分を大切にしたらどうだ?例えばさ、美咲が好きな奴が、他の誰かとこんな事してたとしたら美咲は嫌だろう?」
暗くて美咲の表情は見えない。俺の話を聞いた美咲は今、いったいどんな表情をしてるんだろうか?
でも俺にとっては美咲も大切な友人だ。
友人が道を踏み外そうとしてるなら、それを正してやるのが友人である俺の役目なんだと思う。
「まあ私の事なんて眼中にないのはわかってたけどさ」
ん?美咲はいったい何を言ってるんだ?
「アルくん……ごめんね」
美咲が一言謝る。
何だかそんな雰囲気では無かったけど、美咲は俺の話を聞き入れてくれたって事で良いのかな?
すると一瞬ふわりとしたシャンプーの香りが鼻腔を擽る。
「ん………」
突然唇に柔らかな感触が伝わってきた。
一瞬何が起こったのか、自分でもわからない。
ただ美咲にされるがまま…………俺は……美咲とキスをしてしまった……。
そして俺と美咲は唇を離す。
暗闇の中、至近距離で見た美咲の瞳は、まるで濡れているかのような潤んだ瞳をしていた。
俺は驚き、何も言えず、ただただ美咲を見つめる。
暗闇の中、美咲はまるで今にも泣き出しそうな、そんな悲しげな表情でじっと俺を見つめる。
「………ごめんね」
美咲が一言謝ったかと思うと、俺はもう一度唇を塞がれた。
クリスとタマの寝息が聞こえる中、微かに湿った音が混じる。
ダメだ。こんな事をしちゃいけない。
俺は美咲の唇の甘美な感触に流されそうになりつつも、なんとか美咲を引き剥がそうとするが……って離れない!なんて力だよ!?
長いキスが終わり、俺達はお互いを見つめ合う。
そして美咲は少し冷静になったのか、俺から顔を逸らした。
……美咲はいったい何を……?いや、そんな疑問など、美咲の様子を見たらわかる筈だ。
「あのさ、美咲……。もしかして……?」
すると美咲は暗闇の中、小さくこくんと頷くのだった。
俺達は一旦部屋を移動した。
ここは元々は父さんの部屋。今は誰も使ってないけど、掃除は続けていて、いつでもこの部屋を使おうと思えば使える。
別にこの部屋をクリスに使ってもらっても問題は無いんだけど、やっぱり男の部屋よりも女性であるプリンセスキリハラの部屋を使ってもらった方が、俺も気を使わなくて済む。
もしレオが泊まりに来る事があれば、その時に使ってもらおう。
俺は一旦父さんの部屋のベッドに美咲を座らせ、そして麦茶をグラスに入れて渡す。
もうこんな時間だし、コーヒーや緑茶を出すよりは麦茶が良いだろう。
「ありがとう、アルくん」
美咲は幾分か落ち着いたようで、しかしその分冷静になってきたのか、麦茶の入ったグラスには口をつけずにばつの悪そうな表情で俯いている。
まるで刑事物のドラマで見る取り調べみたいだ。
「あのさ、美咲……。いったいいつから……?」
いつからなんて聞いてもあまり意味が無いことはわかってるけど……。何より俺は美咲に声を掛けるきっかけが欲しくてそう尋ねる。
「……1年の1学期から……最初はどんな人なんだろうって興味があったの。そしたらずっと目で追うようになっちゃって……」
なんでも美咲の話では、中学時代ずっと1位を逃さなかったみたいなんだけど、高校になって初めて負けた相手である俺に興味が湧いてたって事だ。
それからは何だか俺の事が気になって、ずっと目で追ってたらしい。
まあ好きになったのは同じクラスになってからって事らしいけどな。献身的にレオの世話を見ている俺に惚れてしまったって事だ。
「まあ早く言ったら、私、実は1年の頃からアルくんのストーカーだった訳で……ごめん。もう私、この想いを我慢する事なんて出来そうにない。あのね、私、アルくんの事が好き。でさっきのキスの事なんだけど……」
美咲が言い淀む。
何か言いにくい事でもあるのか?
それにしてもまさかそんな事になってたなんてな。
はっきり言って全く気付かなかった。
でも今考えると2年になって初めて同じクラスになったのに、俺の事に妙に詳しかったり、レオのストーキングごっこにダメ出ししたりと思い当たる事はあるかも?
なんて結局種明かしされてからだから何とでも言えるんだけどな。
先ほどから言葉がなかなか出てこないのか、困っていた美咲だったんだけど、ようやく言いたい事が出てきたのか続きを話し出す。
「あの……さっきのはちょっとムラムラしちゃって……あの、タマちゃんが言ってた通りだね。アルくんとのキスってスッゴく気持ちよかった」
って、美咲、欲求不満かよっ!?ってか考えて出てきたセリフがそれ?
それにそんなキスの感想なんて言われても俺には全く実感湧かねえよ。
あ、でも美咲とのキスは実際のところ気持ち良かったし、なんて言うか……美咲の事を俺に意識させるには充分だった訳で……。
ああ、またしてもタマとの約束を破ってしまった。
クリス、それにアンにも続いて3人目かよ。
「あっ、でも、私がアルくんとタマちゃんの事を応援してるのは変わらないし、私は……今は2番目でも良いと思ってる。都合の良い女だと思ってもらえたら良いからさ。そう、私の事は道を歩いていたらいきなり襲いかかってくる程度の人間だと思ってもらえれば……」
ってか例えが怖ぇよ!
それに何なんだよそれ。価値観は人それぞれとは言え、あまりにさばけてないか?
さすがにそれは気が休まらないし、俺も美咲を軽視するようで嫌だ。
そして美咲は言いたい事を伝えられた開放感からか、清々しい表情になり、麦茶も一気に飲んでしまった。
「って事で、これからもラブコメシチュの再現をお願いする事もあるだろうけど、私は本気だし、そのまま恋人にしてもらっても構わないからさ。タマちゃんには絶対バレないようにする自信もあるし!」
いや、まさか美咲が俺のストーカーだったなんて思わなかったな。
さすが出来る女だけあってストーキングの腕も一流らしい。
「あのさ……別に俺、美咲の事、嫌いじゃないし、それに正直さっきのキスは気持ちよかったけど……なんか、それはそれで嫌だ。それに今、実は俺、結構周りがごちゃついてて……。今は何も言えない」
「うん、それでも良いよ。私は今までずっと隠してきた事を言えてすっきりしたし、それにアルくんがそれですんなりOK出すような人だったら私も好きになってなかったもん。私の事はたまに考えてくれるだけで良いからさ」
美咲が俺に笑顔を向ける。
俺は麦茶を飲み終えてすっきりとした表情のその美咲を見て、新たな悩み事がまた増えてしまった事を実感したのだった。
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